第7話 うお座女子の特徴その7「魔性の女である」


その日は映画を観たあと、ホテルのバーのカウンター席で藤代さんとお酒を飲んだ。


藤代さんはウイスキーのロック、私はカシスオレンジを注文した。


少し離れた席では外国人のカップルが、顔を寄せ合いながら何かを囁き合っている。


この空間には男女が親密になれるムードが漂っていた。


「ホラー映画って初めて観たけど、ラブロマンスモノがあるなんて知らなかった。」


「千鶴ちゃんはロマンチックな物語が好きだから、きっと気に入ると思ったんだけど、どうだった?」


「とても面白かったわ。まさかあの場面がラストの伏線になるなんてびっくりした。またおススメのホラー映画があったら教えて欲しいくらい。」


「じゃあ今度俺がお気に入りのホラー映画のDVDを貸そう。沢山持ってるから。千鶴ちゃんの好きな映画も教えて欲しい。やっぱりラブロマンスものが好きだったりするの?」


「そうね。ディズニーのプリンセス映画は全部観たわ。特に美女と野獣が好き。音楽もとてもいいの。」


「俺はシンデレラくらいしか知らないけど、今度観てみる。」


「無理しなくてもいいのよ?」


「いや・・・千鶴ちゃんの好きなものを俺も共有したい。」


しばらく今日観た映画の感想を言い合ったあと少しの間があいた。


私はここぞとばかりに切り出した。


「私達の相性ってそんなに悪くないって思うの。」


「俺は最初からそう思ってたけど。」


藤代さんはそう言ってウイスキーのロックを口に含んだ。


「俺も千鶴ちゃんも小説はミステリーが好き。」


「私はラブサスペンスが好きだけど、藤代さんは本格ミステリが好きなのよね?」


「本当は和食が好きなところも同じ。」


「焼き魚や湯豆腐が好きなところも。」


「俺達の相性って最高だと思わないか?」


「そうね。でも身体の相性はどうかしら。」


私の言葉に藤代さんがむせ返るような咳をした。


「・・・なんだって?」


「だから身体の相性よ。」


私は藤代さんが聞き取りやすいように、単語を一つづつハッキリと発音した。


「千鶴ちゃんてたまに突拍子もないことを言うよな。」


藤代さんは茶化すように苦笑した。


「どうして?大事なことよ?」


「それはそうだけど・・・いきなりどうしたの?」


藤代さんが怪訝な表情で私の瞳の奥を覗き込んだ。


「藤代さんはどんなシチュエーションがお好み?」


「シチュエーション?」


「例えば自分の部屋がいいとか、海辺のホテルがいいとか、車でするのが好きだとか。」


「相手が千鶴ちゃんならどこでもいいよ。」


「藤代さんってS?それともM?」


「・・・どっちかって言えばSだけど。」


「藤代さんってどんなセ」


「千鶴ちゃん!」


藤代さんは少し怒気を含んだ声で私の言葉を遮った。


そしてその後、すぐに乾いた笑い声を立てた。


でもその目は笑っていなかった。


「まさか好きな体位は、なんて聞かないでくれよ?」


それでも私は藤代さんとの相性を確認したくて、髪を耳にかけながら微笑んでみせた。


「私と身体の相性を試してみない?」


「は?」


「私と寝てみない?って言ってるの。」


藤代さんは柔らかい笑顔から一転、真面目な顔で私の唇をみつめた。


「俺に抱かれたいのか?」


「ええ。」


「本気で言ってる?」


「本気よ。」


藤代さんはしばらく固まって思いを巡らした後、大きく肩で息をした。


「それはとても魅惑的な誘いだ。今すぐこのホテルの部屋を取ってしまいたい衝動に駆られる。」


「じゃあ部屋を取りましょう。」


しかし私の提案に、藤代さんは首を横に振り、きっぱりと言い放った。


「でも俺は千鶴ちゃんと、相性を試すためだけのセックスなんてしたくない。」


「・・・・・・。」


「身体の相性が悪かったら別れるっていうのか?そんな悲しいこと言わないでくれ。」


「でも私じゃ藤代さんが満足しないかもしれないじゃない。」


私はグラスに敷かれているコースターに視線を落とした。


「そんなこと、千鶴ちゃんが考えることじゃない。千鶴ちゃんは相手に合わせ過ぎだ。もっと自分を主張していいんだ。」


「主張・・・?」


「ああ。それを合わせるのは男の役目だ。」


「・・・・・・。」


「千鶴ちゃんは俺にちゃんと恋してる?」


「・・・藤代さんといると時間が経つのを忘れるほど楽しいし、私にはもったいないくらい素敵な男性だと思ってる。」


「でもまだ星占いの呪縛からは完全に逃れていない・・・そうだろ?」


「・・・・・・。」


「俺は千鶴ちゃんの心を完全に手に入れてから、千鶴ちゃんと愛し合いたい。それくらい本気だってこと、わかって欲しい。」


藤代さんはそう言って、カウンターの上で私の右手を強く握った。


「ごめん。」


「ううん。謝るのは私の方。」


その手はとても温かく、じんわりと優しさが伝わってきて、私は何故だか泣きそうになった。


「大丈夫。俺は千鶴ちゃんを満足させる自信あるから。」


「特殊な性癖があるなら教えておいてもらえると助かるわ。前もって勉強しておきたいの。」


私の言葉に藤代さんは嬉しそうに目を細めた。


「千鶴ちゃんのそういう生真面目で、人に寄りそう優しいところに俺はやられたのかも。」


そう言うと藤代さんはいきなり私の肩を引き寄せ、バーテンダーの目を盗んで私の唇をその唇で塞いだ。


お互いの舌が絡まり、藤代さんが飲んだウイスキーの味が色濃く口の中に残った。


「千鶴ちゃんはそんなこと何も気にしなくていい。俺はいたってノーマルだし、千鶴ちゃんが嫌がるようなことは絶対にしない。・・・それよりもっと夢のある話をしよう。旅行に行くならどこがいい?俺は暖かい南国へ行きたい。沖縄の綺麗な海を見ながらのんびりするのはどう?」


「・・・私は北海道のラベンダー畑を見たいわ。真っ白な雪景色もいいな。」


「ああ。どっちもいつか必ず一緒に行こう。」


全てを包み込んでくれるその瞳にみつめられて、ドキドキとした鼓動と共に胸の奥がきゅんと高鳴った。


その瞬間から、私の恋が始まった。

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