七、反撃
戦車の薄暗い運転席で飛雄馬は深呼吸を一つしてから目を開ける。
周囲の機器はヘルキャットとほぼ同じ配置でも、目に見えるすべてが真新しい。新品の電子機器に特有な匂いだけでなく、塗料や接着剤の匂いまで感じられるほどだった。
作戦開始まで共通時間で後五分。
飛雄馬がヘッドマウントディスプレイに車外の映像を表示させると、通路の端にエルダーの差し入れが入っていたコンテナを積み上げて作った簡易陣地に対戦車ミサイルや機関銃を持って陣取っているリーダーと整備工場のメンバーたちが見え、その後方に師匠、お嬢、ばあやが乗る装甲車と商会のメンバーたち、簡易陣地の反対側の端に通路をふさぐために待機している戦車回収車、戦車の後方には共に強行突破するヘルキャットと傭兵たちの装甲車、全員から少し離れたところにいつでも飛び立てるように並べられた十機以上の小型ドローンと先生が任されている装甲車が見えた。
そして、車外の映像の両側には特殊装備として砲塔の両側面に一基ずつ強引に固定され、気休め程度に装甲シートが貼られた中口径のロケットランチャーが映っていた。
(……心配っす)
不安な気持ちで飛雄馬は左右のロケットランチャーを見つめる。
取り付け作業の責任者である親方は問題なく発射できると保証していたものの、十分な資機材がない中での作業だった上に事前の発射試験どころかまともな走行試験さえなく、手動で発射するしかないロケットランチャーに飛雄馬はまだ不安を感じていた。自動車整備工場で働いていたときも客の要望で無茶な改造や修理をしたことはあったが、今ほど不安を感じたことはなかった。
その上、このロケットランチャーに作戦の成否がかかっているのだから、保証してみせる親方の神経の太さを飛雄馬は心の底からうらやましく思えた。
深呼吸をしてもまだ逃げ出したくなるほどの不安と緊張を抑えこんで、飛雄馬は作戦の流れを確認した。
作戦では、飛雄馬が乗る戦車を先頭にした三両の車両が戦車の最高速度で通路に突入し、予想される対戦車ミサイルの攻撃を撃破しながら強行突破する。そして、地下施設を出たら、強欲ネットが逆襲として通路に突入させるために待機しているはずの装甲車を飛雄馬の乗る戦車が、出入り口から離れたところにいるだろう迫撃砲と担当たち通信型装甲車をヘルキャットが、比較的近くにいると思われる対戦車ミサイルを搭載した対戦車型装甲車を傭兵たちの装甲車がそれぞれ撃破することになっていた。
また、もし途中で作戦続行が不可能になった場合は撤退するしかないが、通路内で車両を放棄する場合は少しでも通路をふさいで止めるように指示されていた。
(絶対にうまくいくっす)
飛雄馬は自分に強く言い聞かせる。
ロケットランチャーは問題なく作動するし、飛雄馬も間違いなく発射ボタンを押せる。これほど多くの人命がかかった作戦で主力を任されるのは初めてでも、不安がったり、怖がったりする必要はどこにもない。
最後に水を一口飲んで金平糖を数粒かじり、もう一度深呼吸をして飛雄馬は通路をにらんだ。
作戦開始まで共通時間で後二分。
装甲車から作戦全般を管理するばあやが共通通訳機を使って最後の確認をする。
「これから最終確認を行います。名前を呼ばれた班の責任者は作戦開始可能かどうか答えてください。
車両班」
「可能」
「防衛班」
「可能」
「ドローン班」
「可能」
「封鎖班」
「可能」
「医療班」
「可能」
「支援班」
「可能」
「電子戦班」
「可能」
「通信班」
「可能」
「作戦管理も可能。
親方、全班作戦開始可能です」
ばあやの報告を受けた親方が戦車回収車の上で背筋を伸ばした。封鎖班でもある親方は戦車回収車から作戦全般を指揮し、飛雄馬たち車両班の強行突破が失敗したときには強欲ネットの逆襲を阻止するために戦車回収車で通路をできるだけふさぐことになっていた。
「全員最後の一踏ん張りだ! 必ず全員で町に帰るぞ! 邪魔者はすべて戦車で踏み潰せ!
