妖精社会 *現在更新停止中

創作

前日譚 プロローグ

邂逅編

01_崩壊

「はぁはぁ、はぁ…」


何人が生き残ったんだろうか。


「ここは…どこだ…」

 俺は混濁とした意識の中でそうつぶやいた。それがスイッチになったのか、だんだんと意識が明瞭になってくる。


「…ハッ!父さんは…」

 そうだ。確か、海上都市が大規模な荒波に巻き込まれて…。父さんと一緒に船着き場に向かおうとして…。その時、地面から水が吹き出して…。それから…。

そこから僕の記憶は途切れていた。



「お?意識が戻ってやがるな、こいつー。やりぃ!これで人手が増えるぜ」

俺が意識を取り戻してからしばらくして、いかにも快活そうな男がやってきてこういった。


「ほいっ。これ水な。それと木の実と果物な」

頭がやっと回転し始めた時にこう、続け様に言葉を並べられて俺は返答に困った。男は俺の前で胡座をかくと、一息してから話し始めた。

 話の中でわかったのは男の名前は興梠こうろぎ陸だということ。「俺が意識を失ってから三十日近く過ぎている」こと。それに今は自給自足をしているということだった。

 俺がいた海上都市は原因不明の大波によって半壊、そのまま波に攫われながらも一階の一部分のみが残り、流されてここに漂着したらしい。その時にインフラの大部分がやられ、復旧も難しく今に至るとのことだった。

「でな、人手が足りないんだわ。このキャンプにいるのはせいぜい三百人。そのうち体格がいいのが五十人ちょい。インフラの整備ができるやつはいねぇし、動けない奴も多い。お前みたいな五体満足でいるやつは珍しいんだぜ」

 やっと間ができたように感じた俺は一番聞きたかったこと、唯一の肉親のことを口にした。


「父さんは、武田健介という人は生きているか知っていますか」


「たけだ…武田…けんすけ。うーん。聞かねえなぁ。生きてるかは分からんな。けど、最近になって近くの森で生存者を見つけたり、俺らみたいにベースを作ってる奴らとも接触はできてる。もしかしたら、ここにいないだけかも知れないな」

