「美女との出会い」①


 一週間後、カイラは自宅から少し近いところにあるボクシングジムに通い始めて、そこで喧嘩の腕を磨くことに専念し始めた。入会する際ジムトレーナーにボクシングを喧嘩で使うなと約束されたが、カイラは守る気など全く無かった。


 (そのボクシング技で人を殺せるのなら、喜んで使わせてもらうぜ!)

 

 スタミナ向上のトレーニングから始まり、基礎の拳打ちの練習、フットワーク…足の使い方、動体視力の訓練など…喧嘩に使えそうな身体能力を徹底的に鍛え続けたのだった。

 さらに投げ技も習得しておきたいということで、柔道教室にも通い始めた。カイラは毎日、ジムと道場を交互に通い、自分を鍛えまくる生活を過ごした。





 喧嘩で使う格闘術・武術の鍛錬の日々を送り始めてから一か月が過ぎた頃、カイラはある問題に直面していた。


 「お金が……厳しくなってきたなぁ」


 問題とは金銭面のことである。現在は無職で、ここ一年以上も収入が無い生活を送り続けている。そのせいで働いて稼いで得たお金が、残り僅かとなってしまっていた。

 そのせいでここ最近のカイラの食生活は、一日一食……茶碗一杯の白米と、卵一個のみとなっている。それだけで足りるはずもなく、空腹の中でも鍛錬に励まざるを得なくなった。それでも毎日鍛錬しているカイラだが、平気なわけがない。

 今日もボクシングジムにて、トレーナーから、

 

 「お前、見る度に体が痩せてないか?ちゃんと飯食ってんのか?」


 と声をかけられたが、カイラは作り笑いで誤魔化したのだった。


 「………やべーなぁ。こんな生活をあと何日か続けてたら、栄養失調で倒れてしまうぞ……。かといって普段通りの金使いをしてたら、近いうちに破産しちまう……。

 ここにも通えなくなってしまって、鍛えられなくなる。

 ムカついてる人間どもを殺すどころじゃなくなってしまう……」


 トレーニングを終えて更衣室にて着替えをする中、このままだとまずいと思わずにはいられなくなったカイラは、金銭面をどうにかすることに目を向ける。


 「金が欲しい。金を得る方法。まず挙げられるのは、働くこと。働くというのは、アルバイトをする、就職して会社とかに勤める…ということ。世の中の大人のほとんどはこの方法で金を稼いでいる。俺も一年前まではそうやって金を稼いでた。

 けど、俺はもう、昔から浸透している一般の労働をしたいとは思ってない。したくない!」


 カイラの中で、労働はクソだと決めつけている。その理由は彼自身がこれまで経験してきたことにある。


 「そもそも、人手が足りないとか言っておいて、面接に行ったら普通に落とすしな。というか、まず面接行くのがクソだるい。

 で、入った後からの方がクソなことばかりだ。大体アルバイトにしろ就職にしろ、既存している会社・職場ってのは、既にそこに組織が出来上がってるということ。そこに属している奴らのグループが既に完成していることになる」


 はぁと溜息をつくカイラの目は、ぐちゃぐちゃに濁って見えていた。


 「――つまり俺は、その既に完成しているグループに新たに入ることになる新参者。もっと悪く言えば、既に所属している奴らから見て、俺は異物そのものになる。  

 特に会社なんかがそうだ。大手会社なら新入社員がいっぱい入ってくるから、まだ異物感は薄まる。けどそれ以外の所だと、俺はいつも異物扱いされた」


 既に完成しているグループ・輪に入ってくる自分は、そこにいる者たちにとって異物でしかない。必然として後から入ってきたカイラの立場は誰よりも低いものとなる。そして場所によっては、初めから居心地が悪い思いをし続けなければならなくもなる。


 「どのアルバイトも……どこにでもあるような普通の会社も、みんなそうだった。既に出来上がっているグループに、後から入ってきた俺が馴染めるはずが無い。上手くやれないことの方が多いに決まってる。俺みたいな人間は尚更な……。