作戦開始!」
親方が自分の胴と戦車回収車の天板を何度も叩きながら宣言して、飛雄馬たち車両班の責任者である傭兵たちの代表も号令する。
「今から戦車の最高速度で通路を強行突破する。全車前進」
「了解」
飛雄馬は戦車の運転席でアクセルを強く踏み込んだ。
エルダーによって再現された戦車は対消滅熱電池による電気推進であるためエンジン音は聞こえなかったが、キャタピラによる音と振動がどんどん大きくなって飛雄馬の体を座席に押し付けた。
最高速度まで加速した戦車が通路に突入し、安全のために最低限の時間を空けてヘルキャットと傭兵たちの装甲車が続く。
三両の車両の走行音が通路全体に轟音となって響き渡り、通路の反対側に陣取っている強欲ネットの集団が機関銃を撃ち始めた。
そのうちの数発が戦車の正面に命中して、飛雄馬は慌ててロケットランチャーの様子を確認する。車体の装甲と装甲シートで厚く守られている飛雄馬自身には音や振動さえ届かなくても、ロケットランチャーに命中して破損したりしたら一大事だった。
飛雄馬はすぐに同軸機銃を撃ち返して強欲ネットの機関銃の射撃を封じた。
幸い、映像で確認できた限りではロケットランチャーに破損はないようだった。
戦車砲で吹き飛ばしてしまいたい気持ちを抑えて飛雄馬は戦車を突進させ、三両の車両は放棄された装甲車の脇を走り抜けた。
(来た!)
ヘッドマウントディスプレイに向かってくる対戦車ミサイルが表示されるのとヘッドホンからミサイルなどによる攻撃を受けていることを知らせる警報音が聞こえるのはほぼ同時だった。さらに、車両防護システムによって戦車もほぼ同時に自動で一二〇ミリ戦車砲を発砲する。
発射された榴弾は戦車の前方で向かってくる三発の対戦車ミサイルを巻き込んで爆発。
近接信管によって爆発の瞬間は完璧で、ヘルキャットの一〇五ミリ戦車砲よりも威力の大きな爆風と衝撃波、破片ですべての対戦車ミサイルを破壊した。リーダーが言っていたとおり、通路という対戦車ミサイルの飛んでくる方向があらかじめ分かっている環境だからこそできる方法だった。
爆発が収まると今度はヘルキャットが戦車砲を発砲して、時間差をつけて向かってくる三発の対戦車ミサイルを破壊した。
リーダーたちの予想では、最初の二回の攻撃は戦車とヘルキャットに戦車砲を撃たせるためのおとりで、再装填が間に合わない時間に行われる三回目の攻撃が本番とのことだった。
(頼むっす!)
飛雄馬は祈る気持ちで多目的ディスプレイに表示されたボタンを押し、ヘルキャットの砲撃による爆発が収まる前に砲塔左右のロケットランチャーから中口径ロケット弾を二発発射する。
ロケットランチャーからまっすぐ前に発射されたロケット弾は先ほどより戦車に近いところで二発とも爆発。戦車の榴弾よりもはるかに大きな爆発が通路をふさいだ。
(やったっすか?)
爆発の影響で車外の映像はまだ真っ白のままだったが、飛雄馬は視線操作で可視光以外による情報を重ねて表示させて目標である対戦車ミサイルの姿を探す。
威力の大きな中口径ロケットランチャーをわざわざ取り付けただけあって、先の二回の攻撃よりも対戦車ミサイルの数が多く、大型のミサイルだったとしても確実に破壊できる爆発だった。これでももし突破されたり、さらに攻撃されたりしたら、戦車砲の再装填にまだ時間が必要な飛雄馬たちに残された物理的な対抗手段は戦車の迎撃用メーザーと装甲だけだった。
共通時間でわずか数秒程度の時間が無限に長く感じる。
ロケット弾による爆発が収まっても、ヘッドマウントディスプレイに向かってくる対戦車ミサイルや対戦車ロケット弾の表示はなく、警報音も聞こえない。
「勝った!」
作戦で一番危険な時間を乗り切ったと確信した飛雄馬が叫んだ。
リーダーたちが予想したとおり、強欲ネットは飛雄馬たちが戦車に中口径ロケットランチャーを強引に搭載して撃ってくるとまでは考えていなかったようだ。
飛雄馬も最初に聞いたときは耳を疑ったし、師匠、お嬢、ばあやに傭兵たちの代表も驚いていた。一番攻撃されることになる戦車に中口径ロケットランチャーのような大きくかさばる装備を取り付けても、敵の攻撃が命中しやすくなる分かえって危険だと反対の方が強かった。でも、過去に成功例を見たことがあるというリーダーと親方は強引なくらいに飛雄馬たちを説得して取り付けていた。
取り付けた飛雄馬たちでさえそんな感じだったのだから、強欲ネットは撃破されるのは二回だけと考えて三回目の攻撃に残していた対戦車ミサイルをすべてつぎ込んだに違いない。もちろん、そう思わせて油断させる罠という可能性はあったが、作戦について話し合ったときにその可能性はきわめて低いと判断されていた。
本当はもっと大声で叫んで立ち上がりたいくらいだったものの、飛雄馬は一言叫んだだけで戦車の運転に集中した。
戦車を撃破する最大の機会に失敗した強欲ネットはまだあきらめないだろうか。
リーダーたちは通路を出た瞬間に大口径機関砲や対戦車ロケット弾による集中攻撃があると予想していたが、飛雄馬は戦車を撃破するには少し弱いと感じるようになっていた。
(この戦車を甘く見て邪魔を続けるなら踏みつぶすだけっす)
親方の言葉を思い出しながら、飛雄馬は作戦の次の段階に備えた。
地下施設から飛び出してきた戦車は砲塔を左に向けていた。
その戦車と待ちかまえていた強欲ネットの大口径機関砲搭載型装輪装甲車一両、対戦車ロケット弾を構えた数人が互いに発砲。
機関砲弾が戦車の砲塔右側面に取り付けられたロケットランチャーをズタズタにして砲塔正面にも数発命中する。戦車の運転席にいる飛雄馬にも衝撃が伝わるほどだったが、それ以上の威力はなく、逆に戦車の榴弾が装甲車の砲塔基部に命中して爆発する。
(よし!)
