第5話 うお座女子の特徴その5「ロマンチックに目が無い」

藤代さんの後に付いてJRの駅から電車に乗った。


窓ガラスから見える都会の街並みが、午後の光の中でゆっくりと流れていく。


「どこへ行くんですか?」


「俺の癒しの場所。」


「まさか、いやらしい事、考えてませんよね?」


「癒しってワードで変な妄想してるのは千鶴ちゃんの方じゃない?ま、千鶴ちゃんが俺を癒してくれるって言うならそれでもいいけど。」


「帰ります。」


背中を向けた私の腕を藤代さんが強く掴んで苦笑した。


「冗談に決まってんだろ?ここまで来て帰るなんて言うなよ。」


「・・・・・・。」


「千鶴ちゃんもきっと好きな場所だと思うから。」


池袋駅を降り、人込みの中で藤代さんを見失わないように歩く。


駅構内から階段を上って地上に出ると、祝日だからかやはり人出が多い。


映画館やゲームセンターがある街中をしばらく歩き、ひときわ高いビルの入り口にあるエスカレーターに乗った。


「もしかして行先って・・・。」


「うん。水族館。」


「久しぶりです。水族館に行くの。」


「水族館、好き?」


「大好きよ。」


「俺も。」


エレベーターで最上階まで昇り、水族館の入り口にたどり着く。


「あ、チケットは」


「昨日WEBチケットを買っておいた。」


手回しの良さに、私は驚いた。


「私が行かないかもしれないという選択肢はなかったの?」


「その時は俺一人で行けばいいと思ってた。でも千鶴ちゃんは絶対に来てくれると信じてたけど。」


「大した自信家ね。」




水族館の中は照明が落とされ、他にも客がいるはずなのに、しんと静まり返っていた。


透明なガラスの水槽の中では、白や黄色、紫の小さな魚の群れが、サンゴの隙間を気持ちよさそうにスイスイと泳いでいた。そしてそれらを見守るようにエイが優雅にその大きな身体を広げて舞っている。まるでそこだけ小さな楽園のように。


「綺麗・・・。」


私は息を止めてその美しい光景をしばらくじっとみつめた。


ゆっくりと順路に沿って歩いて行くと、イワシの群れが整然と泳ぐ姿や様々な海の生き物たちが、その命の躍動をうねらせていた。


また、別の水槽では暗い海のなかで、透明な花のように息づく海月達が、ふわふわと浮かんでいる。


水槽の中の別世界をうっとりと眺めながらも、声も掛けずただ後ろでそっと寄り添ってくれている藤代さんの温かい空気を感じていた。


「屋外エリアには海の動物達がいる。行ってみるか?」


水族館に入って初めて言葉を発した藤代さんに、私は小さく頷いた。


屋外エリアでは「天空のペンギン」が空のような水槽の中で頭上を羽ばたいていた。


まるで海の中にいるような錯覚を覚える。


見上げるとペンギンの白いお腹が見えて、とてもカワイイ。


アシカやカワウソ、モモイロペリカンなどが自由気ままにくつろぐ姿も愛らしかった。


一通り海の生き物を見終わった私と藤代さんは、水族館を出ると同じフロアにあるカフェで一休みすることにした。


束の間の異空間から明るい現実世界に戻ったばかりで、まだ浮遊感が抜けない。


「どう?楽しめた?」


コーヒーカップを片手に微笑む藤代さんに私は頷いた。


「ええ。すごく楽しかった。」


「なら良かった。千鶴ちゃんはうお座だから、魚が好きだろうと思ってさ。」


「魚は見るのも食べるのも好きよ。」


藤代さんてこんなに優しい笑顔が出来る人だったのね。


私はチャイミルクティーを啜りながら、初めてそう気づいた。


「仕事で疲れたり落ち込んだときに、よくここへフラッと立ち寄るんだ。美しい魚の群れや海の生き物を無心で見ていると、心が洗われて嫌なこと全てがリセットされるような気がする。」


