第10話 私ってまだ伸び代あるんですか!?
到達した答えに、思わず身震いした。
つまりそれは、わたしの不用意な行動や発言で、未来が変わってしまうということで。
「……まあ、今のところは大丈夫そうだけどな。こいつがこの時代に来たのも、どうも許容範囲っぽいし」
わたしが身震いしたのを察してくれたのだろうか。
レイヴン――レイさんが安心させるように言葉を継いでくれた。
レイヴンと同じ人物なのだと思っても、見た目が年上に見えるので、なんとなく呼び捨てにするのを躊躇ってしまう。
「で、どうすればいいの? この子を元の時代に帰してあげるとか、そういうこと?」
エリシエル様がそう言うと「そういえば、名前をまだ聞いてなかったわね」と言って、わたしの方に向き直ってきた。
「あ……、え、エステル、と申します……」
目の前の女性が前世の自分だ、と知ってはいても、今こうして目の前にいるのは自分ではないので。
大聖女という肩書きを持つ人物だということへの萎縮と、これが前世の自分なのかという好奇心で、なんとなく様子を伺ってしまう。
「おい、お前が怖いからビビってんじゃないのか?」
「えっ!? 嘘!? 私怖がらせるようなことした!?」
レイさんの言葉に驚いたエリシエル様が、「大丈夫! 私怖くないからね!」と必死に言い募ってくる。
「あの、大丈夫です。怖がってるわけではないです。その、大聖女様を目の前にして、萎縮したといいますか」
そう言った後、ふと”大聖女”という言葉は言ってよかったのだろうかとふと疑問がよぎった。
すでに大聖女として認知されているならいいが、そうじゃない時代でうかつにもらしたら、先ほどレイさんが言っていた因果律に引っかかるのではないだろうか。
と心配になったのだが。
「ふふ、まあ……、私くらいの大聖女になると、委縮しても仕方がないかもしれないわね……!」
わたしが発した『大聖女』という言葉が、エリシエル様の何かの琴線に触れたのか、まんざらでもなさそうな表情で嬉しそうにウフフと笑っていた。
どうやら、前世のわたしは思った以上にひょうきんな人物だったらしい。
「……。まあ、いいけどよ……。とにかく、この……エステルをどうするかって問題だよな」
レイさんはエリシエル様に突っ込むのをあきらめ、話を先に続けることにしたらしい。
「お前はどうしたいんだ? 元の時代に戻りたいのか? それとも、元の時代に戻りたくない理由があるのなら、それを踏まえて話を聞くけど」
「わたしは……」
どこまで話をして問題ないのか。
ためらいながらも、わたしは自分が元の時代に戻りたいという意思を二人に告げることにした。
「戻りたいです。わたしの大好きな人も、大切な人も、大変な状況で残してきてしまったので。わたし、ふたりを助けに行かなきゃいけないんです」
アスラン様はエヴァンジェリン様に眠らされたままだし、わたしがいなくなった後のレイヴンのことも心配だ。
そう考えて、もしかしたらレイヴンはあの時、わたしを逃がそうとしてここに飛ばしたのかもしれないと思った。
真実は、本人に聞かないとわからないけど。
「あの、お二人は、神様みたいな存在に勝つ方法ってご存じですか?」
「……神に?」
レイさんがわたしの言葉にいぶかしげに眉を顰める。
思い起こすと、確かにあの時エヴァンジェリン様は口にしたのだ。「私も神の端くれだ」と。
それは即ち、わたしがこれから対峙する相手は、神様と同等の存在である、ということで。
無計画に体当たりして勝てる相手ではない。
なるべく集められるだけ情報を集めて、対策を練る。
これが、長い過重労働生活の中培われてきた、問題解決能力というやつである。
まあ、因果律の関係もあるので、どこまでこの二人に話を聞いてもいいのか、という注意点はあるのだけど。
「なるほど……。エステルちゃんの倒すべき相手は、神みたいな存在なのね……」
いつの間にか、エリシエル様にちゃん付けされてしまったみたいですが……。
「わかったわ! 聖女修行をしましょう!」
「え?」
「は?」
ばぁん! と言い切ったエリシエル様に、わたしとレイさんの疑問符が重なる。
「エステルちゃんは、大好きな人と大切な人を助けるために、その神様みたいな存在と戦って勝たなきゃいけないわけでしょう? そしたらもう、聖女修行しかないじゃない!」
「……なんなんだその脳筋みたいな考え方は……」
わたしの隣で、レイさんが頭を抱える。
「見たところ、エステルちゃんはまだ己の持つ能力の半分も活かしきれてないわ……。この! 大聖女の私が! 聖女とはなんたるものかということを教えてあげる!」
びしぃっ! と、決めポーズのようなものを決めながら、エリシエル様が私を指差してくる。
わたしは――、感銘を受けた。
「は、はい! ぜひ! なにとぞ、よろしくお願いします!」
「お、おい……」
「そうと決まれば、私のことは師匠と呼ぶように。私が右といえば、たとえ左でも右と思う! それが師弟というものよ! まずは師弟とはどうあるべきから叩き込んであげるわ!」
「はい! 師匠!」
「……。おーい……」
エリシエル様に、自分の聖女としての能力にまだ伸び代があるということを指摘されたわたしは、そのことに興奮して隣で呆れたように呼びかけているレイさんに全く気付くことが出来なかった。
その時、もっと気付くべきだったのだ。
なぜ、聖獣の兄はいるのに、弟の姿がなかったのか。
なぜ、エリシエル様とレイさんがふたりだけで行動していたのかということを。
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