ツーリング日和10
Yosyan
遥かすぎる地
「だ か ら 無理やて」
わたしは永遠の時を旅する女・・・
「それはエエから、無理なもんは無理や」
言わしてよ。そうやって気分盛り上げてるんだから。コトリと相談しているのは、
「相談ちゃうやろ。無理難題を押し付けようとしてるだけや」
いちいち話の腰を折らないでくれる。これはバイク乗りのプライドの問題なの。ツーリングの聖地はいくつかあるけど、北は北海道、南は阿蘇が定番なのよ。阿蘇は走った。残すは北海道じゃない。
「信州もあるで」
信州も行きたいけど、わたしは北海道に行きたいの。
「飛行機やったっら神戸空港からすぐや」
そんなもの出張で毎年のように行ってるじゃない。わたしはバイクでツーリングがしたいのよ。どこまでも広がる大平原、まるで地平線の果てまで続くのじゃないかと思うような果てしない直線道路。そのうえ美味しいものがテンコモリ。
バイク乗りにとって北海道のツーリングは憧れであり、夢であり、走らなきゃならないところじゃない。それなのにコトリの後ろ向きな態度はなんなのよ。少々遠いぐらいなんだって言うのよ。
「少々って言えるか?」
グサァ。ま、少々じゃないから今まで行けてないのだけど、ちょっと時間がかかるからって、
「ちょっとか?」
グサァ、グサァ。とにかく遠いし、時間がかかるのは認める。でも、それだけの理由で、
「あきらめるだけの理由は十分すぎる程あるで」
グサァ、グサァ、グサァ。確かにね。ツーリングだからバイクも北海道に運ばないといけないのだけど、下道でなんて絶対に行けるものじゃないからフェリーになる。フェリーはあるのよ。舞鶴から小樽にあるし、敦賀から苫小牧だってある。
「舞鶴から小樽は二十二時間の航海や。そやけどや・・・」
舞鶴発がなんと二十三時五十分。神戸から舞鶴まではナビ上で百二十キロぐらいで三時間半ぐらいとなってるから、神戸を六時半ぐらいに出発したら可能と言えば可能。
「ただし夜道になるし、帰宅ラッシュにもかかる」
それでも舞鶴まで行くのは可能なんだよ。最大の問題は小樽への到着時刻。これが二十時四十五分なんだよね。そう北海道に上陸したら小樽で泊るしかなくなり、ツーリングに出発するのはさらに翌日になっちゃうのよね。
つまりって程じゃないけど、北海道でツーリングをするには、夕方に出発して翌々日の朝からになってしまうってこと。これは敦賀から苫小牧でもほぼ一緒。
「これが往復あるんやで」
帰りの方が酷いかも。舞鶴着が二十一時十五分だから、ここから四時間かけて夜道で神戸まで帰りたくないじゃない。でも舞鶴泊で翌朝に神戸を目指したりすれば、その日も休みにせざるを得なくなる。
これじゃ、ツーリングに行ってると言うより、フェリーに乗りに行ってるようなもの。フェリーのメリットは寝てる間に運んでくれるところだけど、深夜発の夜着だとメリットが帳消しになっちゃうのよね。
「バイクはついでやからな」
まあね。フェリー会社のターゲットは長距離トラックだもの。だったら、だったら発想を変えてさ。
「無駄な足掻きや」
一言で切り捨てないで聞いてよね。敦賀から秋田に行く便なら五時五分に着くじゃない。そこから、
「青森まで百七十五キロでナビ上で三時間四十六分や。五時半に秋田を出発したとして、走りづめで青森に十時が目いっぱいやんか。それでも十一時三十五分の青函フェリーに乗るのは可能かもしれんが、函館着が十五時二十五分やから泊りは函館になる」
青函フェリーが四時間かかるものね。翌日に函館から出発して道南ツーリングをしても、
「帰りは小樽か苫小牧やんか」
ちょっと待って。東北にツーリングに行った時は敦賀は早朝着だったはず。
「ああ、それか・・・」
苫小牧から敦賀は二コースあって、直行便は二十時半着だけど、秋田・新潟経由便は五時半着なのか。それって逆も真なりじゃ、
「ならへん。そもそも新潟・秋田経由は三十四時間かかるねん。そのうえや、敦賀から苫小牧やったら十六時四十五分着や」
ギャフン。ホテルに泊まるかフェリーで泊まるかの差だけか。じゃあ、じゃあ、太平洋フェリーは、
「あのな。名古屋までどうやって行くかの問題は置いといても、十九時発で翌々日の十一時に苫小牧や」
そうなのか。
「どない組んでも往復で四日かかるのが北海道や」
そうなるか。でもさぁ、でもさぁ、行きたいじゃない。ここまであちこちツーリングしてるのに、北海道が行けていないのは女神のプライドに・・・
「関わらへん。単にユッキーが行きたいだけやろうが」
その通り。でも行きたい、行きたい、行きたい、行きたい、行きたい、行きたい・・・
「呪文みたいに唱えるな。子どもやないねんから」
だって、だって、だって、だって・・・
「地団太を踏むな」
こうなったら。
「すねた顔してどうするねん。北海道言うけど、どこ走りたいんや」
わたしは永遠の時を旅する女・・・
「前置きはエエから」
どうして前置きさせてくれないのよ。これでわたしのキャラが立つんだよ。そう、ミステリアスな雰囲気を漂わす永遠の・・・
「チンチクリン」
ほっといてよ。このスタイルはわたしの五千年来のお気に入りなんだから。
「もうちょっとあってもエエんちゃう」
だから、ほっといてよ。他人の容姿にケチつけるのは最低の行為よ。たとえコトリだって容赦・・・
「ここで喧嘩はやめとこ。それでどこ行きたいんや」
そんなもの決まってるじゃない。永遠の時を旅する女に相応しいところ。そこは人家が尽き、地が・・・
「北なんか、東なんか」
どっちも。
「一遍に行けるか! どんだけ離れてると思うてるねん」
東京大阪間ぐらいあるものね。
「そんだけやない。納沙布岬から苫小牧行くのも同じぐらいあるねんぞ」
さすが北海道だ。距離のスケールが本州とは違うね。コトリの言う通り北海道まで行くだけで遠い、さらに北の果て宗谷岬から、東の果て納沙布岬までも遠い。どう考えたって遥かなる地だけど、行けないところじゃない。
航路だって、道路だって、宿だって整備されてる観光地に過ぎないよ。その気さえあれば行けるところだってこと。だからわたしは行く。
「精神論じゃ無理やで」
このわたしが行くと言うのよ。精神論なんか振りかざすと思う。
「振りかざして駄々こねとったけど」
ほっといてよ。
「事実の指摘や」
北海道行きを阻む要因は突き詰めればたった一つだけじゃない。だから行けるってこと。
「エエんか、ユッキー」
もちろんよ。それがわたしの目指すところなら。
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