五、車列
ヘルキャットを先頭にした長い車列が砂塵を巻き上げながら岩石だらけの荒野を進んでいく。
先日の改修で装甲シートを上限まで取り付けたヘルキャットはいつもより一回り以上大きく、そして、戦車のように重々しく見える。
後ろに続く一二両の車両も襲撃されることを警戒していつもより装甲シートを多めに取り付けていて、補給物資を積んだ大型トラックさえ戦場へ向かうかのように物々しい。
この車列はエルダーの差し入れを盗賊団などに気付かれる前に少しでも多く回収できるようにと作られた臨時のパーティーの車列で、飛雄馬たちシーダーから四両六名、ジュラ商会を始めとする複数の商会から六両一二名、傭兵たちが三両五名、合計一三両二三名が参加していたが、出発を急いだために護衛となる傭兵が少なく、戦力の要となる戦車もいなかった。
それでも、荒野を進む様子はまるで戦争映画の一場面のようだったし、臨時のパーティーではヘルキャットが戦車の代役という重責を任されたことから、飛雄馬は町を出発するときから気持ちがたかぶって疲れや眠気をほとんど感じないくらいだった。
(まるで映画の主人公か好きなゲームのプロプレイヤーみたいっす)
飛雄馬はヘルキャットの薄暗い運転席で好きなゲームの戦闘曲を流しながらはりきって前方の路面や街道沿いの障害物を警戒する。
車列の上空を中型の固定翼無人機が周回して近付こうとするものを監視し、ヘルキャット自体も無人運転にも対応した各種センサーで警戒していたが、それでも地雷や仕掛け爆弾による攻撃は脅威だった。妨害システムを含む高度な対策によって直接に被害を受ける可能性は少なくても、待ち伏せと組み合わさると壊滅的な被害を受けることがあった。
そんな待ち伏せを未然に防いで、迫りくる盗賊団を撃破できたらどれほど格好良いことか。
装甲シートを上限まで取り付けても戦車と同じことはできないと分かっていても、それでも飛雄馬は想像してしまうし、もしかしたら追加報酬が出て戦車を迷わず買えるようにならないかと期待してしまう。
飛雄馬がヘッドマウントディスプレイに映る車外の映像に各種センサーからの映像を重ねて不審なところはないかと警戒していると、ヘッドホンから共通通訳機で通訳された師匠の呼びかけが聞こえた。
「飛雄馬、適当に休んでる?」
「これくらい大丈夫っす。
それより、周辺の様子はどうっすか?」
「今のところ特に変わったことはないけど、あんまり期待しないでほしいね」
「センサーの不調っすか?」
「そうじゃなくて、空からの地上監視も荒野は苦手だってこと。
どこも日差しで熱くなっちゃってるから赤外線センサーは人や車両の熱を見分けにくくなってるし、レーダーも障害物になる岩石がこれだけあると見えない部分が増えちゃうし、可視光もあちこちで自然発生してる砂塵を透視できないしね。元の世界みたいにもっと強力なセンサーやコンピューターを搭載した戦場監視機みたいな大型有人機があれば別なんだろうけど」
「エルダーが空を飛ぶことをあんまり許してくれないっすからね」
飛雄馬は借り物である中型の固定翼無人機一機を使って車列周辺の警戒を担当している師匠の説明にうなづいた。
この世界ではエルダーの妨害のために固定翼や回転翼の無人航空機しか航空機が存在しない。自作された無人の飛行船や気球はあるかもしれないが、打ち上げ用ロケットや有人の飛行物体は存在できなかった。これらの完成品や部品がエルダーの差し入れとして出てくることはないし、自作しても離陸直後にモンスターに襲われて撃墜される。跳ねる、地表近くを飛ぶといった行動なら可能でも、到達高度や滞空時間が一定以上になると同じように撃墜された。無人航空機も、高高度を飛行できたり、長時間飛行できたりするなど一定以上の能力を持つと容赦なく撃墜された。
このため、中型でも戦車並の価格になる無人航空機を同時に複数使えるような羽振りの良い傭兵団でもない限り、荒野では空から地上監視を行っていても、敵に気付くのが遅れたり、気付かなかったりすることがあったが、師匠も飛雄馬もそれほど気にしていなかった。地上にあるセンサーより広い範囲をリアルタイムで監視できるだけでも恵まれていたし、空から地上を監視しているからといって、飛雄馬が警戒しているようにほかのパーティーメンバーだって警戒していたから、襲撃されるまでまったく気付かないという可能性は二人とも考えていなかった。
「盗賊団はいつごろ出てくるっすかね?」
「エルダーの差し入れのことを知ればすぐに出てくるでしょ。一度にあんなに多く見付かるのは珍しいし、あの強欲のところだもの」
「やっぱり敵はあの暴利の金貸しのヤツらっすか……」
「ワタシもあそこに目を付けられたくはないけどね。
