第11話

「クリストフ。なんでそいつらを連れてきた」


 クリストフの両手に抱えられたリアとルアを見た【影狼】は文句を言っていた。

 それもそのはず。

 敵である人物をクリストフは連れてきている。

 本来殺すべき相手を連れてきている、その執行官としての責務を無視した行動に【影狼】は怒っているのだ。


「許可が降りればこいつらは俺の部下にする。条件発動式刻印魔法で俺の手足になって働いてもらうつもりだ」


「部下がいるのはわかるが、それなら血族から選べばいい。なぜ血族以外をわざわざ選ぶ」


【影狼】は執行官の任務を全て自分ひとりでやれというほど鬼ではない。

【影狼】が仕えていた先代、先々代、その前の代々執行官たちも配下がいた。

 だがその者たちは皆、血族から配下を選んでおり、情報統制をしっかりと行える体制を整えていたのだ。

 その点、血族ではないものには不安要素が多く存在する。

 謀反、情報漏洩、技術の流出。

 その他にも不安要素は色々と存在する。

 だが、物心つく前から教育されてきた執行官の血族たちはそういったことをすることはない。

 それは幼い頃に心の奥底にそうすることができないように教育されてきたためだ。

 そして血族以外にはそういった不安要素が存在するため、血族以外の配下は認められてきていないのだ。


「血族以外を選ぶというか、俺がこの二人を選んだのは一卵性の双子だからだ。血族にそういった家系はないだろう」


「そうだな。双子はいるがあれは二卵性だ」


「俺はこいつらで一卵性の双子の可能性を研究するつもりだ。本来魔法は二人で使うことができないが、俺の仮説ではほぼ同じ魔法領域を持つ一卵性の双子ならば相乗効果が発生するという仮説の証明をするのが目的だ。そうすれば歓迎されない双子が減るはずだ」


 世の風潮として、一卵性の双子は一人の魔法演算領域を二人で分けていると考えられているため、魔法の強い家系からは忌み子とされている。

 そうした考えにより、双子の捨て子の確率は貴族間で特に高い。

 さらには産んだだけで恥とも言われる始末だ。

 クリストフはそうした風潮を止めたいのだ。


「それは立派なことかもしれんが、お前がすべきことではない。ただですら王族の執行官という異例中の異例なのに、さらに変なことをしようとするな」


「だが執行官の役割は治安維持だ。そのためにも捨て子はなくすべきではないのか」


「一理あるが……」


 クリストフの言い訳のように聞こえることは確かに執行官としての責務に間接的に関わってくる。

 そう言われてしまうと【影狼】は一方的にやめろとは言いづらくなった。


「……やるとしてもバーグの意見を聞いてからにしろ。それと、やると決めたからには最期までやり通すことだ」


【影狼】は少し黙ったあと、クリストフに条件付きで許可を出す。

 クリストフは小さくガッツポーズをした。


 ★


 リアとルアをバーグ、サティラの許可をもらってから家に連れて帰った。

 クリストフは地下にある訓練場兼実験室にまだ意識のない二人を連れてきた。

 部屋の中にベットを用意し、目を覚ますと反応するアラームの魔法を部屋にかけてから部屋を出ていく。

 その後、大きな部屋で今回の件の報告のため、クリストフ、バーグ、サティラの三人は集まっていた。


「今回、どんな感じに終わったの」


 サティラが初めに口を開く。

 その口調は少し不満そうだった。

 クリストフが部外者、それも敵国の兵士だった者を連れて帰ってきたせいだろう。


「任務は完了したとは言い切れないかな。あとは雷帝を始末するだけだったんだけど、リースさんがやってきたから、後は任せたんだ」


「そう。なら大丈夫そうね。でも、なんで雷帝の部下を連れて帰ってきたの」


 サティラはあの二人のことを信じていない。クリストフがどうしてもと言ったため許可を出したが、内心はまだ反対だ。


「私もそれは聞きたいですな」


 そして、サティラの言葉にバーグも賛同する。

 バーグは単に理由を聞きたいだけだ。

 その理由がくだらなければ怒るだろうが、しっかりとした理由があれば許可を出すだろう。


「理由は双子の地位向上のためだ。現在、世の風潮として双子、それも特に顔が瓜二つとなれば差別の対象や捨て子になることが多い。これは一人の魔法演算領域を二人で分けていると考えられているため。そのため双子は忌み子とされ、社会的な地位が低い。俺はこの二人で双子の可能性を見出したいんだ。そして、俺には双子の秘めた力を仮説として持っている。それの検証もしたいんだ」


