阿寒湖から糠平国道

 朝は七時半から朝食バイキング。これも和食なんだ。切り干し大根に煮ひじき、こっちは山菜か。味噌汁もなかなかだよ。昨夜も思ったけどダシが良いのだと思う。準備も整って出発だけど。


「ここまで来るとストーカーやで」


 YZFの六花がいるじゃない。でも杉田さんは気にする風もなく走って行った。屈斜路湖と阿寒湖はご近所さんとしたけど、距離としたら五十キロぐらい離れていて、間には永山峠まであるんだよね。


 阿寒湖は雄阿寒岳の西側にあるけど、パンケトーが北東に、ペンケトーが東側にあって、雄阿寒岳も三つの湖に囲まれてる格好になってるんだ。道路は雄阿寒岳の南側を回り込むようにして阿寒湖に到着。ここはさすがの観光地だ。


「阿寒湖が先に観光地されてもたから屈斜路湖は栄えんのかもしれん」


 三つの湖のうちで摩周湖は地形的に観光開発に無理があるから、阿寒湖と屈斜路湖の二択になるけど並立は難しいか。それに阿寒湖には切り札がある。そうマリモ。阿寒湖と言えばマリモだし、これを見るために北海道に来たのよ。


「ちゃうやろ、宗谷岬と納沙布岬に行くためやろ」


 まあそうだけど、永遠の時を旅する女は、


「忘れっぽい」


 どうしてわたしの語りの腰を折るのよ。


「長いからや」


 ほっといてよ。このマリモだけど湖畔に行けば見れるものじゃない。というか二ヵ所しかなくてお手軽には阿寒湖畔エコミュージアムセンターが良いかな。でも目指すのは、


「マリモ展示観察センターや」


 これがまたエライところで、阿寒湖に浮かぶチュウルイ島にあるのよ。島だから渡るには船が必要なんだけど、


「遊覧船で八十五分や」


 八十五分は往復とマリモを見る時間を含めてのものだけど、


「タイム・イズ・マネーで行くで」


 遊覧船の他にモーターボートもあって、これなら往復二十五分で行けるんだよ。そのうえ発着時刻に縛られないのも良い。ただしあくまでもタイム・イズ・マネーだからね。湖面に映る雄阿寒岳を楽しみながらチュウルイ島へ。


 これが天然のマリモか。マリモってせいぜいテニスボールぐらいだと思っていたけど、ハンドボールぐらいのもあってビックリした。


「これが幻のイトウか」


 イトウはサケの仲間だそうだけど、日本最大の淡水魚。1メートル以上になることもあって、最大で2メートルの記録まであるそう。イトウも絶滅が危惧されてるからそうは見ることは出来ない魚だよ。


 阿寒湖はマリモを見れて満足したから今日の冒険に出かけるぞ。ルートはコトリと杉田さんが遅くまで検討してたけど、まず国道二四〇号を北上する。四十分ほどで津別に着くと、今度は道道二十七号で北見に走っていく。お昼は北見かな。北見と言われてもイメージ湧かないけど、なんか名物料理でもあるのかな。


「北見の名物というより北海道の名物をお昼にします」


 またスープカレーとか。


「いえお寿司です」


 昼間っからお寿司? それもこんな山の中でわざわざ??


「ユッキー、ナニ言うとるんや。北見は山もあるけど海にも面してるんやぞ」


 そうなのか。北海道はお寿司も有名だものね。小樽じゃ観光名所になってるぐらいだもの。お昼にお寿司ってのが引っ掛かるけど、コトリじゃないから心配ないもの。


「うるさいわ」


 えっ、ここなの。ここって、まさか、まさか、


「お昼は奢りますよ」


 それは有難いけど、寿司が回ってるじゃない。店の名前だってカタカナ。


「加藤、さすがにこの時間帯なら待たずにすんだな」

「おお、前の時は一時間待ちやったもんな」


 へぇ、そんなに待たされると言うことは人気があるんだな。食べもせずに評価するのは良くないよな。さっそくパクゥ。美味しいじゃない。これが回る寿司って言うの。神戸のとはレベルが違い過ぎる。


 北海道の回転寿司はここだけじゃなく、どこもこれぐらいのレベルを競い合ってるんだって。知らなかったな、さすがに回る寿司なんて大学の時から行ってないものね。これだけ美味しくて安ければ、


「そうや、道民熱愛グルメになるで」


 回る寿司を堪能したら、国道三十九号を東に走る。一時間も走ったら、登りになってきた。前に見えるのは、


「大雪山や」


 石北峠で一休みして、また東に、


「このトンネルを抜けたことろで左折します」


 さすが杉田さん。コトリと違って気配りが細かい。


「聞こえとるぞ」


 トンネルを抜けると雪が残ってる山が見えるじゃない。あれが大雪山だよね。左に曲がると言うことは大雪山系の東側を南下することになりそう。この道が杉田さんがこだわっていた絶景ロードのはず。


 こんなところにダムがあって大雪湖って言うんだね。こりゃ、気持ちの良い道だ。道は広いし、視界も開けてる。峠道のはずだけどゆったり登ってるから、ヘアピンの連続とは無縁だものね。二十分もしないうちに長いトンネル。これを抜けると三国峠だ。


 三国峠は北海道で一番高い峠で標高千百三十九メートル。峠には駐車場とカフェがあるから休憩みたいだ。景色も楽しみたいものね。


「すみません。ちょっと仕事させてもらいます」


 番組作りに来てるのだものね。なるほど、あの走行シーンはこうやって撮ってるのか。松見大橋もツーリングスポットみたいだけど、ドローンも飛ばしてるよ。上手いもんだ。何度も往復してるのはテイクを重ねてるんだろうな。


「さすがはカリスマやな」


 どれだけ手間をかけてるか良くわかるもの。松見大橋の撮影中は、橋が見える駐車場で待ってたんだけど、


「ユッキー、あれ」


 YZFの六花だ。付いて来てたんだね。そしたら、


「拓也さんとマスツーされてる方ですよね」


 ありゃ、声をかけられた。拓也は杉田さんの名前だけど、なんと名前呼びじゃない。それだけ親しい事になるけど「さん」が付いてるから、今はそれなりの距離があるってことになる。


「ええ、そうでっけど。杉田さんならお仕事中でっせ」


 ここで話を聞きたいけど、どう切り出そうか考えてるうちに、


「どういう御関係ですか」


 答えようと思ったらコトリが先に口を出した。


「見ての通りのツーリング仲間や。知り合ったんは阿蘇やけど、納沙布岬で偶然再会したからマスツーやっとる」


 ちょっと間を置いて、


「聞かれました?」

「ざっとはな。そやけど、ようわからんかった。まあ、わからんでもツーリング出来るさかいな」


 なにかを考えているようだったけど、さらにコトリが、


「先に断っとくわ。コトリもユッキーも彼女やないからな」

「同じ部屋に泊まっても?」

「そうや、それぐらい彼女やないってことや。そやからコトリも杉田さんと呼んどる」


 ちょっと風が出て来たかな。


「聞かないんですか?」

「なにをや」

「私の事を」


 コトリは興味無さそうに、


「どっちでも。杉田さんの仕事はまだかかりそうやから、話したいんやったら聞く時間はあるで。話したくないんやったら、ここで見とったらエエ」


 わたしとコトリが心配していたのは六花がストーカーであるかどうか。ぶっちゃけ危害を加えそうなら関心はあるけど、それだってこれからのツーリングを邪魔するかどうかだけ。コトリの判断もわたしと同じだね。そこから六花はポツリ、ポツリと話し出した。

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