38 王国の夜会

 王国の夜会の日がやってきた。


 ソフィアは公の場としては、初めて魔道具を外して本来の容姿を見せるのだ。

 社交デビューした後も、カチューシャは手放せなかったので、ある意味ここが本当のデビューと言えるのかもしれない。


 さらに帝国皇太子の婚約者として公表される場なのだ。

 間違いなく今日一番注目される女性となるだろう。


「フィフィ、そんなに緊張しなくても、君なら大丈夫だ」


 入場を待つまでの間、言葉少なになってしまったソフィアに、レオナルドが声をかける。


「そ、そういうことではないんです」

「キスでもして、緊張をほぐそうか?」

「からかわないでくださいませ」


 ソフィアは少しすねたような表情をしたが、それを見たレオナルドは失言したと思った。


 ダメだ、フィフィがかわいすぎて本当にキスがしたい。

 今日もまた一人我慢大会だ。



 来賓として最後の方での入場となった。名前を告げられると会場中の目が向けられる。


「えっ? ソフィア嬢ってあのソフィア嬢よね?」

「学園にいた時と別人じゃないか!」

「ということは、皇太子が見初めた美少女はソフィア嬢?」

「学園の卒業パーティーで皇太子がソフィア嬢をエスコートしたと聞いたが、間に合わせではなかったんだ」

「帝国の皇太子、オーラがすごいな」

「レオナルド様カッコいい。ダンスでご一緒したいわ」

「ソフィア嬢を見ていると母君のジュリア様を思い出すな」

「美男美女だな。二人並んだ絵姿があれば飛ぶように売れるだろう」


 ざわざわいろいろな声が聞こえるが、想定内だ。


「この後、学園時代の君は化粧で控えめにしていたという噂を流すつもりだ。多少疑問に思う者たちもいるかもしれないが、今となっては確認の術もないからな。都合がいい」

「カチューシャのことは公にできないものね」


 国王の挨拶の後、レオナルドとソフィア、そしてルイスとマリアベルの婚約が発表される。


「帝国のレオナルド皇太子殿下と、ソフィア・エトワール侯爵令嬢が、この度めでたく婚約と相成った。さらに皇太子殿下の側近であるルイス・クラーク公爵令息とマリアベル・モントレー伯爵令嬢の婚約も成立している。このご縁により帝国との交流もより盛んになるだろう。喜ばしいことだ。皆で祝ってくれ」


 一瞬静まり返った会場だったが、その後大歓声に包まれる。


 またしても新聞記者らしき人が、スクープだと言いながら部屋を飛び出していったのだが、それを気にする人すらいなかった。



 興奮冷めやらぬ中、ダンスの曲が流れ始めた。


 レオナルドとソフィアも婚約者としての初めてのダンスを踊るのだ。

「やっと公にできてうれしいよ。今日はフィフィが俺のものだってアピールしておかないとな」

「レオだって人気があるのよ。私心配だわ」

「俺は君としか踊らないよ」


 完全に二人の世界だ。



 その頃、遅れてやってきた人物がこっそり会場入りしていた。

「兄上、長きにわたり遠征していた先からただいま戻りました。今日の夜会に間に合いましたよ」


 王弟リオールだ。

 リオールは、この国の大公であり、また将軍でもあった。

 隣国の応援要請を受け、紛争地域の鎮圧に尽力していたのだ。


 今日彼が間に合うとは思っていなかった国王は、この会場にソフィアがいるため会わせたくないなと思ったが、夜会が始まってしまった今となっては手立てがない。


 何しろ、弟リオールは、ソフィアの母、ジュリアを妻に迎えたかった一人だったからだ。


 しかし、活躍し帰還した弟を讃えたい気持ちはもちろんあるのだ。

 ダンスの曲が切れたタイミングで貴族諸侯に向けて話をする。


「皆の者、リオール将軍が帰還した。隣国の紛争地域の鎮圧を見事に成し遂げたのだ。賞賛に値する。彼の存在はわが王国の誇りだ」


 その言葉を聞いて、拍手で会場が盛り上がる中、会場内の面々を見渡したリオールは、レオナルドの隣に立つソフィアに気づいてしまった。


「……ジュリア……」

 少し切なげな表情でつぶやいた言葉を、傍にいた国王だけが耳にした。

「リオール、せっかくの夜会だ。楽しんでくれ」

「わかっているよ」



 レオナルドとソフィアはダンスを2曲ほど踊ったものの、その後、大勢の人に話しかけられ、応対に忙しくなっていた。

 エリザベスやマリアベルと話をしたかったのだが、今日は難しそうだ。



 そこにリオールがやってきた。

 レオナルドと挨拶をした後、ソフィアに向かって話かける。


「ソフィア嬢、君は、ジュリアに本当によく似ているね。いや、瞳の色が違うからやはりブライアンの娘でもあるんだな」

「リオール閣下は、両親のことをご存じなのですか?」

「もちろんよく知っているよ。君のご両親と僕は学園で3年間同じクラスだったんだ」

「そうなのですね」


「実は、ソフィア嬢とレオナルド殿下にどうしても話しておきたいことがあるんだ。とても重要なことでね。このあと少しの時間でいい。別室に来てくれないか?」


 二人で話を聞くのであれば問題ないだろう。レオナルドの方を見ると頷いていたので了承する。


 では後で侍従に案内させるからよろしくと言って、リオールは離れていった。


「話とは何だろう。彼は君の母上に懸想していた人物だよな?」

「ええ、そう聞いているわ」


「……重要な話か」


 どんな内容かはわからないが、警戒せずにはいられないレオナルドだった。 

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