「双子なら血族にもいるはずでは?」


 バーグは【影狼】と全く同じことを聞いてくる。


「あの二人は二卵性だろ。俺が求めているのは一卵性の双子なんだ」


「ああ。それであの方々なんですか」


 バーグは説明を聞き、納得しているようだ。

 だがサティラはまだ反対のようだ。


「理由はわかったけど、それは執行官の地位を危険にさらしてまですることなの?」


「俺はするべきだと思うぞ。捨て子が減れば王都の治安も良くなるはず。そしてそれは執行官の治安維持活動にも通ずるはずだ」


「……今回は特例で許すけど、次からはちゃんと相談するように」


「わかった。ありがとう母さん」


 クリストフが引かないと思ったのか、納得したのかは分からないが、二人からの許可は降りた。


「それで坊ちゃま。あの二人が裏切らないとは確定していません。そのあたりはどうするつもりで?」


「条件発動式刻印魔法を使う。その後は俺の専属使用人として働かせる。あの二人は魔法師だから俺が面倒を見るつもりだが、何をするにしても体力はいる。基礎トレーニングをバーグに任せたい」


「それぐらいならお安い御用です」


「母さんは道具を作るのに必要な素材を集めてほしい」


 それを聞いたサティラは不思議そうな顔をする。


「素材?それなら地下に結構なかった?」


 素材は万が一のために常に地下に大量に保存している。

 それなのに集めてほしいと言われたからだ。


「そろそろ減ってきているんだ。それといつものやつとは違うやつもほしいから、後でリストにまとめて渡すよ」


「そう。わかったわ」


 全員が話すことがなくなり、その後はしばらく世間話をしていた。

 その時、アラームが聞こえてきた。


「起きたみたいだな」


「そうですな」


 クリストフは立ち上がり、クリストフはそのうしろにつく。


「じゃあ、行ってくる」


「いってらっしゃい」


 クリストフはサティラに別れの言葉を告げてから地下に向かった。


 ★


「ここは?」


 目を覚ましたリアは辺りを見渡す。

 その部屋はベッドと小さな机しかなく、必要最低限の家具しか置かれていない、さみしい部屋だ。


「ルアはいるね」


 すぐ横に寝ているルアを見つけてとりあえず安心する。

 そして、まだ寝ているルアを揺らして起こした。


「ん、リア。どうしたの?」


「ここ、どこだと思う?」


 ルアは眠そうに目を擦りながら辺りを見渡す。

 そしてここがどういったところかは察しがついた。


「ここは多分、犯罪者を収容するための場所かな。魔力も練れないし、かなりレベルが高いね」


 現在、特定の収容所でも導入されているシステムがある。

 それは魔力を吸う魔石、吸魔の石を利用した部屋だ。

 魔法師の犯罪者は過去の構造では魔法を利用することで容易に脱獄することが出来た。

 そのため、現在は魔法を使えなくするために吸魔の石を利用した魔力を練れない空間を作ることで、魔法師犯罪者の収容を成功させている。

 石自体はなかなかに貴重なものであり、さらに石ごとに性能も変わってくる。

 そのため石は国によって厳重に管理されている場所がほとんどだ。

 そしてこの部屋の石の性能はかなり高い。

 そのためここはかなりレベルの高い場所だと判断した。

 二人がベットから立ち上がり、部屋を少し見回っていると、突然扉が開いた。

 そこには二人立っていた。

 片方は執行官の姿となって現れたクリストフで、片方の身体に靄のようなものがかかっていて、顔も性別もわからないのがバーグだ。


「ふたりとも起きていたか」


 クリストフは執行官のときの口調でそう言いながら二人は入ってくる。

 部屋の中央に着くと後ろのバーグが椅子4つと机を生成する。

 そして二人はそのまま座った。


「まあ、座るといい」


 そう言われてリアとルアは座る。

 位置はクリストフの前にリア、隣にバーグ、リアの隣にルアだ。

 リアたちは前にいる謎の人物に怯え、声を出せなくなっていた。

 その人物は完璧な魔力制御を身に着けており、一切の魔力を外に漏らしていない。

 恐らく実力は執行官と同等、あるいはそれ以上の化け物だろう。


「二人はは取引と言い、私から魔法をまなびたいと言ったな。それは今も変わらないか?」


「ええ、もちろん」


「変わらないよ」


「ならば条件がある。執行官と言うものは元来誰にも知られてはいけない存在だ。そのため情報漏洩を防ぐため二人には条件発動式刻印魔法を植え付ける必要がある」


「条件発動式刻印魔法って?」


 リアとルアの二人は首を傾げる。

 聞き覚えのない言葉だからだ。


「現代魔法の言うところの契約魔法に似たものだ。違う点は決められた事項を破れば死ぬという点だ」


 現代魔法の契約魔法は契約を破っても死ぬことはない。

 そしてその魔法は両者の同意があって成り立つものだ。

 だが古代魔法である条件発動式刻印魔法は条件を満たすと死に至る。

 そして契約魔法との一番の違いは両者の同意がいらないという点だ。

 魔法の使用者が一方的に条件を決め、それを植え付けることができてしまう。

 だがクリストフがそれをしないのは二人を奴隷のようには扱いたくないからだ。

 クリストフ自身、奴隷という制度があまり好きではなく、見かけると不快な気分になってしまう。

 その有用性も理解しているため、一方的に悪いとは言えないのも嫌なところだ。


「それはわかったよ。それで肝心の」


「契約内容はなに?」


「内容はシンプルだ。一つ、俺たちの命令は聞くこと。嫌なことは嫌と言っても別に大丈夫だ。一つ、情報を外に漏らさない。これはかなり厳しく、外で言おうとした時点で死ぬことになる。内容はこの2つぐらいだ。あと細々とあるがそれは契約ではなく、ルールのようなものだ」


