50 アイツがわからない
「森嶋さぁん」
ひょい、と
「顔色悪いよう。大丈夫、ホントにぃ?」
「あ、あ、ああ……。ありがとう、大丈夫だ」
森嶋は、「かろうじて」という言葉を具現化した様子で答えた。言うそばから手が震えているようだ。ちらり、と森嶋が
「それにしたとて、政治的な要求を出すのに、商店街の利用客を人質にとるとは、何を考えておるのだ」
「まったくだな。巻き込まれた方はいい迷惑だ」
一馬は全面的に同調した。
「こんなどうしようもない要求出されて、政府はいったいどう応じるつもりなんだ。だいたい有権者を人質にって……」
言いかけた一馬の背すじを電流が貫いた。
そうか……。最初から人質を「有権者」と呼んだのは、やはり政府に注視させるつもりだったからか。
それなら、犯人は一部の過激な政治団体とか、なんだろうか。
「いっそ政府がそうしてくれればいいんだ」
薄部が小さく吐き捨てるのが、麗人たちの耳に届いた。
「犯人の要求は、あの国に謝罪させることじゃない。あくまで謝罪を要求することだ。それで有権者が助かるなら安いものだと思わないのか。第一、謝罪なんかしてくるわけがないことくらい、犯人もわかっているはずだ」
日本との亀裂がマリアナ海溝並みになることは決定的だろうけどさ。――自らを良識派と信じている一馬は、感想を内心にとどめた。
「……ところできみたち、そろそろここから出ていってくれないか。一緒に店へ戻ってもらおう」
警備主任の薄部が麗人たちを振り返って、そう言った。
「はいはーい」
ふざけた返答があがったが、何かに神経をひっかかれた気がして一馬は、返答者の顔を横目で見やった。麗人の鋭敏な感性は、軽薄としか見えない表情にぴったりとコーティングされていて、内部を透かし見ることはできない。しかし、木坂麗人という人物に慣れてくると、彼がときおりのぞかせるものに、ふと感覚がつつかれることがある。「慣れてくる」というのは、同じクラスにいるだけとか、不特定多数の彼女のひとりとして交際しているとか、そういうことではない。木坂麗人が――多少は、心を開いてくれている相手、という意味だ。少なくとも、そう思いたがっている自分に、一馬は軽く驚いた。木坂麗人が、ちょっとは俺を信用してくれている、と? 冗談じゃない。あんな
あんなにアホなのに、時々、同い年のあいつには追いつけないんじゃないかと、焦慮に似たものを感じることがある。木坂麗人と同じステージに立てているのは、たぶん、黒川くらいのものじゃないのだろうか。それでもいつか、いつかは、……あいつらと対等になれるときが、くるのだろうか。同じレベルまで、自分は成長できるのだろうか。
いや性格的な意味じゃないぞ、と急いでつけ加える。あんな性格破綻者たちにならってたまるものか。俺が思っているのは性格とか人格じゃなく、あくまで感性とか視野とか考え方とかバランス感覚とか、いやそれって人格の一部なのか、いやいやそういうことではなくて……。
「どーしたの?」
頭を抱えて苦悩する一馬を、麗人がどうやら本当にけげんそうな顔でのぞいてきた。
「きみらは、高校生か?」
なんとはなしに、薄部と一馬が並んで歩く形になっていた。麗人と黒川がその後ろに続き、最後尾で江平が、がこがこと下駄を鳴らしている。
「あ、はい」
一馬は素直に答えた。さっきも同じようなシチュエーションに立ったが、自分が着ているのは室口第二高校の制服だ。ごまかしようがない。上着だけでもそろそろ脱いだ方がいいだろうか。せめて氏名や学年は聞かれるまで答えないようにしようと、一馬は姑息なことを考えた。
「そうか。きみらのような若者が、あんなならず者を取り押さえる気概と能力を持っているのは頼もしいな」
「いやそんなぁ。オレらただ、ちょっとばかり顔とスタイルがよくて女の子が好きなだけで、取り柄といったら若さとスタミナと回数……あいてっ」
勝手に答えたのは薄部の後ろにいる、不純が服を着て歩いていると評される男で、話をろくでもない方角へぶっとばしそうになったのを、一馬が後頭部をひっぱたいて中断させたのであった。
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