でも、この辺りで一番仕切ってるところだし、情報網も持ってるから、本体は出てこないにしても何もしてこないということはないと思うよ。臨時のパーティーを作ったことも、護衛に傭兵を雇ったことももう知られてるだろうから、すでに支配下の盗賊団をけしかけたり、金を貸してる相手にスパイさせたりくらいはしてるんじゃないかな」
「できればスパイや裏切りといったスリリングな展開は勘弁してほしいっす」
「ワタシたちは口うるさくお説教してくれるばあやがいるから大丈夫だけど、あそこでお金を借りてる人は結構多いからね」
先ほどまでの勢いとハリのある声から一転して力のない声になった飛雄馬に師匠が苦笑する。
「強欲ネット」というあだ名が広く使われているその盗賊団は、治安悪化の原因になっているとして町から追放された高利貸しの商会を中心に金のやりとりでつながったいくつもの盗賊団や犯罪者、破産者、浪費者などの総称で、強盗、殺人、人身売買などの凶悪犯罪はもちろんのこと、公認されている金融業者から金を借りられなくなった者へのヤミ金融を入り口に盗賊団などへの人材勧誘といったことまで行っていて、飛雄馬が苦手としているスパイや切り崩しといったやり方を得意としていた。
「気持ちは分かるけどさ、そんなに嫌ってないで少しは慣れないと大変だよ。この世界は社会制度や治安機関が整った元の世界とは違うんだからさ」
「分かってるっすけど、ホラーやスリラーは気持ちの上がり下がりが激しくてつらいっす」
「じゃあ、ちょっとこっちと映像をつないで」
「何をするんすか?」
「人間族の励まし方はよく知らないけど、頭をなでてあげる」
「いらないっすよ」
「いいからつないで。共通時間で三〇秒以内につながなかったら破門だからね」
「分かったっすから破門はやめてください」
師匠の脅しに負けて、飛雄馬は急いで多目的ディスプレイに表示されているボタンを叩いてヘルキャットの運転と前方警戒を自動に変更すると、師匠から届いているビデオ通話の要請を音声操作で受け入れてヘッドマウントディスプレイに表示させた。
師匠の「破門」は冗談だと分かっていても、一番気軽に話せる仲間と話しづらくなるのはなんとしても避けたかった。
ヘッドマウントディスプレイに表示したことで師匠が飛雄馬の目の前にいるように見える。
「思ったより早くできたね。ごほうびも含めて長めになでてあげる」
映像の師匠が片手を伸ばして飛雄馬の頭をゆっくりとなでる仕草をする。師匠が励ましとして頭をなでるという行動をどこで知ったのかは知らないが、実際に優しくなでられている気がした。
なでられているうちに気恥ずかしくなった飛雄馬は映像を切ってヘルキャットの運転と前方警戒を手動に戻した。
「ありがとっす」
「もう良いの? 少しは落ち着いた?」
「落ち着いたしもう大丈夫っす」
「それなら良かった。臨時パーティーの電子戦と通信管制はワタシとお嬢とばあやが担当してるからスパイも裏切りも簡単にはさせないし、安心して良いからね」
「ありがとうっす。オレも前方警戒をがんばるっす」
「その意気その意気。
飛雄馬の調子が戻ったみたいだからワタシも仕事に戻るね。何か気付いたことがあったらいつでも言って」
「了解っす」
飛雄馬は勢いの戻った声で師匠との会話を終えた。
一人で解決しなければならないと気負いすぎて仲間に頼ることを忘れていた。いつまでも一緒にはいられないとしても、それぐらいで助けてくれなくなるような仲間ではない。それに、師匠たち三人がいればスパイや裏切り者がいたとしても決して好き勝手にさせるはずがなかった。
これからも一人ではない。
仲間に頼ろうとしなかったことを反省しながら、飛雄馬は好きなゲームの戦闘曲に再び身をゆだねてヘッドマウントディスプレイに映る車外の映像に意識を集中した。
でも、その集中はすぐに破られた。
飛雄馬がヘッドマウントディスプレイの画面のすみにメッセージの着信の表示が出ていることに気付くのとお嬢から呼びかけられるのはほぼ同時だった。
「師匠と話し終えたばかりで悪いけど、臨時パーティーのリーダーである担当の決定で地下施設での分担が変更になったから今すぐ確認してくれる?」
「すいません。気付かなかったっす」
師匠と話している間も流していた好きなゲームの戦闘曲に紛れてメッセージの着信音にも気付かなかったようだ。
飛雄馬は音声操作でメッセージを多目的ディスプレイに表示させる。
「これほんとっすか?」
「本当よ。そこにあるとおり、今のところ襲撃してきそうな集団を発見できていないから、早期の襲撃の可能性は低いと判断して警戒より回収を優先するそうよ」
「反論できないけど納得もできないっす」
飛雄馬は多目的ディスプレイに表示したメッセージをにらんだ。