 ルアたちは内容を聞き、驚いた。

 もっと厳しい条件を言われると思っていたのだが、大したことではない。

 リアとルアはクリストフたちの前で二人に聞こえないくらいの声でどうするか相談をする。

 そして魔法を植え付けられることにした。


「あの、この刻印って外から見えないよね」


「見えないようにするが、どちらがいい?」


「いや、私等一応女だから見えないほうが嬉しいよ」


「そうか。ならそのままでいいな」


「痛くしないでね」


「お手柔らかにね」


 リアとルアにそんな軽口を言われてからクリストフは魔法の行使に入る。

 魔法式を書き上げ、そこに条件、条件を破ったときの代書を書き込み、魔法式完成させる。

 あとはそれを複製し2つ作り、それぞれをリアとルアに植え付ける。

 クリストフは二人の背中に手を付け、魔法式を身体に植え付けた。

 その際の注意点は魔法式の魔力波長を植え付ける本人に合わせるという作業だ。

 これをすることで相手の魔法演算領域に不純物が混ざること防ぐことができるのだ。


「んんっ!」


「ああんっ!」


 二人共こそばゆいのかなまめかしい声を上げている。

 その声も魔力波長が合ってくると上げなくなり、落ち着いたようだ。

 そして魔法の植え付けが終わったクリストフは二人の背中から手を離した。


「終わったぞ」


 そう声をかけると二人はベットから起き上がり、身体の確認をする。


「どこか違和感はあるか?あるのなら早めに言ってほしい」


 条件発動式刻印魔法は一度完全に定着すると剥がすのは難しくなる。

 そのため魔法式の魔力波長が合っていないのであれば早めに言ってくれた方が対処しやすいのだ。


「いや、私は大丈夫だよ」


「私も違和感はないもないね」


「なら良かった」


 クリストフはそれを聞いて一安心する。

 なんせ他人の魔力波長に合わせるのは非常に繊細で難しい作業だからだ。

 それが大丈夫だと聞き、安堵するのは道理だろう。


「これで我々は今日から仲間だ。それに伴い、こちらも正体を明かそう」


 クリストフはそう言って黒いコートを脱ぐ。

 そしてバーグは認識阻害の魔法を解除する。


「え?」


「うそ!?」


 その正体を見た二人は驚きを隠せていない。


「アルゼノン王国第四皇子、アーノルド・リーズ・クリストフだ。よろしく頼む」


「ボルザーク・ティア・バーグです。今後ともよろしくお願いしますね」


 二人はそれをお構いないし自己紹介をする。

 だが二人はまだ混乱しているようだ。

 それもそのはず。

 雷帝の住む城砦に単身で乗り込み、すべての敵を圧倒していた人物が他国の皇子で、もう片方は【龍殺し】の二つ名で知られる知らない人のほうが少ない人物だったからだ。


「今後二人は俺の専属使用人として働いてもらう。その間に魔法を教えるんだが、まずはバーグに基礎トレーニングをしてもらう。体力と精神力、それと冷静さに武術を学んでもらう」


「……あ、はい」


 二人共まだ驚きが抜けておらず、間の抜けた返事になっている。

