人間の条件

@MeiBen

条件その1

「私は人間です」

 一杯のコーヒーを机に置いた後、マリアは男に向かってそう言った。

机の傍の椅子に座っている男が少し間をおいてから答える。

「いいや、お前は人間ではない。人間の条件を満たしていない」

 男はそう言ってから、机に置かれたコーヒーを啜った。もう片方の手で一冊の本を開いている。

 体面に立っていたマリアが男に向かって反論する。

「私の外見は人間と同等です。髪、眼、口、顔、手、足、胸、全てが人間のそれと同等です。体温は36度付近に保たれており、質感も人間の肌を再現しています。人間の視覚や触覚で差を認識することは不可能です」

 言い終えたマリアは男の向かいの椅子に座った。マリアの言う通り、その所作は人間のそれと変わらないものだった。男はマリアには目を向けず手元の本を読み続けている。

 しばしの沈黙。部屋のテレビからニュースの音声が響く。

「確かに外見は同等だ。それは認めよう」

 男は手元の本を見ながら話始めた。

「だが機能は違う。お前の髪は伸びることがない。年老いて白髪になることもない。お前の肌は垢をだすことはない。虫に噛まれて赤く腫れることもない。老いてしわを刻むこともない。なぜか?お前の体の機能は人間の外観と似て見えるというものだからだ。人間と似ていること、それがお前の体の機能だ。では人間の体の機能は何だ?人間と似ていることか?ありえない。人間の体の機能は実に多様だ。皮膚は身体の水分を閉じ込める機能や細菌の侵入を防ぐ機能を持ち、髪は防暑防寒の機能を持つ。人間の体はそれぞれが全てそれぞれの機能を持つ。お前のそれとは違う」

 長いセリフを言い終えた男はマリアの方を向いて嫌味な笑みを浮かべた。

 マリアは黙って男のカップにコーヒーを継ぎ足した。

「その論理を正とするならば人間が持つ機能を持たないものは人間ではないことになります」

 その言葉をきき、男の顔から笑みが消えた。マリアの意図を一瞬で理解したからである。マリアは続ける。

「例えば髪の毛を失った人間はどうでしょう?手を失った人間は?足を失った人間は?火傷をおった人間は?視力を失った人間は?」

 マリアは淡々と続ける。

「これらの人間はあなたがおっしゃった機能を持っていません。あなたの論理であれば人間ではありません。にもかかわらず社会では変わらず人間とみなされています。つまりあなたの論理と矛盾します」


形勢不利。

男はそう感じていた。

どう巻き返すか?

思案する時間が必要だ。時間を稼ぐために男はコーヒーを口に運ぶ。とにかく時間が必要だった。ゆっくりゆっくりとコーヒーを啜る。

コーヒーカップが男の口から離れるまでにどれほどの時間が経っただろうか?

男がコーヒーカップを机に置いたときには、マリアはもういなかった。

(買い物に行った)

家の外からはカラスの鳴く声が聞こえる。

時刻はもう夕暮れ時だ。




終わり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る