第109話 冨次先輩の憩いの場。

「……疲れた」


 百合夏が転校してきてからの午前の授業の各休み時間、転校生ブーストちやほやに僕まで巻き込まれてしまった。


 ことある事にどんな関係かを聞かれるし、沖縄に帰った時の話を根掘り葉掘り聞かれるし、天使さんたちとの関係とかまで色々と尋問されて大変だった。


 クラスのモブがクラスの美少女たちと沖縄旅行となると色々と問題が発生する。

 僕自身はただの帰省であり、お盆の関係があるわけだが、外野である他のクラスメイト(主に男子生徒)からしたら面白くはないだろう。


「……来年は同伴させないようにしよう」


 モブから裏切り者へとジョブチェンジを果たした僕は現在、お昼休み時の避難先として渡り廊下の階段で1人お弁当を広げている。


 ことある事に絡んでくる百合夏がうざいのはもちろん、それに伴って刺さる殺意に耐えかねての処置である。


 ここなら誰もいない。

 それはとてつもなく安心感を覚えた。


「……また露骨にハブられるのは嫌なんだよなぁ」


 小学生時代の嫌な記憶が思い起こされる。

 鬱屈とした日々を送らずに済むように本来はひっそりとぼっちをしていた中学生時代。

 それに引き続き高校生活もひっそりぼっちを決め込んだはずが天使さんとの料理生活である。


 天使さんとの料理は楽しいし、可愛いから充実はしていた。それは間違いない。


 しかしそれは僕のようなモブには本来許されない事なのである。

 今一度身の程をわきまえてつつましく生きなければならない。


「なんだ本部、おまえハブられてるのか?」

「いや今はまだ……ってなんでここに冨次先輩が居るんですか?」

「ここは私の憩いの場だ」


 ムスッとした表情の冨次先輩が不機嫌そうに僕を見下ろしていた。

 ……モブに安息の地はないようだ。


「…………じゃあどっか行きますよ。居ても邪魔でしょうし」

「別に良いわよ。邪魔だけど」

「邪魔なんじゃないですか……」


 不機嫌そうな表情そのままに冨次先輩も少しだけ離れた所に座って自作のお弁当を展開した。


「……なんで冨次先輩はここでお昼食べてるんですか?」

「別に良いでしょ、そんなの」

「……もしかして、あ、いやなんでもないです」

「ちょっと、今何を言いよどんだのよ? 言ってみなさいよ」

「いえなんでもないです」


 冨次先輩は性格こそキツいが、顔もスタイルも良いし友達の1人や2人はいると思っていた。

 だが実際にはその性格ゆえに友達がいないのかもしれない。


 しかしそれを僕がどうこう言えた立場ではない。

 ましてや冨次先輩の憩いの場をお借りしているこの状況下では尚更。


「あんたの玉子焼きちょうだい」

「……冨次先輩の弁当にも玉子焼き入ってるじゃないですか……」

「たまには他の人のも食べたくなったのよ。なに? ダメなの?」

「じゃあ交換しましょう」

「良いわよ。でも私の玉子焼きは甘いけどいいの?」

「僕は塩っぱい派なので新鮮です」


 流石は冨次先輩。

 食べ慣れない甘い玉子焼きだが、しっかりと美味い。

 形も綺麗だし、弁当ひとつでも手を抜いていない。


「まあまあね」

「それはどうも」

「出汁は何使ったの?」

「白だしです。楽なので」

「やっぱり」


 お互いに淡白な会話。

 しかしながらこうして冨次先輩と普通に話したのは何気に初めてかもしれない。


 まあ、傍から見てて楽しそうにお食事してるようには見えないとは思うが、出汁や調味料などの好みの差を聞けるのは意外に楽しかったりする。


「ご馳走様でした」


 食べ終わったので図書室にでも行こうと思い立ち上がると冨次先輩ももう食べ終わる頃だった。


「ではお先に。玉子焼き、美味しかったです」

「そう。それは良かったわ」

「はい」

「……明日も来るの?」

「なにが?」

「ここによ」

「どうでしょうか、わかりません」


 食べ終わってもムスッとしてる冨次先輩、一体なんなんだ。

 なんか怒らせるような事言ったか? 僕。


「そ。まあ、来たいならこれば?」

「……それはどうも」


 どうやら明日もここに来てもいいらしい。

 この人、分かりにくいなぁ。


 まあでもお昼休みに彷徨って時間を無駄にするのも嫌だし、了承を得られたので良しとすることにした。


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