 そりゃ世渡りが上手で、コミュ力も高い奴なら、既に完成しているグループだろうが関係無く上手く馴染んで溶け込んで、上手くやっていけるんだろうよ。

 でも残念ながら、俺にそんな無理ゲーはクリア出来ない。俺にとってそれはどんなクソゲーにも劣っていて、難易度もクソ終わってるクソゲーなんだよ……」


 カイラは過去の社会人時代の自分を振り返る。これまで属してきたアルバイト・会社はどれも、最初は普通だった。誰もが自分のことをまだ完全に知れてなかったから。普通に接してくれる日々が続いた。

 ところが、一か月もすれば、その関係に異変が生じる。その発端はカイラの方からもあれば、相手の方からもあった。


 カイラは人の悪いところ・気に入らないところにしか目がいかないタイプであり、組織・グループに属してしばらく経つと必ずと言って良い程、カイラはその中の誰かを気に入らない・ムカつく奴だと断定する。

 人前でタバコを吸って受動喫煙を平気でさせる者、自分にだけ挨拶を返さない者、自分の仕事にばかり難癖をつけて注意してくる者、自分のことを完全に駒としか見ておらず雑に扱ってくる者、当たり前のように残業を押し付けてくる者…等。


 それらに対してカイラはあからさまに嫌な顔をしたり反発したりした。そうやって特定の誰かと衝突して、結果カイラがハブられて、辞めさせられることばかりだった。


 「――うちの方針が気に入らないのなら、辞めて良いよ」

 「――後から入ってきた奴が、偉そうに指図してくるな」

 「――仕事は大して出来ないくせに、文句だけはいっちょ前だな」

 「――何言われても止める気は無いから。そんなに嫌ならお前が辞めれば?」

 「うちは前からこのメンバーで仲良く仕事してるんだ。君がその輪を乱すようなことをして欲しくないんだ。今後もギスギスした関係で続けて欲しくないから、君に辞めてもらうしか………」


 かけられた言葉は異なるものだったが、どれもカイラを切り捨てる意であることに相違ない。


 「相手に非があってそれを指摘して衝突したら、相手が悪くても俺が悪者扱いされて、切り捨てられるんだ。それがずっと続いた。

 そんなクソったれなことをまた繰り返すとか、カスだろ」


 よって、普通の労働ルートは排除…とカイラは働くという選択肢を除外した。


 「今の時代、普通の労働以外で金を稼ぐ方法は……株投資、投稿した動画に広告をつけてそれで収益を稼ぐ、同じく広告収益がつくウェブ小説活動…。

 あとは…スポーツで勝ったり、競馬や競艇で勝ちを当てたり、宝くじも億単位の賞金が当たれば……。

 後半は、現実的じゃないやり方ばかりだな……」


 他に何かないかと頭をはたらかせると、こんなやり方も思い浮かんだ。


 「――人から奪う……」


 その考えに至って、すぐに「いや…」とかぶりを振る。カイラは人を殺す相手をちゃんと選ぶようにしている。殺す相手はどれも――自分をムカつかせた者、憎悪を抱かせた者に限られている。

 現金または金目の物を奪うだけの理由で人を殺そうという気にはなれないカイラだった。


 「というか、殺しは良くても盗むことに関してはどうなんだよ。盗んだ罪は帳消し出来ないんじゃねーのか、こいつは……」


 「殺人許可証」をぼんやりと見つめて窃盗罪・強盗罪のリスクを恐れるカイラは結局、自分に一番合うお金を稼ぐ方法が思いつかないまま、ジムを出て行った。




 時刻は夜の7時。いつも通っている歩道の途中にある路地裏へと続く分かれ道を通過しようとしたその時、


 「やめ、て……ぇ!」


 その路地裏の方から女性と思われる声が響いてきた。

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