発砲とほぼ同時にブレーキを踏み込んでハンドルを左に切っていた飛雄馬は、遠心力で座席に押しつけられながら心の中で叫んだ。ヘルキャットと傭兵たちの装甲車が出てくるまでの目くらましのつもりが直撃するとは予想外の幸運だった。
同時に、車体が横滑りしそうなほどの勢いで左旋回しながら減速する戦車が左右から迫る数発の対戦車ロケット弾をかわした。戦車が同じ速度で直進するという予想で発射された対戦車ロケット弾はすべて戦車の前方を通過して一発も命中しなかった。
飛雄馬は対戦車ロケット弾をかわすとすぐにハンドルを戻してアクセルを踏み込む。まだあるだろう対戦車ロケット弾による攻撃をかわすためにも不用意な停止は危険だった。
(次の目標はあれっす!)
遠心力から解放された飛雄馬はヘッドマウントディスプレイの中央に映る強欲ネットの装輪装甲車に視線を固定して戦車砲をロックオンする。
その装輪装甲車のすぐ近くには先ほど榴弾が直撃した大口径機関砲搭載型装甲車が映っていて、命中した砲塔基部を中心に砲塔と車体上面が大きくゆがんで穴が開いているところもあり、戦闘不能になっている様子だった。
戦車砲の再装填が完了して戦車が発砲。
ロックオンされた装甲車は戦闘不能になった装甲車を盾にして戦車から逃げようとしていたが、車体後部に榴弾が命中、それほど厚くない装甲を貫通して内部で爆発する。
車体後部と後部上面にあるハッチが吹き飛んで爆風と共に炎が吹き出し、装甲車がその場ではねて止まった。一目で分かる戦闘不能だった。
(いい感じっす)
飛雄馬の頭の中には好きなゲームの戦闘曲が鳴り響いていた。何でもできるというのは大げさでも、撃破される気はまったくしなかった。
戦車砲が再装填している時間を使って飛雄馬は情報が次々追加されていく状況図をヘッドマウントディスプレイの中央に短時間表示し、ヘルキャットと傭兵たちの装甲車も無事に暴れ回っていることを確認した。先生が管制する小型ドローンも到着していて、襲撃してきた強欲ネットの全体像をほぼ把握できたようだ。
まだ残っている強欲ネットの装甲車は八両。大口径機関砲搭載型装輪装甲車が一両、対戦車型装輪装甲車が一両、通信型装輪装甲車が二両、八輪装甲車が二両、四輪装甲車が二両だったが、たった今大口径機関砲搭載型装甲車と対戦車型装甲車が戦闘不能になって六両になった。
戦車砲の再装填が完了したことを知らせる表示がヘッドマウントディスプレイに出て、飛雄馬は次の目標に後部のハッチが吹き飛んだ装甲車に進路をふさがれてもたついている八輪装甲車を選んだ。
戦車が戦車砲を発砲。
今度は車体正面に命中して爆発し、その勢いで装甲車が止まった。角度が悪くて貫通しなかったため、戦闘不能にはなっていないかもしれなかった。
(とどめを刺すっすか?)
