第8話 【天職】


 十数分後、私はその教会の鐘を鳴らすための、入り口付近にある、そこだけ独立したように建っている鐘堂の中に案内された。内部は薄暗かった。私は青年に従って、そこから三階まで続いている、古びた、いかにも華奢な階段を危なっかしそうに上って行った。その一段一段の踏み板は本当に薄っぺらであった為に、その間、私は生きた心地がしなかった。


 「この階段……見るからにそうとう古そうだけれど、抜け落ちたりなんかしやしないかい?」


 私はそう階段を上がりながら、落ち着かない気持ちで訊(たず)ねた。


 「わたしどもは支障なく上り下りしていますが……本当に、もうそろそろ……心配な気もいたします……」


 そう青年は私のすぐ前で一寸立ち止まりながら、私の方は見ないで、何か考え事でもしているかのように上を向いたまま、呟くように言った。


 私たちはまたギシギシと踏み板を軋らせながら上り出した。ようやく私たちは長い階段を上り終えて、三階の部屋に辿り着いた。そこは三階というよりも、ほとんど四階くらいの高さであった。そうしていま私たちの立っている床板は、ますます華奢なものに思われた。そして床板と床板の間には、階下が覗けるほどの隙間が、あちこちに点在していた。


 ぞんざいには歩けなかった。が、そこを青年はいかにも身軽そうに歩いた。彼はその部屋の中央で立ち止まって私を手招きした。私はおそるおそる足を忍ばせながらそちらへ向かった。


 私たちは屈みこんでそれを見た。この部屋の中央の床には、大人の頭ほどの大きさの円い穴が開いていた。そしてそこには、この教会が日曜日の週ごとに鳴らしている一つの鐘が吊り下げられてあった。その鐘の頭部がその床板の穴から少し突き出して私たちに認められた。


 古めかしい、錆びあせた金色の大きな鐘、この金の音を日曜ごとに村中に響かせているのは、今私の目の前にいる、大人しそうな、この青年の役目なのだそうだ。そのことを青年からつとめてゆっくりした口調をもって、説明された。私は感心したように改めて青年を見た。青年も素直そうな目つきで私を見返した。


 「僕にその仕事をゆずる気はないかい?」


 「これはわたくしの天職ですから……」


 そう私たちは瞳と瞳で会話した。



 その教会の出入口の側(そば)の小さな木卓の上には、寄付箱が置かれてあった。

 帰り際に私はそれを認めると、いくばくかの小銭を投じた。

 

 「もしよろしければ……明日の集会にもお出でなさいませんか?」


別れ際に、そう小使いの青年が何気なさそうに言った。続けて、


 「外来の御方でも、他の宗派の御方でも、わたくしどもは、歓迎いたしております……」


 そういかにも無信仰の私を気づかうように付け加えた。


 私はそんな集会の折の人々が讃美歌を歌う時間に、その中で一人で歌詞も分からずに所在なさそうに立ちん坊をしている私の映像が、急に私の脳裏を過ぎるままに、いかにもあいまいな返事をしたきりだった。……

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