29 エマとのお茶

 ミュージカルから帰った日は、涙が止まらず部屋に閉じこもって誰にも会いたくなかったが、数日経ち、少しだけ落ち着きを取り戻していた。

 胸が苦しい気持ちは消えそうにないが。



 今日ソフィアは、女子寮の面会室でレオナルドの侍女エマとお茶をする時間をとっていた。

 悩みを聞いて欲しくてソフィアから呼び出したものだ。


「エマさん、時間を取ってくれてありがとう」

「いいえ、主の将来のお妃さまのお願いですから。いつでもお声がけください」

 

 お妃さま……ではないのだけれど。


 ソフィアは一瞬暗い表情が出てしまったが気を取り直してエマに質問する。


「エマさんの侍女としてのお仕事は、具体的にどのような内容なのかしら」

「身の回りのお仕度やお茶の給仕など一般的な侍女のお仕事と同じです。いざと言うときには護衛もできますが」

「護衛までできるのね。すごいわ。やっぱり私には務まる気がしないわ」


「務まる? なぜ、フィフィ様が侍女のお仕事にご興味を?」

「もしかしたら私が二人目のスーパー侍女の可能性があるかもしれないと思ったの。でも違うみたい」


「えっ?」


「私とレオ様のご縁はどのようなものなのか考えていたのよ。エマさんはスーパー侍女、ルイス様は有能な側近、では私は何なのでしょう?」

「フィフィ様は、主が愛してやまない唯一のお妃さまですよ」


「それが……違うんじゃないかって思うのよ。もし妃だと言うのであれば補欠のようなものだと思うわ」


 妃の補欠ってナンデスカ?


「レオ様は交流を持ってくださるけど、その……、好きとか言われたわけではないので私はそういう対象ではない思うの。レオ様も私がどういう役割をもった存在なのか見極めている最中なんでしょう?」


「はあっ!?」

 主、あれだけ大騒ぎしていて、告白まだとか嘘でしょう!?


「会話をしていてもとても楽しいしウマが合うとは思うのよ。だから私は、例えるなら『他国の異性の親友』役とか?」


「親友ですか……」


「それとも、『王国と帝国の交流を円滑にする橋渡し』役?」


 それ、ただの外交官です。


 エマは必死にフォローする。

「そんなことありません。主はフィフィ様が愛しくて仕方ないのです。当然、結婚を考えておいでです」


「でも、婚約者として帝国に一緒に行ってほしい、とか言われたのであれば、そう思えるのかもしれないけど、私のことをレオ様がどう思っているのか本当にわからないのよ。お妃候補かもなどと思い込みをしていて、本物の唯一様が現れてしまったら嫌ですわ」


 主、週2週3で交流しているのに、肝心なことが1ミリも伝わっていませんが!!


「だからしばらく会いたくないとおっしゃったのですね」

「ええ。これ以上好きになってしまわないように会わない方がいいと思ったの」


「そんな……。でも、フィフィ様はレオ様のことが少なからずお好きではあるのですね」

「……そうみたい。その時点でスーパー侍女にも親友にもなれませんわね」

「フィフィ様……」


「あっ! もしかして私、『レオ様の唯一様に嫉妬する悪役令嬢』かもしれないわ」


「……アクヤクレイジョウ……」

 エマの頭には内容が入って来なくなっていた。


「悪役令嬢はスパイス的な存在だから、私の嫉妬のおかげでレオ様と唯一様、二人の絆が深まるの。……でも、やっぱり私、そんな役回りは嫌ですわ」


 エマは説得を諦めた。

 すべては主のヘタレのせいなので自分で責任を取らせようと思うのだった。



「今日の話は、レオ様やルイス様には秘密にしておいてくださいね」

「……はい。そのように(努めます)」

“努めます”のところをものすごく小さい声でつぶやくエマだった。




 ソフィアとのティータイムが終わるとエマは一直線にレオナルドとルイスが待つサロンに向かう。

 秘密にするよう努めてはみたが、主の一大事のためできなかったという解釈だ。


 エマは机にバンと手をついて話し始める。

「失礼ながら、レオ様! 一言申し上げてもよろしいでしょうか? フィフィ様に、未だ告白されていないというのはどういうことですか!」

「えっ、そうなんですか?」

 ルイスが驚きの声を上げる。


「そんなことはない。

 ちゃんと……。

 ……ん? 

 あっ……。

 ……言ってない、かも……」


 レオナルドは、叱られた子犬のようにシュンとなってしまった。

「頭の中では、もう何万回も『好きだ』という言葉を繰り返しているんだが……」


 だめだこりゃ


 エマは、先ほど聞いてきたソフィアの見当違いな予測を簡潔に説明する。


「妃の補欠……」

 レオナルドはショックを隠せない。


「……『他国の異性の親友』役って、ずいぶんな距離感だね」

「挙句、『王国と帝国の橋渡し』ですよ。それただの外交官! と右手でツッコミしそうになりました」

「いずれにしても帝国側にいないよな」

「悪役令嬢と言い出した時には、意味のある言葉として頭が理解するまで時間がかかりました。これはもう由々しき事態です!」


「とにかくレオ様、建国祭の旅行が挽回のチャンスです。しっかり想いを伝えてください」

「早く僕に追いついてもらわないと、僕の婚約が公表できないじゃないですか」

「この際、思いの丈を全部ぶつけて、当たって砕けろです」


「ダメだ。砕けてしまったら、もう生きていけないんだ」


 この、ヘタレめ。


「少なくとも、フィフィ様は『これ以上好きになってしまう前に止めたい』っておっしゃっていました。レオ様のことをお好きだから悩んでおられるのです」


「フィフィが……、俺のことを……、好き?」


「そうです! ヘタレている場合ではありません」


 とにかく背中を押さずにはいられないのだった。

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