40 帝国へ


「お父さま、明日、レオ様と帝国に渡ります。今まで育ててくださり、ありがとうございました。でも、これからも、ずっとお父さまの娘ですから。見守ってくださいませ」


 父ブライアンはさっきからずっと号泣している。

「お父さま、そのように悲しいお顔をなさらないで」

「ソフィー、嫌なことがあったり、婚約者殿が面倒くさかったりしつこかったり、面倒くさかったりしたらいつでも帰ってきていいんだぞ」


 お父さま、面倒くさいが2回も出てしまっているわ。


「婚約式の少し前には僕たちも帝国に渡るからね。それまで皇太子妃教育や準備とかいろいろ大変だと思うが頑張るんだぞ」

「はい、マックス兄さま。ところで、お兄さまは恋人とか心に想う女性はいらっしゃらないのですか?」

「ソフィーまでそんなことを言わないでくれよ。最近、あちこちから釣書を渡されて迷惑しているんだ」

「お兄さまに釣り合う令嬢がみつかるといいですわね」

「僕は、一目ぼれするタイプでもないし、一生独身でもいいかなって思っているんだ。後継ぎは、従兄弟でもいいからな」

「妹としては、お兄さまには素敵な人を見つけて幸せになってもらいたいわ」

「ソフィーはやさしいな」



 ◇◇◇


 レオナルドと一緒に転移門を通り、城へ向かう。前回来た時はやはり緊張していたのだろう、今回は改めて帝国の城の美しさを堪能できた。



 レオナルドとソフィアは、一旦落ち着くために、皇太子宮へ向かった。


「皇太子宮がやっと案内できる状態になったよ。フィフィのために用意した部屋を見てほしいんだ」


 レオナルドが、数々の部屋や設備を説明しながら奥に進んでいく。

 手前は公的なエリアで、奥に行くとプライベートエリアという区分けがされているようだ。


「ここがフィフィの部屋だよ。ちなみに俺の部屋はこの隣だ。つまりここは、皇太子妃の部屋として設計された部屋なんだ」

「皇太子妃の部屋……」

 改めて言われると少し照れくさい。



 部屋に入ると、とにかくその広さに驚くともに、一目見ただけでわかる上品な調度品が統一感を持って整えられていた。どのようにリサーチしたのか、いつから準備していたのか、壁紙から何から何までソフィア好みのデザインや色味なのだ。


「素晴らしいお部屋ね。こんな私にはもったいないくらい」

「フィフィ、悪い癖が出ているぞ。君にふさわしい部屋だろう?」

「そ、そうね。こんなに素敵なお部屋をありがとうございます。えーっと、レオ? あの扉は?」

「ああ、あの扉は……、その、夫婦の……寝室に繋がっている。開けてごらん」

「夫婦の……」


 いきなり見てしまっていいのだろうか。


「し、失礼します」

「フィフィ、他人の家に入るみたいだな」

「笑わないでくださいませ」


 

 そっと扉を開け、覗くように部屋に入ると、そこには存在感のある大きなベッドが鎮座していた。


「あ……」


 こ、これは……大きすぎるのでは

 

 レオナルドの何かの本気度を表すような大きさに少し戸惑うソフィアだった。

 少し先の未来に使う日が来るのかと思うと、動揺が顔に出てしまう。



 ソフィアのソワソワに瞬時に反応したレオナルドは、条件反射的にソフィアを抱きしめた。

「その、こういうことに慣れていない感じも、たまらなくかわいいな。この部屋を使える日が待ち遠しいよ。俺の婚約者さん」

「レ、レオ、待っ……」


 今日もいつものアレを受け止めるが、いつも以上に長く、ソフィアは人生何度目かはもう忘れたが立っていられない状態に陥っていた。

「はぁぁ……レオ……もう……」

「フィフィ、いつものように俺に体重を預けて」


 ああ、かわいい。本当にかわいい。どうしてもかわいい。


 ベッドルームで、こんな状態の愛しい女性と二人きりの状況だ。

 この状況に抗える理性は存在するのだろうか。いや、ない。


 ちょっとフライング? だがこのベッドを使おう。真っ昼間だけど。



 その時、扉のノック音が聞こえ、エマが伝言を告げる。

「レオ様、フィフィ様、両陛下がお会いしたいと」


「チッ」

 あからさまに舌打ちをしたレオナルドだった。




 両陛下に挨拶し、気持ちを新たに皇太子宮に戻ってくると、ソフィア専属となる護衛騎士が待っていた。


 名をバルトという、強面で体の大きい騎士だった。騎士というよりは屈強の戦士と言った方がしっくりくる体格だ。


 実は彼も、ミールが連れてきた者だ。


 挨拶を交わしている最中にどこからともなくミールが近づいてきてバルトに抱っこを要求すると彼の表情筋が崩れた。

 バルトはうやうやしく、丁寧にそっとミールを抱き上げるとミールに話しかける。

「ミール様、お久しぶりです。相変わらずかわいいです」

「にゃ」


 まるで会話をしているようだ。

 相当な猫好きなんだろう。

 そして、なんとも見た目とのギャップが半端ない。クセになりそうだ。


 そう言えば以前、精霊が見えるだけでなく触れるものは、レオナルドと魔力の相性が良いと言っていたのを思い出し、バルトとレオナルドは相性が? と頭をよぎったが声には出さないことにした。


 あとで聞いたところによると、バルトの猫好きは有名で、猫のほうから彼に寄って来るそうだ。

 大きな手で小さい猫をナデナデするバルトは、城で働く者たちの間でも何かものがあるらしく、鑑賞の対象だ。

 誰かが描いた『バルト様とにゃんこ』という絵姿が、裏で出回っているとかいないとか。

 ちょっと見てみたい。



 まあ、そんなこんなで、いよいよ明日から皇太子妃になるための教育が始まる。

 帝国の政治、歴史や文化だけでなく、帝国貴族のことも早く覚えなければならない。


 気の引き締まる思いのソフィアだった。

 


 ◇◇◇


 その頃、帝国内のとある侯爵家の邸宅の一室で、一人の令嬢が新聞を見てワナワナしていた。


「レオ様が女性を連れ帰った!? 嘘よ。ありえないわ」

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