27話。エルザ、ミスリル鉱山を奪われて激怒する

【魔法剣士エルザ視点】


「きゃははははッ! もうこれは、笑いが止まらないね」


 私は【魔法剣士】のエルザ、17歳。今、金貨で埋め尽くされた風呂に入って、年代物のワインを気分良くあおっていた。


「くぅううううッ! この芳醇な香りと喉越しが、たまんないね。これ一杯で、庶民の年収10年分だよ」


 まさに笑いが止まらない。

 旧魔王直轄領を占領して、ミスリル鉱山を手に入れたおかげで、湯水の如くお金が手に入るようになっていた。


 今いるこの城は、かつての魔王の居城だ。さすがに内装設備が豪華で、とても気に入っている。

 しかも私は聖王国から、男爵位がもらえることになっていた。


「は、はひぃいいい! ご主人様、ケーキをお持ちしましたにゃ!」


 奴隷にした猫耳娘が、恐る恐るケーキを運んでくる。

 とてもカワイイ娘だ。

 私はこういう娘を支配してイジメるのが大好きだった。


「遅いぞ、お前! グスグスするな!」

「ぎゃにゃああああッ!?」


 火の魔法をぶつけてやると、猫耳娘は変な悲鳴を上げた。

 コレコレ。弱い者を痛ぶる時、私は自分の強大さを感じて、心がスカッとするんだ。


「まあ、いい。私は最高に気分が良いんだ。貴族の身分に加えて、勇者パーティへの推薦ってね」


 聖王都からの使者は、私に爵位を与えるだけでなく、勇者パーティに推薦したいと告げた。

 その肝心な勇者様は、まだ見つかっていないらしいけど……


 魔王が現れ、聖王都は大騒ぎだそうだ。

 それで、私の力が必要だとか。

 へぇ~、おもしろいじゃん。


「勇者パーティに入って魔王を倒せば、莫大な恩賞が手に入る。その名誉も、金儲けに利用できるし。悪い話じゃないね」


 私は自分の力に絶大な自信を持っている。

 レアクラス【魔法剣士】を手に入れてからの私は、順風満帆だった。

 前魔王の娘だとかいう吸血姫グリゼルダもまるで敵じゃなかった。


「前祝いといこうかな。よし、パーティの準備だ!」

「は、はぃいいい、エルザ様! わかりましたにゃ!」


 楽しい気分にひたりながら、私は金貨風呂から上がる。

 奴隷の猫耳娘が、服を用意して着せた。

 その時だった。

 

「い、一大事です。エルザ様、げばぁああああッ!?」


 いくつもの大きな悲鳴と、爆音が重なった。


 ズッドォオオオオン!


 城の壁を、巨大なモンスターが突き破って現れる。強烈な腐臭が、鼻を突いた。


「なっ!? コイツは、【ドラゴンゾンビ】!?」


 骨が剥き出しになったドラゴンの成れの果てが、私を見下ろしていた。

 さすがにゾッとする。

 こんな化け物が、この土地にいたのか。


「エルザ、ミスリル鉱山はいただいたぞ。俺は魔王カイだ」


 驚いたことに、ドラゴンゾンビが言葉を発した。


「俺はお前たちと仲良くなりたいと思っている。死んだお前たちとな。このドラゴンはお前のペットだったが、今じゃ俺の従順な下僕だ」

 

 よく見れば、このドラゴンゾンビには見覚えがあった。切り札として飼い慣らしていたドラゴンじゃないか。


 じゃあミスリル鉱山を任せていた【ドラゴンライダー】は死んだのか。

 全身の血が逆流したかのような怒りが沸き上がった。


「お前、私のモノを奪ったな!? タダで死ねると思うなよ!」


 私は剣を抜いて、灼熱の炎をまとわせる。剣技と魔法を掛け合わせた自慢の魔法剣だ。

 私は奪われるのが大嫌いだ。

 例え銅貨一枚だろうと、私から奪うヤツがいたら、そいつを八つ裂きにしても飽き足らない。


「奇遇だな。俺も同じ気持ちだ。お前は、俺の命とコレットを奪った。だから、俺はお前からすべてを奪う。これは、ほんのあいさつ代わりだ」


 ドラゴンゾンビが、呪いにまみれたドス黒いブレスを放った

 直感した。

 最強の技で迎え撃たなければ、私は死ぬ。


「こんなものぉおおおおッ!【紅炎斬(こうえんざん)】!」


 全身全霊の力を込めて、私は魔法剣を振り下ろしす。


「ぐぅううううッ!?」


 両腕に軋むような衝撃が走る。

 痛い。こんな激痛は初めてだ。両腕の骨が、嫌な音を立てて砕ける。

 だけど、私の勝ちだ。

 【紅炎斬】は漆黒のブレスを斬り裂いて、ドラゴンゾンビを焼き尽くした。


「その両腕には回復魔法を阻害する呪いをかけた。これで、もう魔法剣は使えないな。俺の奴隷にしてくださいと、泣いて懇願するなら命だけは助けてやるぞ」


 嘲笑を響かせながら、ドラゴンゾンビは消し炭と化した。


「ちょ、調子に乗るな。負けた癖にぃいいいッ! おい、猫耳! エリクサーを持ってくるんだ。早くしろぉおおお!」

「は、はい! ただいまですにゃ!」


 私は重傷を負った時に備えて、究極の霊薬エリクサーを購入していた。

 どんな怪我や状態異常も、エリクサーなら全快できる。

 ヤバい呪いをかけられたようだけど、これがあれば無効化できる。


「私を奴隷にするだって? 身の程知らずがぁあああッ!」


 私は怒りに任せて、壁を蹴り飛ばした。壁に大きな穴が開く。

 こんな屈辱は今までの人生で受けたことがない。


「あ、姉御!」


 部下たちが、武器を手にして駆け付けてきた。


「お前たち、出撃だ! ミスリル鉱山を奪った魔王カイとやらをなぶり殺してやる!」

「えっ!? 今からですかい? 今の襲撃で、コッチもだいぶ殺られましたが……」

「魔王は、私の両腕を砕いたと思って油断している。攻めるなら今だ! グスグスするな! それとも、この場で、私に殺されたいかぁ!?」

「め、めめめ、滅相もございません!」


 猫耳娘が持ってきたエリクサーを飲み干しながら、私は命令した。

 相手の虚を突いてこそ、戦いは上手くいく。

 私の本能が告げていた。両腕は全快した。攻めるなら今だと。


 この時、私はこれが罠だとは──私に破滅が訪れようとしているとは、予想もしていなかった。

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