21 救助

「今の状況を先生に伝えましょう」

「先ほどのキーカードの箱の側に先生がいらっしゃいましたよね」

「じゃあ、僕、先に伝えてきます。足には自信があるので」

 ジャスティンが走っていく。

「よろしくね」


 7班の次に時間差で出発した班とすれ違う。

 リリアーヌを見かけなかったか尋ねるが知らないとのことだった。


「困ったな」

「最後に見かけたのはどこだ」

「6つ目のキーカードの箱のところまではいたと思います」

「6つ目の箱を過ぎたとこに分かれ道があったよな?」

「行ってみますか?」

「だが、バラバラになるのは得策ではない」


 先生も合流し、二手に分かれてリリアーヌを捜索することになった。

 ソフィア・レオナルド・イーサン、先生とジェシカ・ジャスティンの2組に分かれ、30分後に一旦この場所に戻ることとなった。


「では、俺たちは例の分かれ道に行ってみようか?」

「そうですわね」


 分かれ道は、だんだん狭くなり、山道を登るルートになっていた。

 左側は急斜面となっており、万が一足を踏み外したらただでは済まなそうな感じだ。

「流石にここにはいないか」

「ですわね」

「戻りましょうか」


 その時、上の方から草を踏み分けるような音が聞こえてきた。


「誰かいるのか?」


「レオ様ぁ~?」


 リリアーヌの声だ。

「やっぱり私のことが心配で助けに来てくれたのね」

 リリアーヌが姿を現すと、無事でよかったと3人はほっと胸をなでおろす。

 だが、リリアーヌはソフィアの姿を認めるとみるみる不機嫌な表情になった。


 あの女、私の邪魔ばかりして気に食わないわ。よろけたフリしてぶつかってやる。転べばいいのよ。


 不自然にソフィアの方に近づいてきたリリアーヌが、ソフィアに体当たりしてきた。


「えっ!?」


 次の瞬間、ソフィアは自分の体が斜面の方に向かって落ちていることに気がついた。


「ソフィア嬢!!!」

 レオナルドが手を伸ばし、ソフィアの腕をつかむが一歩遅かった。

 レオナルドも体勢を崩し、ソフィアと一緒に斜面をすべり落ちていく。


「ソフィア様! レオナルド殿下!」

 イーサンが叫ぶが、二人の姿は見えなくなっていった。


「君、なんてことをしたんだ」

「わ、私は悪くないわ。よろけたところにあの女がいただけよ」

「よろけたように見えなかったぞ」



 一方、落ちたソフィアとレオナルドは……

 レオナルドがソフィアを抱えて斜面を滑り降りた形になったので、服は多少汚れたりすり切れたりしているところはあったが、大きな怪我はなさそうだった。


「レオナルド殿下、申し訳ありません。私などを庇ったせいでお怪我をさせてしまうところでした」

「いや、落ちるのを止められなくてすまない」

「そんなことございません。おかげ様で助かりました」



「レオナルド殿下~、ソフィア様~、ご無事ですか~?」

 上の方から話しかけられた。この声はイーサン君だ。

 ソフィアは斜面の上の方に向かって返事をする。

「無事よ。だから落ち着いて先生にこの状況を報告してほしいの。そして救助要請をお願い。私たちはここから動かず、救助を待つわ」

「は~い。わかりました~。なるべく早く戻ってきます! 待っててくださ~い」

「ありがとう。お願いね~」

 少し時間はかかるかもしれないが、こういう時は動かない方がいいと聞いたことがある。


「レオナルド殿下、ここで待ちましょ……えっ?」

 ソフィアがレオナルドの方に振り返ると、先ほど平気そうにしていたレオナルドの表情が苦しいものに変わっていた。


「殿下!!! どうされたのですか? あ、血が……」


 レオナルドが押さえている脇腹あたりが出血しているようだ。着地したときに何かが刺さってしまったのだろうか。

 いつも余裕のあるレオナルドがみるみる青ざめていくのがわかる。


「大変!!」


 ソフィアはレオナルドに駆け寄ると、傷口に手を当てた。

「レオナルド殿下、私、回復魔法をかけます。失礼します」


 ソフィアは、今出せるすべての魔力を使って、回復魔法を唱える。


 だが、ソフィアの今の魔力ではレオナルドの出血はなかなか止まる気配がない。


「……っ。傷が深い。血が止まらないわ。これでは……」

 救助が来るのを待っていたら間に合わないかもしれない。


 簡単な擦り傷なら何度も回復魔法をかけたことはあったが、このような深い刺し傷は貴族令嬢にとっては未知の領域だ。


 救助が間に合わなかったらレオ様はどうなるの?


 魔法はかけ続けているものの、まだ出血している。ただただ焦りが募る。

 人間の出血量がどのくらいまでなら大丈夫なのか、ソフィアは正常な判断ができる精神状態ではなくなっていた。


 万が一があったら?

 命が危ない?


 レオ様が、私の前からいなくなる……

 

 レオナルドが苦しそうに目をつぶるのを見て、ソフィアの焦りは限界点を超えた。


 ……ダメ、そんなのダメ


「……ソフィア…嬢…、だいじょう…ぶだから」

「大丈夫、ではありませんわ!!」


 そういうとソフィアはカチューシャをさっと外し、魔力を込める。

 先ほどよりも強い回復魔法だ。


 実はソフィアがつけているカチューシャは、ソフィア自身の魔力を一定量奪うことで効果を生んでいた。

 カチューシャを外せば、ソフィア本来の魔力で回復魔法を発動できるのだ。


 お願い!

 出血止まって!!


 私の今の全力を出すから!


 魔力が尽きても構わないからっ!!


 ……レオ様!


 ……


 ……


 ほどなくレオナルドの出血は止まり、傷口もふさがっていった。

 おそらく冷静に見ればここで止めても大丈夫だと判断できたはずなのだが、レオナルドが相手だったこともあり、ソフィアの判断力は麻痺していた。


 まだ、内臓に損傷があるかもしれない。

 そう思うと回復魔法を止めるわけにはいかなかったのだ。


 一方、レオナルドの体は楽になり意識が徐々に回復してきた。


「フィフィ!? なぜここに…… 回復魔法か!? ありがとう。もう大丈夫だ」


「レオ、様……、だめ、です。まだ……」


「何を……!? もう止めるんだ! 君が魔力切れになってしまう」

 レオナルドはソフィアの手をつかみ、魔法を中断させる。


「……ふさ、がったの……よ、かった……」

 そこで、ソフィアの意識は途切れてしまった。


 目の前で気を失い倒れこむソフィアをレオナルドが慌てて抱きかかえる。

「フィフィ!? フィフィ!!!」

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