元々の分担では一つしかない地下施設の出入り口を囲まれて閉じこめられないように飛雄馬たちシーダーと傭兵たちの合計七両一一名で警戒線と防衛線を敷くことになっていたが、変更後は無人運転のヘルキャットと大口径機関砲搭載型装輪装甲車一両を含む傭兵三名、担当ともう一人ジュラ商会の従業員が乗る通信型装輪装甲車の合計三両五名で警戒線のみを敷いて、襲撃された場合は地下施設の通路に引き込んで回収に当たっている飛雄馬たちシーダーや傭兵たちと合流して撃退することになっていた。
「リーダーや傭兵たちの代表は何か言わなかったんすか?」
「そこまでは知らないけど、エルダーの差し入れも使えばしばらくは籠城できるし、籠城していれば町からの救援も来るから何とかなるとは思ってるんじゃない?」
「それはそうっすけど、最初から籠城ってのはどう思ってるんすかね?」
「それこそ総合的な判断でしょ。最初から籠城は次善の策だとしても、早期の襲撃がなくて実際に籠城する可能性も低いなら、できるだけ早く回収して襲撃される前に地下施設を離れられるようにした方が総合的に安全性が高いって判断したんじゃないの」
「理解はするけどモヤモヤするっす。従いたくないっす」
「担当に意見する?」
「そこまではいいっす。ただ嫌な感じがするだけっす」
「だったら、アナタがリーダーになって分担は変えないって決めたら? 回収に時間がかかれば追いつかれて襲撃されるかもよ?」
お嬢に突然とげのある言い方をされて、飛雄馬は戸惑った。なぜそこまで言われなければならないのか理解できなかった。
「私たちのパーティーのリーダーも先生も師匠もあなたに優しいし、飛雄馬も今までほかのパーティーと一緒に行動したことがほとんどないからついポロッと言ったんだろうけど、意見する気もリーダーになる気もないのにただ納得できないから従いたくないなんて最悪だからね」
「感想を言っただけっす。本当に従わないつもりはないっす」
「その従う従わないなんて言ってること自体が最悪だって言ってるの。自分の考えがあって納得できないのは分かるけど、意見して説得する気もリーダーになって責任を負う気もないなら、その決定が明らかに間違っているのでない限りリーダーの決定に迷わず従いなさい。説明も納得するまで求めるのではなくて、理由を理解できるまでにしなさい。それでも従いたくないならそのパーティーを辞めなさい。納得できなくても割り切って従えないならあなたの行動はパーティーの行動を乱してパーティー全体を危険にするって分かってる? 一度やっちゃったらその先やってけないからね」
「……すみませんでした」
「今までちゃんと教えてこなかったこっちも悪いんだから謝らないで。だけど、冒険者や傭兵っていう生き方は手を抜いたりさぼったりしたら全員を危険にするってことはしっかり覚えておいてちょうだい」
「了解っす」
「もっとも、私も偉そうなこと言えないけどね。こんな仕事してる振りがみえみえな決定でも従うと思われてるのはしゃくだから、町に帰ったらつかんでるネタを一つ二つ流してやろうかしら」
共通通訳機の向こうでお嬢が悪役顔をした気がして、飛雄馬は身震いした。
同時に、お嬢が冒険者として数年以上の先輩であること、そして、お嬢の種族とばあやの種族が天敵の多い厳しい環境の中で全体主義に近い社会制度を作り上げてきたことを改めて思い出した。
「それより、飛雄馬は回収で師匠とエルダーの差し入れの大型トラック一両を無人運転で町まで帰れるように整備して、ほかのエルダーの差し入れをできるだけ積み込むことが仕事だけど、何か必要なものはある?」
「オレは足回りを中心に簡単な動作点検だけだし、積み込みはリーダーや先生も手伝ってくれるから手持ちの工具だけで大丈夫っす」
「了解。じゃあ、そう伝えておくから」
お嬢の方から会話が切れて終わった。
今までも上下関係を手始めに様々なことで文句を言われてきたが、はっきりしかられたのは初めてだった。
しかられた理由をまだ十分理解していない飛雄馬はお嬢にしかられた内容を振り返って、やっとしかられたことの意味を理解した。お嬢は飛雄馬が冒険者を続けるつもりでいることに気付いていて、その上で飛雄馬に欠けているものを厳しく指摘してくれたのだった。
わき上がる恥ずかしさとうれしさに、飛雄馬はいたたまれなくなって体を座席に深く沈めたが、運転中でヘッドマウントディスプレイも付けていたから両手で顔を覆うことは我慢した。お嬢にまでこんなに気にかけてもらえていたとは予想外だった。
(……町に帰ったらお礼になりそうな物を探してみるっす)
気持ちの切り替えに少し時間がかかったものの、飛雄馬は今度こそ好きなゲームの戦闘曲に身をゆだねてヘッドマウントディスプレイに映る車外の映像に意識を集中した。
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