天使の審判・後半

10


エレベーター管理部と執行部の二つに連絡を取る。片や、エレベーターへの延長解除要請、片や、男の殺人容疑である。


「カンガエル、教えてくれないか。」

頬杖をなおもつきながら、マジメルは声を出す。


「じゃあ、答え合わせをしよう。」

少しずつ僕は話し始める。


「君の推理をまずは、繰り返すよ。男、ジョーンズは強盗として、アンナさん宅へやってきた、そこを、主人であるアンナさんに発見された。何かしらの鈍器で彼女は男を打ち殺す。その後、放心中の彼女の頭に実子の雪玉が直撃する。焦った少年は道に出て、交通事故が発生するという流れだ。」


「そうだ、俺はそう推理した。」


僕は彼の意見を再認し、間違いを訂正していく。

「間違いの一つ目は、冷たいと最後に感じた彼女の証言だ。しかし、これは違ったんだ。冷たいと感じたのは雪玉ではなかった。」


「じゃあ、何だったんだ。」


「タンパク質溶解性の酸だよ。少年の言から、あの部屋は彼女の仕事場だったらしい、それなら危険な酸が部屋にあってもおかしく無い。彼女は男に気づいた後、向かってくる男と掴み合いになったんだ。そして、棚にあったフラスコが割れた。ガラスの割れる音はここで発生したわけだ。」

「これも矛盾冷覚というのか、酸で露わになった神経に冷たい空気が触れたのか彼女はそこに異様な寒さを感じた。」


「自分の名前さえの記憶が明らかに怪しかったのは、脳みそが死ぬ前にドロドロに溶けてたからか。」

死ぬ瞬間の状態は修復することができる。体なら治すことができる、しかし記憶は修復できない。彼女は忘れてしまっていた、子供の名前以外ほぼ全てのことを。


「ここから、また新たな謎だ。ジョーンズは何故彼女を殺すにまで至ったのか、揉み合い、掴み合い、分からないけれど。子供に見つからない様に侵入した割に、堂々と抵抗を示すものだよ。逃げれば良いのに。」

「体格のいい男性だ。自宅に自分の研究室を建てて日夜子供も絶対入れないような研究大好き人間の女性に追われて、逃げられないとは思えない。」


「では、男は殺すつもりで来たと思っているのか?」


「正確には違う。男は話すつもりで来たんだろう、元妻と。」


「元妻だって!子供に見つからない様に侵入したのは面識があるからか。じゃあ、何だ目的は。やり直そうと思ってきたが断られたから殺したとかか?」


「それは違う。男はすでに再婚済みで、アンナさんには好意も残っていないはずだ。」

では何でだって、とマジメルは息を呑む。


「養育費だ。新たな自分の子供ができた男は元々自分で作った子供に愛情のカケラも覚えなくなった。毎月支払われる養育費に非常に困窮する様になったと男は感じていた。およそ、ジョーンズの現在の妻も思っていた。」


ジョーンズの現在の妻という新たな単語にマジメルは頭を傾げる。

だが、すまないが出てくるのはもう数行後だ。


「アンナさんはその話に抵抗した。それはそうだ、一度自分と子供を捨てた男に情けをかけるはずもない。しかし、抵抗虚しく、死亡してしまった。そしてジョーンズは…」


「マイクによって投げられた一級品のストライクをかまされたって訳か。ざまぁみろだ。」


「そう、彼は母親の仇を取った。天国への快速キップをもらえる。大栄光ものだ。しかし、死んでしまった。」


「事故は仕方ない。あいつの言う通り、窓を割った罰ということなのか。」


「それもまだ早い。ジョーンズの最後の言葉。『すまない、ハニー』だったろ。ジョーンズは近くに待機していた妻に連絡を取っていたんだ。交渉の決裂を感じた妻が…」


「出てくる子供を一人、殺したってのか。最低すぎる。マイクが報われない。」


「いや、マイクは一人の人間を救った。彼の暴投は間違いなく、しあいを大きく変える一球だった。」

「マイケルは妹の命だけは守ることができた。」



11


死神部隊の出動もあって、天界は今回の件で一悶着の盛り上がりを見せた。

ちなみに僕たちは抹消されずに済んだ。

一応の最後の晩餐をマジメルは馬鹿ほど食べまくっていたが、それも無に帰した。

軽くなったサイフを手にマジメルは悲痛に叫んでいたのがもう懐かしい。


後日、我々の前に寿命を限りなく終えて、大きな病気にもならず平和に人生を過ごした女性が来た。

名前はデイジー。

彼女の最後の言葉に「ずっと幸せでした。」と家族に言ったそうだ。

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