「わかる!心がスーッと透明になっていく感じがするのよね。」


「何が一番心に残った?」


「うーん。どれも良かったけれど・・・」


私は指をあごに当て、少し考えあぐねた。


「海月かな。幻想的で美しくてすごく癒された。」


「そう。」


藤代さんはひとつ相槌を打つと、真面目な顔になった。


「千鶴ちゃんはどうしてそんなに星占いに拘るんだ?」


その真剣な表情に、私も正直に話さなければ、と姿勢を正した。


「これは誰にも話したことがないんだけど。」


「うん。」


「ささいなことだけど、笑わないで聞いてくれる?」


「ああ。絶対に笑わない。」


「中学生の時に、美咲っていうとても仲の良い友達が出来たの。学校ではどこへ行くにも一緒に行動して、話も合って、大好きな親友。そんな美咲が恋をしたの。一学年年上のバスケ部の先輩ですごく人気があった。だから美咲は見ているだけでその先輩を諦めようとしたのね。でも私はそんな美咲の恋がどうにか叶わないかなってずっと考えてた。」


「・・・・・・。」


「そんな時にふと雑誌に載っていた星占いを読んだの。美咲はかに座なんだけど、その雑誌にはかに座のラッキーアイテムはブルーのハンカチだって書いてあった。その時は丁度バレンタインデーが近かったから、チョコレートと一緒にブルーのハンカチを添えて先輩に渡したらって美咲にアドバイスしたのね。美咲も最初はためらっていたけど、勇気を出してそれを先輩に渡すことが出来たの。」


「そしたらそれが成功したってわけか。」


「そう!大成功したの。あとで聞いたところによると、そのハンカチが決め手だったらしいわ。これが私が星占いにハマったきっかけ。二人は昨年結婚して、もう可愛い赤ちゃんもいるの。ほら、写真見る?」


私は幸せそうな美咲とその家族が写っているスマホを、藤代さんが見える様に掲げてみせた。


「なるほどね。でもそれはその友達を想う千鶴ちゃんの功績が大きかったんじゃないのかな?星占いはただのきっかけだと思うけど。」


「ただのきっかけでも、美咲が幸せになったことには変わらないと思うの。」


「しかしその星占いのせいで、いまここで一人の人間が不幸になろうとしている。」


両手を組みながら怖い顔をする藤代さんの視線を避けるように、私は横を向いた。


「大袈裟ね。藤代さんは恰好いいのだから、私じゃなくてもいくらでもお相手はみつかるわよ。」


「不幸になるのは俺じゃない。千鶴ちゃん、あんただ。」


「え?」


「そんなジンクスに縛られて、いま、目の前の幸せを逃そうとしている。」


「・・・・・・。」


「相性のいい星座の男と結ばれれば必ず幸せになれるって保証はあるの?そんなことよりももっと大事にしなければならない事があるはずだろ?」


「じゃあアナタと結ばれれば、必ず幸せになれるって保証はあるの?」


「ああ、あるね。千鶴ちゃんみたいな馬鹿を相手できる男なんて、この先俺以外見つからないと思う。だから俺にしとけ。」


「随分失礼なこというのね。」


私は口を尖らせながら、藤代さんの顔を睨みつけた。


けれど酷いことを言われている自覚はあるのに、何故だか藤代さんに嫌悪感は湧かなかった。


それは彼が私を想って言っているということがストレートに伝わってくるから。


カフェを出ると藤代さんは、私に少し待っていて欲しいと言ってどこかへ消えた。


てっきりお手洗いにでも行ったのだと思ったら、藤代さんは紙袋を持って戻って来た。


そしてその紙袋を私に手渡した。


「なんですか?これ。」


「千鶴ちゃんへのプレゼント。」


袋から中の物を取り出すと、それは可愛い海月のマスコットだった。


「これが千鶴ちゃんの、いや俺のラッキーアイテムになることを期待してる。」




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