 陸はスッと立って「とりあえず、詳しいことは明日話すわ。今日は体を慣らしておけよ」と言って手を振りながら、俺のいるテントから出て行った。

 それから俺は寝床に置いてあった杖を持って外に出ることにした。

 テントの幕に手をかけた刹那、光が目をつんざいた。あまりの眩しさに目を瞑る。次第に明瞭になる視界から飛び込んでくる情報に俺は驚愕した。


 青く澄み切った空に。 

 土を踏む感触に。

 そして目に入る緑の光景に。


 都市の中では最下層にいた俺は上を見ても無機質な灰色、街の中のほとんどが硬いコンクリートで作られた、目に入る規則的で色味もない景観に慣れきってしまっていた。

 だからこそなのだろう。ひどく感嘆した。それはしばらくその場を動けなくなるほどに。


「めっちゃ。綺麗だろ。自然って」

 不意に陸の声がした。声のする方を見るとこちらに歩いてくるのがわかった。

「今、そこで作業しててな。お前が見えたからこっちにきたんだ」

「こらーーーー‼︎さーぼーるーなーー‼︎」

 そう言いながら一人の少女が物凄い剣幕で走ってきた。

「陸!まーたサボってたでしょ。暇があったら木の枝の一つでも拾ってきたら!」

「わ、わかったから。ってか、サボってねぇから。ちょっと持ち場を離れただけだから、な」

「それをサボってるってゆうんじゃないの?」

「くっ。ははっ」

 俺と同じくらいの歳の男が十にも満たなそうな少女に叱責を受ける様は少しおもしろかった。俺の一笑が会話を遮り、二人が俺に目を向ける。

「あっ。この人、この前まで寝てた人だー」

「起きたのは今朝だぞ」

 少女が俺の顔を覗き込もうとする…が、背が足りずそれには至らなかった。少女は届かないことを不服に思っているようで頬を膨らませて、あからさまに不機嫌そうになる。

「…ねぇ、今、『背、ちいさいな』とか思ったでしょ」

俺はそれに対して首をブンブンと振って勘違いだと示すも、

「ぜぇーったい嘘だ」

と言われてしまった。

「ほら、陸、いくよ」

「あいよー。またな。弥彦」

 少女が陸を引っ張って作業に戻ろうとしたその時、なにか思い出したように声をあげた。

「あっ。そうだ。あなたの名前聞いてなかった!」

 確かにそうだ。名前を言ってもいないし、俺も少女の名前を聞いていない。それなのに初対面の感じもなく話せていたのはこの子が持つ気質なのだろうか。

「俺は、武田弥彦、十七歳だ。改めてよろしく」

「私は、興梠春菜。同い年だね。こちらこそよろしく」

「…同い年。」

 俺は春菜の言葉を反芻しながら、視線を上へ下へと舐めるように動かしていた。

「あ…。お前それは…」

 陸が何か呟いたかと思った瞬間、腹部への強い衝撃とともに視界がぐらりとして真っ暗になった。



「お、起きた」

 次に意識が覚醒したのはその日の夕方だった。

「ちょっ!あんま動くな」

 体を起こそうとすると腹部に激痛が走り、俺は再び仰向けになった。陸の話によると春菜が気にしている歳のことを俺が突っ込んでしまったばかりに不機嫌度が最高潮に達した彼女が俺の腹部を殴打。

 俺の体はしばらく昏睡状態で筋力低下を招いていたため、体が衝撃に耐えきれなかったようだった。

「一応、妹に礼言っとけよ。お前が寝っぱなしていた時も面倒見てくれてたんだからな。それと『ごめん』だってよ。口より先に手が出るんだから困りもんだよな。じゃ、仕事に戻るわ」

 明日にまた顔を出すと付け足して陸はテントを出て行った。

 俺は少なくとも明日の朝までは暇そうであるから今の状況を整理することにした。

 まず、俺たちが暮らしていた海上都市は突如として襲われた異常な荒波によって崩壊し始めた。俺の記憶では波は都市の外周部から流入してそれに急かされるように高台もしくは船着き場に行くこと−残って波が静まるのを待つか、都市から船を出して大陸に着くことにかけるか−の選択を迫られた。

 俺と父さんは後者を選んで船着き場に行くときに波に飲まれて、……そこで俺の意識は途絶えている。


 直後の大きな揺れで上層が瓦解し、瓦礫が最下層に降り注ぎ、大半が生き埋めになった。その後、波が引いて混乱が収まってくると、今いる場所が海上ではなく大陸であることがわかった。

 しかし、生活しようにもインフラが機能不全に陥っていたために原始的な生活に立ち返ってなんとか生存圏を得た。…こんな感じだろうか。

 脳を久しぶりに動かしたせいか、一段落したところで瞼が重くなりそれに促されるようにして俺は意識を深く沈めた。



「待ったかー。これ、今日の分な」

 次の日の朝はその声から始まった。微睡の中で昨日と同じように木の実と水の入った袋を陸に渡される。すかさず、木の実を手にとって食べていると陸が話し始めた。

「そういやさ、弥彦」

 俺はまだ眠気の取れない頭で陸の言葉に対してなんとかコクリと頷いた。

「簡単な現状は前にいったよな」

「あぁ。確か、元いた海上都市はインフラが無理でここで自給自足してるって話だった」

「そうなんだよ。それでな今、食料確保には『狩猟、護衛部隊』と『採集部隊』っう二つの部隊があってだな。他のキャンプの維持とかはじじ、ばば、子供とその指示役の人がやることになってんだ。弥彦は体力と筋力が回復するまでは採集部隊、それが元に戻ったら狩猟、護衛部隊に入ることになってる」

「なんで狩猟、『護衛』部隊なんだ?」

 俺はふと疑問に思ったことを口にした。

「あぁ、それな。このあたりは採集してる時に肉食獣に遭遇することも少なくないんだわ。だから、採集中に護衛として狩猟部隊が数人つくことになってる。それに集めてる時に現れる獣もうまくやれば食料になるからってとこもあるな。」

 聞けば、グリズリーやら狼やらピューマなんかが襲ってくることが実際にあったらしい。

 特に一人で遠くに行った日には帰ってこないことが多かったようで最近は三人以上の集団で行動するようにしているようだった。

「ところで狩猟は何を狙うんだ?」

「基本的には小型の動物でプラス鹿を見かけたら狩る感じだな。もちろん護衛の時に追加で狩れる時もあるけどな」

 俺は「わかった。」と言って話を切り、まだ食べ終わっていない朝食に手を伸ばす。自給自足の生活の中で居候というのは食料、水、天幕などの資源の無駄になる。動けるなら動いたほうがいいはずだ。

「で、俺はしばらくリハビリがてらの採集って感じになるんだよな」

「ん、あぁ。そうなるなぁ。前も言ったけど、ほんとに五体満足の人ってマジで少ねぇから。一日も早く色々できるようになってもらいたいんだわ。今の食事だって肉とかねえだろ。結構ギリギリなんだぜ、ここ」

 陸が手のひらを首の前で左右に動かしながら、首をはねるようなジェスチャーをしながらそういった。

「……期待が重いな」


 俺は痩せ細った手に目を向けながらひとりごちる。立つのもやっとの体でそんな大層な期待を背負い切れるのかという不安に駆られた。

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