13 狙われた令嬢
3年Cクラスの教室にて。
「おい、聞いたか? あのダミアン殿下の婚約者候補3人がフリーになったって」
「ああ、聞いたさ。フリーになった直後、エリザベス嬢とマリアベル嬢にはダンスの申し込みが殺到したらしいが、ソフィア嬢はぽつんとしていたらしいな」
「あ、それには理由があって……」
「エトワール侯爵家には嫡男がいるから、ソフィア嬢は適当なところに嫁に出されるだろう。傷物だしな。下手すると親より上の世代の当主の後妻がいいところだ」
「いやいや、ただの候補だったんだから、傷物ではないと思うぞ」
「……ソフィア嬢は見た目はパッとしないが、侯爵家とのつながりは魅力もあるし俺がもらってやることにするか」
「お前、人の言うこと聞けよ! なぜ上から目線!? 侯爵令嬢だぞ。お前は嫡男だけど子爵家だろ。敷居が高いのを自覚した方がいい」
「だが彼女は誰も貰い手がいない気の毒な女だぞ。感謝してほしいくらいだ」
そう言うと、ジャック・ドノバンは教室を出て行ってしまった。
「マクシミリアン卿が怖くてソフィア嬢に誰も近づけなかっただけなのに……。ものすごく勘違いをしていることを教えてやりたいが、あいつ聞く耳持っていないからな~」
クラスメイトはため息をついた。
それからジャックはソフィアの行動パターンを調べ始めた。偶然の出会いを演出するためだ。
運命的な出会いの場を用意してやる俺って気が利くいい男だろう?
ソフィア、お前は俺に頼るしかないんだ。
ソフィアが俺のことを好きになるのも時間の問題だな。
初めはただ観察していただけのジャックだったが、思い込みと妄想が膨らみ、日に日にソフィアに執着し始めていた。
「もうすぐ、ソフィアは俺と運命的な出会いを果たすことになる」
「えっ、何言ってんの? 意味わかんないんだけど」
「まあ、見てなって。あいつは俺がモノにする」
「ねえ、さっきからソフィアとかあいつとか呼び捨てにしているけど、Aクラスの侯爵令嬢のことじゃないよね?」
「ほかに誰がいるんだよ?」
「お前正気か? お前と釣り合うわけがないだろう」
「あとで羨ましがるなよ。じゃあなー」
ちょっと『こいつの妄想やばい』と思うクラスメイトだった。でもまさか、その妄想を行動に移すことはないと思っていた。
ソフィア、君は今日も図書館に行っていつもの窓際の席に座るんだろう?
ソフィアは、妃教育がなくなったため、放課後は図書館で過ごすことが増えていた。なんとなく、帝国の文化を知りたくて、帝国関連の本を読み漁っていたのだ。
他国文化のコーナーに行き、帝国の伝統工芸品の本に手を伸ばす。
その時、同じ本に手を伸ばす生徒がいて、手が触れてしまった。
「あ、ごめんなさい。その本はお先にどうぞ」
「いえ、私の方こそ失礼しました。同じ本に同じタイミングで興味を持つとは、奇遇ですね」
「……」
ソフィアは、急に現れた男子生徒に驚いていた。さっきまでこのコーナーには人がいなかったのに、急に現れたあげくこの本に興味を持てるものなのか。不自然な接触に違和感を覚えていた。
「あの、あなたはAクラスのソフィア嬢ですよね? 私、3年Cクラスのジャック・ドノバン。子爵家の嫡男です。お見知りおきを」
「……ええ、よろしく……」
どうだ、俺のファーストコンタクトは。女子はこういう偶然の出会いに運命を感じるんだろう?
これからは俺が君の恋人になってあげるからね。
恋人になったら、すぐに深い関係になるのも悪くない。なぜなら、彼女と結婚してもいいと思う男は俺しかいないのだから。
次の日から、図書館に行くとジャックがソフィアに話しかけてくるようになった。
なんだか、話し方も馴れ馴れしくて嫌な感じだわ。
何度も話しかけられて、少し迷惑に感じていたソフィアは、勇気をもって返事をする。
「ドノバン様、ここは図書館ですからお静かに」
「では、ここを出てどこかでゆっくり話しませんか?」
「いえ、結構ですわ」
「そんなことおっしゃらずに」
「私、今日はもう寮に帰ります。失礼いたします」
ソフィアは席を立ち、早歩きで図書館を出ていく。
すると、ジャックも後をついてくる。
……え、嫌。
歩き続けているソフィアに向かって、ジャックは話し続ける。
「ねえ、ソフィア嬢。そうやって私を人気のない場所に誘っているんでしょう?」
「……」
ジャックの口調が急に変わる。
「そうだ、今から一緒に男子寮の俺の部屋に行こうよ。塀に抜け穴があってね、女子がこっそり潜り込むこともできるんだよ」
「……もう話しかけないでいただけます?」
「照れ隠しかい? ほら、君もダミアン殿下の婚約者候補でなくなって寂しい思いをしているんだろう? 君を受け入れられるのは、俺だけだよ。俺と一緒に部屋でまったり過ごそうよ」
「何をおっしゃっているのか意味が分かりませんわ」
「ほら、俺が気持ちいいことも教えてあげる。きっと満足できるよ」
「嫌です」
その時、ジャックがソフィアの腰に手をまわそうとする。
ソフィアはとっさに逃げ出した。女子寮まではまだ距離があるため、急いで近くの女子用の化粧室に飛び込む。
心臓の音が頭の中で響いている。
窓から逃げようかとも思ったが、この化粧室は、高い位置にはめ殺しの曇りガラスの窓があるだけだ。
外からは「出て来るまで待ってるね~」という男の声が聞こえてきて、逃げ場のない恐怖に足がすくむ。
誰か来ないかしら。
そうしたら事情を話して一緒に出ていけるのに。
だけど、この時間に教室エリアのこの化粧室を利用する生徒はほとんどいないだろう。
「ソフィア~? 気分でも悪いのかい? 緊急事態なら俺が入って行って助けるよ」
嫌、あの男が入って来ちゃう。
誰か助けて! お父さま、お兄さま
……レオナルド殿下!!
もう一か八か。ここから逃げ出す方法は一つしか浮かばなかった。
ソフィアは、カチューシャを取り、軽く結んでいた髪をほどく。
化粧室の鏡は、元の姿になったソフィアの恐怖にひきつっている
でもこの姿ならさっきまでのソフィアと同一人物とは気づかないだろう。後は恐怖心を隠し、平然とした態度で出ていくしか道はない。
怖い。
でも……
思い切って出ていこう。
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