なたりあストロンゲスト-002
「────白虎ッ!」
「むっ」
ナタリアの判断は的確かつ、迅速だった。
自身の腹を貫いている腕を引きちぎり、もう片方の手で手繰る白虎で、振り返りざまにラウレストの上半身を裂き消す。
五塵の相──白:白虎。
それは《金》の魔術属性から生まれた、根源魔装が一つ。
己の四肢に白虎を模した、無色透明かつ貫けぬもののない巨大な牙と爪を付随させ、視界に入る任意の場所に出現させる、破壊の魔術。
たった一人に向けて圧縮させたそれは、空間ごと引き裂いてしまうほどの威力を誇っていた。
ラウレストの上半身は塵も残らない──しかし、致命打にはならなかった。
何故ならば、その場に残った下半身が後を追うように消え。
そしてまるで、幻のように五体満足のラウレストはその場に現れたのだから。
対呪力の秘薬を飲み干し、回り始めた呪力を相殺しながらナタリアは舌打ちをする。
「再生、やないな。何や、それ……転生。いや、転身か?」
「ほう、一目で見抜くとは。流石は、一時とは言え、儂の師であっただけのことはある」
《根源魔装》や《魔装》といった深奥が魔術にあるように。
呪術にも、深奥と呼ばれる極致が存在するとされている。
無論、机上の空論だ。
これまでの歴史上、そこまで辿り着いた人間はいなかった。
それが今、覆される。
「
吹きあがっていた呪力が、ラウレストの全身へと巻き付いていく。
たった今までこの場を制圧していたナタリアの魔力が、ラウレストの呪力に押し返され始める。
拮抗──を少し超え、呪力が圧を増した。
「捻った名前にはならんかったがのう……じゃが、分かりやすいじゃろう? あらゆる並行世界から、無事な儂の肉体だけを呼び寄せ、自らの魂を載せることができる。今の儂は、実質的な不死と思え、ナタリア」
「……人の身を捨てたか、カイウス」
「呪いの道は、人の身で歩みきるには時が足りなさすぎたのじゃよ」
転身とは、元より呪霊の本分だ。呪いより出でたそれは、呪い以外の術で器を失うと、新たな肉体を世界の方から提供される。
それを、人の身で再現するのは不可能だ。されども、呪霊を喰らった人間であれば?
呪霊の魂を呪術で抽出し、自身の魂と混ぜ合わせれば、肉体が熱を失った時、世界の方から肉体が提供されるようになるのではないか?
そのような考えの下にラウレストは呪霊と一体化し、結果として呪術の深奥に至り、並行世界の自身と接続するにまで至った。
「不老にまでは至れんかったがのう。戦うのであれば、十分に過ぎる」
「……醜いったらありゃしないなあ」
「何百年と生きるエルフと比べれば、そう見えても仕方がないじゃろうな」
「チッ、死ねや」
無造作に振るわれた白虎の爪が、しかし防がれた。盾ではない。ただの片腕で、ラウレストはその一撃を防いでいた。
多少の傷は入ったものの、致命傷には程遠い。
瞠目したナタリアに、ラウレストはため息を吐く。
「呪術騎士とは、呪術とは。負の感情を薪とする術じゃ。のう、ナタリア。優に四百年も生きるお主には、二度も殺された人間の恩讐は、どれほどのものか、分かるのかのう?」
「ハッ、面倒になってきたなあ……あぁ!?」
全身で未だに暴れる呪力に吐血したナタリアに、砲撃が降り注ぐ。甘楽の魔導とすらまともに撃ち合えるそれは、ナタリアへと火傷に近い傷を残した。
リオン・ディ・ライズ。
魔法魔術の頂点と、呪術の頂点に立つ両者の戦いの渦中におかれ、しかし傷の一つも負わず、気を失いもしなかった。
それは偏に、リオンが実力者であるというのもあるが、それ以上に、リオンが選ばれし人間であったから、としか言いようがないだろう。
圧倒的な呪力と魔力をその身に浴び、頂上決戦の一幕をその目に焼き付けたリオンは、既にステージを一つ上がっていた。
今やリオンは、致命傷に近い傷を負っているとはいえ、ナタリアの存在感をしっかりと把握することが出来ていた。
「ふー、良し、良し。良いねぇ、見えてきた。助かったよ、爺さん。お陰で俺も、呪術について理解ってきたぜ」
「であれば、成果を見せてみよ。ナタリアを潰し、魔法魔術界も、世界も丸ごと終わらせてのう」
「ハハッ、物騒だなぁ。でも、りょーかい。リオン・ディ・ライズ。いくぜ──」
『Ragione trascendentale:ver.del bombardamento』
一筋の閃光が空を裂く。反射的に防御に回った大盾が、一枚、二枚と破り貫かれた。
パラパラと細かい欠片と化した盾が、呪力を霧散させながら地へと落ちる。
それを踏みしめるようにして、少年は戦場へと現れた。
「弱いものはイジメは良くないって、学校で教えないのかよ。ヴァルキュリア呪術騎士学校ってのはよ」
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