小樽
やっぱり北海道は広いよ。神威岬から小樽まで加藤さんの取材もあったとはいえ、二時間だよ。着いたのはフェリーターミナル。来てるかな。
「あれちゃうか」
あちゃ、あんなに来なくても良いのに。なんだと思われるじゃない。加藤さんがわたしたちに頼んだのはバイクなんだよ。今夜のフェリーで帰るのだけど、出航が二三時三〇分なんだよね。
二十二時三〇分ぐらいから乗り込みが始まるけど、その時に飲んでたらバイクに困るじゃない。飲酒運転は厳禁だからね。でもさぁ、北海道の最後の夜は飲みたいじゃない。そうなると誰かに頼んでフェリーに積み込んでもらう必要があるのよね。
そんなことは普通は出来ないから加藤さんが頭を下げて頼んだって訳。こういう無理やりの融通はツーリングでは避けてるのだけど、避けたら酒無しの夕食になっちゃうのよね。それはそれで耐えがたいもの。
「たしかにお預かりしました。どうか小樽の夜をお楽しみください」
「無理言うて悪いな。バイクをこかさんといてな。加藤さんのはもちろんやけど、うちらのは特注品みたいなもんやから気を付けてな」
だいじょうぶかな。これ乗りこなすのが難しいのよね。なんとか挨拶と受け渡しを終えたから小樽の夜にGOだ。そうここは小樽、小樽と言えば、
「ジンギスカンや」
ちょっと待ってよ寿司でしょうが。
「寿司は北見で食べた」
回るやつ。
「北海道に来とるのにジンギスカンを食べてへんのは許されへんこっちゃ」
確かに食べてないか。
「すんまへん。どうしても絵に欲しいんですわ」
それはわかる。内地から見ると絶対欲しい絵だものね。小樽のおすすめとかあるの。
「ちょっとディープでっけど」
なになにおたる屋台村ってあるのか。そういうとこはツーリング動画に合いそうよね。おたる屋台村にはレンガ横丁とろまん横丁があって、
「レンガ横丁にあるジンギスカンが小樽で最高やと思うとりま」
八席ぐらいの小さな店みたいだけどだいじょうぶかな。
「そこはなんとかします」
なんだ旧知の店か。でも楽しみ。タクシーを拾って十分もしないうちに到着。ここはアーケードもある商店街だよね。サンモール一番街ってなってるけど、これは道も広いな。三宮センター街ぐらいはありそう。お目当てのレンガ横丁はここか。なんかの店が潰れて取り壊された跡地の有効利用に見えるな。なるほど中に屋台というより、
「現代風のバラックみたいやな」
冬も営業するだろうから博多の屋台みたいにはいかないよね。バラックと言っても良いけど家庭用の物置の大きいやつの気もする。へぇ、ここがジンギスカンの店か。カウンターだけど、
「カトちゃん御無沙汰じゃないですか。どこで浮気してたのやら」
「浮気なんかしとらん」
「見ただけで浮気じゃないですか」
ラムのジンギスカンだけど加藤さんが手際よくセッテイングしてくれて、
『カンパ~イ』
サッポロビールの北海道限定なのね。いや美味しい、美味しい。
「こんなもんじゃ足りんやろ」
まあそうだけど。次に行ったのは立ち飲みの鶏料理で良いのかな。小樽地鶏って名物なんだろうか。ここは小樽ビールだけど、こりゃ美味しいよ。胸肉なのになんて歯応え。旨味もばっちり。こっちは小樽地鶏の卵焼きも濃厚じゃない。
「次はろまん横丁や」
こっちはビルの一階スペースを区切ったもので良さそうだ。ここは串カツ屋か。串カツだけどネタが違うよ。北海道の串カツだ。ビールがたまんない。全部揚げてね、食べ残したらもったいないじゃない。
次はどこだ。やったぁ、小樽の寿司屋だ。小樽に来て寿司を食わないのは許されないもの。九貫セットって何の冗談なの。イカ、タコ、トビッコ、甘エビ、サーモン、ホタテ、サバ。ホッキにズワイガニにイクラにマグロ・・・ツブ貝、シャコ、海水ウニにアワビに特大ボタンエビだ。たんまり食べて、
「〆はお茶漬け」
へぇ、ダシ茶漬け屋さんとは珍しい。これもなかなかあっさりして行けるじゃない。食べた、飲んだ、満足した。これぞ北海道だ。
「そろそろ行こか」
わたしは無限の時を食い続ける女。
「時間食うだけやったらエンゲル係数下がるで」
あれっ、どっか間違ったぞ。まあイイか。まだ宵の口なのにフェリーの時間が恨めしい。せめてラーメンぐらい。あれっ、加藤さんが苦しそう。
「よく食べるんは知っとりましたが、桁違いでんな」
なに言ってるのよ、これでも腹八分にしてるんだから。男なのに情けない。時間があれば全店制覇してやるのに。わたしは無限に食える女。
「ブラックホールか」
コトリだって食べてるじゃない。でもおもしろいところだった。
「そやな。腰を据えて飲み食いすると言うより、ハシゴするのが楽しみのとこやな」
食べ歩き、飲み歩きが絶対に楽しいと思うし、お店の人もそうするのを前提にしてるものね。
「そやった。隣から出前まであったもんな」
聞くと入れ替わりも結構あるみたい。
「入れ替わるっちゅうことは、次が待っとることやんか。そういうとこはレベルが上がるで」
だよね。美味しかったし、財布にも優しい気がする。
「ユッキーみたいにアホみたいに食わんかったらな」
だからコトリもでしょうが。フェリーに乗り込んで。風呂だけは行っておこう。今日のツーリングの汗と埃は落としとかないとね。加藤さんはもう寝るって言ってたから、コトリと酒盛りの延長戦。
「北海道の道は大型が似合うな」
それはわたしも思った。小型でもツーリングしてる人はいたし、それはそれでも楽しいだろうけど、
「あの風景に映えるのは大型やもんな」
あれだけ左右が開けた道は内地で見るのは容易じゃないもの。ガードレールさえ少ないから、開放感がたまらないのよね。あの道なら大型で走ってみたいと思っちゃったもの。
「内地に戻ったらトラウマになりそうや」
わたしもよ。北海道と較べたら内地の道なんてツイスティなワインディング・ロードばっかりだもの。あの地平線まで続く直線は夢にきっと出て来るよ。
「内地であんな道は阿蘇でも無理や」
阿蘇は阿蘇で魅力は違うのだけど、北の聖地の魅力に中毒になりそうな気がする。実際にも多いらしいものね。
「らしいな。東京からかって北海道は遠いけど、毎年のように来るのはおるそうやもんな」
また来ようね。
「十一泊やぞ」
それがネックだ。それも船中二泊で、明日が舞鶴泊だもの。
「ほいでも、それだけの価値と魅力があるのはわかってもたな」
その通り。でも大型で良いのなら、
「その手はあるけど、また考えとこ」
さて寝るか。どうせ明日はフェリーで過ごすだけで、下りたらビジホ泊り。後は内地の道を堪能しながら神戸に帰るだけ。旅には終わりが来るのは仕方がないけど、この終わってしまうって時間は物寂しいな。
「あははは、誰でもそうや。そやけどな、旅の終りは、新たな旅の始まりとも言えるで」
コトリにしては言うじゃない。そう言えばブラジル出張が・・・寝るなコトリ、知らん顔するな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます