15話。知識チートで敵の裏をかく作戦を立てる

「カイ様、お夕飯の準備ができました!」

「おおっ、サーシャ! 相変わらず美味そうなのじゃ」


 メイド姿のサーシャが、鍋のオタマを手にして叫ぶ。

 グリゼルダは子犬のように、ヨダレを垂らしていた。

 焚き火にかけられた鍋からは、実に食欲をそそる匂いが立ち昇っている。


「ありがとう。さっそく、いただくとしようか」


 ここは街から離れた森の中だ。

 追手を撒くために、【瞬間移動】を繰り返した俺は、今夜はここで野営することにした。


 本当はすぐにコレットと合流したいところだが、急いては事を仕損じる。

 計画通りに人目につかないルートを選んで、ラクス村に向かうことにした。


「はい、カイ様! こちら、キノコと森ウサギのスープです」


 俺が森で狩ったウサギの新鮮な肉が、ボリューム満点で入っていた。

 長らくソロ冒険者をやっていたおかげで、狩りはお手の物だった。


「カイ様は、獲物を仕留めるのがうまいのじゃ。わらわは森ウサギを見つけることも、できなかったぞ」

「森ウサギは身を隠すのが得意だからな。生態を知っていなければ吸血鬼の超感覚を使っても、見つけるのは難しいと思う」

「はふはふっ! なるほど! わらわにも狩りを教えて欲しいのじゃ」


 熱々スープに舌鼓を打つグリゼルダは、とても聖王国を壊滅寸前にまで追い込んだ魔王には思えなかった。

 サーシャが死なない世界では、グリゼルダの性格は、ふつうの女の子と大して変わらないのだな。


「もちろん、いいぞ」

「ありがたいのじゃ!」

「ふふっ、良かったですね。グリゼルダ様」


 俺たちのやり取りをサーシャが、微笑ましそうに見つめる。


「森ウサギは、敵に見つかりそうになると、木の根元あたりに隠れて、じっと動かないんだ。気配を殺して動かないモノを見つけるのは困難だけど……」

 

 その時、俺の右手に鈍痛が走った。


「どうしたのじゃ?」

「まさか……コレットの護衛につけたアークデーモンがやられたのか!?」


 アークデーモンは俺の魔力供給によって、この世界に顕現している。供給が途絶えれば、行き先を失った魔力が跳ね返ってくるので、すぐにわかった。

 にわかには信じられない。

 軍隊でも動員しなければ、アークデーモンは倒せないハズだ。


「アークデーモン、どういうことだ? 報告してくれ!」

『ハッ! 誠に申し訳ございません。マスター、カイ様』


 アークデーモンの声が聞こえてきた。

 本体が別次元の地獄にあるため、アークデーモンをこの世界で殺しきることはできない。

 倒されてしまうと、24時間召喚不可能になるクールタイムが存在するが、アークデーモンと会話することはできた。


『聖者ヨハンが率いる聖堂騎士団によって、コレット様が拉致されました』

「ヨハン!? どういうことだ……? なぜ、ヤツがコレットを拉致するんだ!?」


 思わず、スープを地面に落としてしまった。

 沸騰するような怒りが、俺の頭を埋め尽す。

 ヨハンは1週目で、俺を裏切って殺した勇者パーティのひとりだ。

 魔王誕生を阻止すれば、コレットがいきなり狙われることは無いと思っていたのだが……


『ハッ、ヨハンめは気になることを言っていました。コレット様を【時の聖女】と呼び、2週目の世界に確実に行けることが証明できたと』

「なんだと……?」


 俺は思考を巡らせる。

 ……おそらくはヨハンは【預言】のスキルで、コレットのクラスと居場所を知ったのだろう。


 1周目でコレットが真のクラス名を秘密にしていたのは、ヨハンに脅されて口止めされていた可能性が高いな。

 しまった。敵の目的を間違えていた。


 ヨハンにとって魔王討伐などオマケであって、本当の狙いは【時の聖女】を幽閉して、その力で2週目の世界に行くことだったのだ。


 こんなことなら、一直線にコレットの元に向かうべきだった。

 悔やんでも悔やみきれない。


『ヨハンは、カイ様を魔王だとして、魔王から聖王国を守るために、コレット様を王城に連れて行くと話していました。そして、コレット様に【聖縛鎖(ホーリーチェイン)】の戒めをかけて、自由意思を奪いました。

 『魔王カイ・オースティンと戦うことに全面的に協力せよ。利敵行為の一切を禁ずる』と……それが我が最後に見た光景です」


 【聖縛鎖(ホーリーチェイン)】だって? 相手にひとつだけ禁止行為を強要する魔法だ。違反すると、激痛が走る。


 いわばコレットを奴隷にしたようなものだ。

 許せるモノではなかった。

 ヨハンと聖教会の連中には、死に勝る地獄を味あわせてやらねばならない。


「……ッ。わかった。ご苦労だった」

『ハッ!』


 だが、コレットの居場所がわかったのは不幸中の幸いだった。

 冷静になって考える。


 2週目の世界に行きたいということは、ヨハンの目的は歴史の改変か?

 あるいは、俺が手に入れたような2週目限定の隠しクラスか?


 その両方である可能性もある。

 未来に起こることを知った上で、最強クラスを手に入れれば、ヤツは教皇となって聖教会を牛耳ることもできるだろう。


「歴史は大きく変わったと思っていたが……『魔王から聖王都を守るためにコレットが王城に幽閉される』という点は、変わらなかったということか……」


 もしかすると、歴史には俺個人がいかに大きく動こうとも変えられない、大きな流れがあるのかも知れない。

 ……だが、それがどうした?

 例え神が立ちはだかろうとも、俺は運命を変えてみせる。


 ヨハン、わざわざ俺に魔王のお墨付きを与えてくれたのは、愚策だったな。

 これで魔族に、俺が魔王だと納得させやすくなった。


 魔族たちを従えて、コレットを必ず奪い返してやる。

 ヨハン、お前はグリゼルダ以上の最凶の魔王を誕生させてしまったんだよ。


「カイ様、大丈夫なのじゃか……? すごい怖い顔なのじゃ」


 グリゼルダが心配そうな顔をしていた。


「悪い。ヨハンから、どうコレットを奪い返すか、考えていたんだ」


 ……多分、俺は無関係な大勢の人間を殺すことになるだろう。

 コレットは俺の大罪を知って悲しむかも知れない。


 だが、コレットがクズのような連中に利用されて、苦しむよりはマシだ。

 ヨハンは目的を達成するために、手段を選ばないだろう。コレットを一刻も早く救出せねばならなかった。


 なにより、もしヨハンが歴史を変えて、ヤツが世界の支配者にでもなったら、この世はおしまいだ。


「いや、かまわぬのじゃ。コレットはカイ様にとって、大事な伴侶(はんりょ)なのじゃろう? わらわたちにも協力させて欲しいのじゃ」

「……コレット様が王城に連れて行かれたとなれば、城攻めですか?」


 サーシャが、新しいスープを椀に注いでくれる。

 ありがたい。

 昔の俺は、たったひとり。何もするにも孤軍奮闘だったが、今の俺にはグリゼルダとサーシャがいる。


「ありがとう、グリゼルダ。サーシャ」


 それが、なによりも心強かった。

 ……まずは、何をするにも腹ごしらえだな。


「そうだな。おそらく聖王都にはコレットによって、聖女の大結界が張られるに違いない。大結界は、許可なき者の侵入を拒むんだ。力押しで突破するか、内通者を作るかしかないな。前者は、魔王だったグリゼルダが散々やって失敗したから、まず不可能だと思う」

「な、なんと……! うむっ、さすがは聖女の大結界といったところじゃな!」


 聖女の大結界は、城内にある神器によって増幅されて聖王都全体を包んでいる。

 内通者にこの神器を破壊してもらえば、結界は弱まり突破することができるハズだ。


「しかし、内通者を作ると言ってもどうやって行うのでしょうか? 私達に協力してくれる者となると……」


 サーシャは考え込んだ。


「それについては考えがあるけど……今はなにより仲間を集めることを優先したいと思う。俺たちだけじゃ、戦力が足りない」

「おおっ、すでに内通者を作る策があるとは!? さすがはカイ様なのじゃ! わらわはまったく思いつかぬ!」

「はい、おみそれしました!」


 グリゼルダとサーシャが尊敬の眼差しを向けてくる。

 俺は思わず苦笑してしまう。


 こういった作戦が立てられるのも、1周目の世界で、魔王グリゼルダvs聖王国軍の対決を見ていたおかげだ。

 何をすれば失敗するか、聖王国軍はどう動く可能性が高いか、知ることができている。


 ヨハン以上に未来を知っていること、なにより敵の能力や性格を知り尽くしているのが俺の強みだ。

 ヨハンの自慢である【預言】スキルの弱点も知っている。

 コレットを人質に取ったことで、俺に勝ったと思っているなら、大間違いだ。


「よし。まずは、グリゼルダの領地をエルザ一党から奪い返そう。すべては、そこからだな」

「おおっ、誠にありがたいのじゃ! わらわはどこまでも魔王カイ様について行くぞ!」


 グリゼルダが歓声を上げた。

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