 伝えることを伝えたクリストフは後のことをバーグに任せて部屋を出ていく。


「それでは、御二方の部屋に案内しますね」


 そう言ってバーグは部屋を出ていく。

 その後ろをリアとルアの二人はついて行った。

 ついて行ったのはいいのだが、バーグは廊下を行ったり来たりしているだけだ。

 不安に思ったルアがバーグに聞いた。


「もしかして、迷ってます?」


「いえ、そんなことはないですよ」


 何も知らない人が見ればバーグは道に迷って適当に歩いているように見えるだろう。

 だがそれには意味がある。

 屋敷の地下は絶対に知られてはいけない秘密が大量にあるため、その秘密を守るために数秒ごとに廊下の構造が変わる魔法がかけられている。

 そのために道に迷っているように見えるのだが、着実に進んでいっている。

 そしてついに階段が見えた。


「ここを登れば屋敷に出ます」


 バーグそう説明し、階段を登ると屋敷に出た。

 そして後ろを振り向くと階段は消えていた。

 階段の場所は一度出ると場所が変わる。

 次の階段の場所はある魔法を使うことでわかるため、別に困ることはない。


「もうすぐ着きます」


 バーグは慣れた様子で屋敷を歩いていき、その後一階にある2つの個室についた。


「ここの2つが御二方の部屋です。必要なものがあれば用意しますので、お気軽に言ってください」


 中に入った二人は驚きを隠せていない。

 その部屋は貴族、それもかなり上位の者が住むような部屋の大きさだったのだ。

 この大きさでは二人で使ったとしても十分に余りそうだ。

 にも関わらず、これと同じ部屋をもう一部屋用意してくれている。


「使用人なのに個室もらっていいの?」


「それにこんなにも大きな部屋」


「ええ。この屋敷はかなり大きいサイズなんですが、住んでいるのは実質3人だけなので部屋は余っているんです」


 一応、雇われの使用人も来るのだが、ここに住みながら働いている者は誰もいない。

 そのため部屋が余りまくっているのだ。

 使わなければホコリが貯まるだけで、掃除も面倒になる。

 とにかく使ってくれたほうがありがたいのだ。


「欲しい物はありますか?」


「ここまでしてくれているのに、もっと手を借りたら罰が当たるよ」


「買い物は私達でするよ」


「そうですか。なら資金を渡しておきます」


 バーグは二人にお金を渡す。

 二人が渡されたのは王金貨三枚ずつ。

 王金貨は王国内の貨幣で最も価値あるもので、王金貨は大金貨100枚、大金貨は金貨100枚、金貨は銀貨10枚、銀貨は銅貨10枚の価値がある。

 王金貨一枚で普通の家くらいならば建てることができる。

 それを三枚ずつリアとルアにしれっと渡す。

 ちなみに二人はその価値を知らないため、これで足りるのか、と不安になっている。


「それくらいあれば足りるはずです。2枚は使って1枚は保存しておけば困ることはなくなりますよ」


 その説明を聞いてもよくわからず、二人は不安になりながら買い物に出かけた。

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