一瞬迷った飛雄馬は作戦について話し合ったときにリーダーに言われたことを思い出した。
一つの目標にこだわるな。
今回の作戦の目的は強欲ネットに襲撃をあきらめるしかないような損害を与えることであって、全滅させることでも戦闘不能にした数を競うことでもなかった。
飛雄馬は興奮して作戦の目的を忘れていたことを反省して、ハンドルを右に回しながら音声操作でばあやに通話をつないだ。小型ドローンが中継することで通信妨害にも対抗できるようになっていた。
「ばあや、戦車から報告。任務を達成した。これよりヘルキャットと傭兵たちの支援に向かう」
「了解。傭兵たちが苦戦している。右方向、傭兵たちを援護しろ」
「了解。傭兵たちを援護する」
共通通訳機も通して新たな任務を受けとった飛雄馬は視線操作で状況図をヘッドマウントディスプレイの左半分に表示した。
傭兵たちは八輪装甲車を含む集団と地下施設入口近くにいる集団の二つの集団に別々の方向から攻撃されて防戦一方なようだ。
飛雄馬はヘッドマウントディスプレイに映る車外の映像を拡大してその八輪装甲車をロックオンし、傭兵たちの代表に通話をつなぐ。
「代表、戦車から連絡。これから八輪装甲車を砲撃して援護する」
「了解。援護を感謝する」
緩やかな右旋回を終えた戦車が戦車砲を発砲。
戦車の榴弾は八輪装甲車の車体側面中央に命中し、付近にいた数人を巻き込んで爆発した。今度はほぼ直角に命中して、止まっていた装甲車が左右に大きく揺れた。
装甲車が行っていた重機関銃の射撃が止まり、周囲にいた集団も散り散りになって逃げ始める。地下施設入口近くにいた集団も塹壕を捨てて逃げ出しているので、傭兵たちはもう大丈夫そうだった。
飛雄馬はばあやに報告しようとして、ヘッドマウントディスプレイの片隅に映った発射煙に気付くのが一瞬遅れた。
ヘッドホンから攻撃を受けていることを知らせる警報音が聞こえて、車両防護システムによって迎撃用メーザーが向かってくる二発の対戦車ロケット弾を撃破する。そして、自動で旋回した砲塔が同軸機銃を発砲して攻撃してきた敵に反撃した。
大型のモンスターに対抗するために重機関銃に換装された同軸機銃によって敵の塹壕は一瞬にして砂塵に包まれて見えなくなった。
(……危なかったっす)
地下施設入口のすでに放棄された塹壕とは反対側にいた集団から撃たれた。装甲車を気にしすぎてそれ以外への警戒が不十分だったようだ。
一瞬で冷静になった飛雄馬が気持ちを落ち着けて改めてばあやに報告しようとすると、ばあやから先に通話がつながった。
「飛雄馬、ばあやから連絡。敵の装甲車はすべて破壊されるか、逃走するかした。現在はリーダーが敵の責任者と停戦について交渉中。飛雄馬は交渉が完了するまで移動しながら敵を監視せよ。なお、自衛以外の発砲を禁止する」
「了解。移動しながら敵を監視する。発砲は自衛以外では行わない」
新たな任務を復唱して、飛雄馬は戦闘が終了したことを知った。多目的ディスプレイの画面のボタンをたたいて聴音センサーを呼び出し、周囲の音を聞いてみても、確かに銃声や砲声は聞こえなかった。
(……勝ったっすか?)
不思議と喜びや興奮、満足、達成といったものは感じなかった。ただ、無事に終わったという安心感と疲労感があった。
でも、戦車に乗って戦ったことは間違いなく楽しかった。ヘルキャットには悪いが、戦車とヘルキャットでは天と地ほどの違いがあった。
やっぱり戦車は良い。
飛雄馬は戦車の砲塔を正面に向け、少し減速させながら終わったばかりの戦闘を振り返った。
同時に、戦車というこれだけ強力な力をまだ半人前以下の自分が持つのは危険だとも思った。今回はシーダーの仲間たちや親方、傭兵たちの代表といった人に恵まれたから大丈夫だったものの、裏切り者だった担当や同類に言葉巧みに利用されていたら、同じことを犯罪として行っていたかもしれなかった。
「犯罪者にはなりたくないっす」
いくら半年前に連れてこられたこの世界での生活は第二の人生のようなものだとしても、そこまで好き勝手に生きるつもりはなかった。
戦車はほしくても、胸を張って楽しく乗れなければ意味はない。
苦渋の決断だったが、そうできるようになるまで戦車はお預けだと飛雄馬は考えを改めた。
(きっとそれが一人前になるということだと思うっす)
飛雄馬は最後に撃破した装甲車の手前でハンドルを右に回しながら、心の中で決意し、シーダーの仲間たちに聞いてもらおうと思った。
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