あてなプロフェッサー-001


「やあ、お帰り。ご飯は出来てるし、お風呂も沸いてるよ……あっ、それとも、僕──いいや、私にする?」

「ソォイッ!」

「ぐわぁーっ!?」


 アルティス魔法魔術学園、赤の不死鳥寮ロッソ・フィニーチェ。その一室。

 事あるごとに飛び掛かって来る馬鹿妹の猛攻を退け、豹変しつつある月ヶ瀬先輩を上手いこといなしながら、やっとの思いで迎えた三年目。


 俺は新しく同室となった、とある少年──いや、少女と言うべきか? もうこれ分かんねぇな──に向かって魔力を放射した。

 かなり痛そうな声を上げながら派手に吹き飛び、これまたド派手に壁にぶつかった金髪の少女は、「きゅぅ……」と短い声を上げ、クルクルと目を回す。


 その様子ですら絵になっており、実に可愛らしくはあるのだが、それはただの少女ではない。

 というか立華くんだった。


 正確に言うのなら、立華ちゃんなのかもしれないのだが、まあ、とにかくそういうことである。


「いったたた……何をするんだ、急に」

「さも自分に非はないみたいな面するのやめない? ちょっと数秒前の自分の行動、思い返してみようか」

「やれやれ、ちょっと揶揄っただけでこれとは、参ったものだな」

「ここで肩を竦められるの、本気で納得がいかないな……ていうか、何で女モードなんだよ……」

「こっちの方が、身体の調子が良いんだ。いつだってベストコンディションでいようと思うのは、誰だってそうだろう?」

「戯言を……!」


 がるるるーっと睨む俺に、言葉以上に全身で「やれやれ、これだから童貞君は」みたいな雰囲気を出してくる立華くんだった。


 クソッ、嘗めやがって……。

 ていうか、女性体の方が調子いいんだ……。


 何かもう、自分が元々は男性だってことを忘れてそうな言い分である……そう考えてみれば、性転換する度に女性らしさが上がっている気がするのも、あながち勘違いじゃないのかもしれないな、と思った。

 まあ、シンプルにやめてほしいのだが。


 普通に理性がぶっ壊れそうになる────と、ここまでのやり取りを見れば分かると思うのだが、立華くんの性別は可変になった。

 さながらソシャゲの主人公である。


 いや、これだと完全に人間をやめちゃったように思えてしまうので、ここは正直に、迷宮ダンジョンの影響が完全に消えなかったのだ、とはっきり明言しておくべきではあるのだが。

 これはもう間違いなく、力ずくで迷宮をぶっ壊した弊害であると考えられるのだが、彼が患った性転換は、かなり複雑なものとして、立華くんの中に残った。


 具体的に言えば、彼が魔力を扱えば、自動的に彼女になるようになったのである。

 俺達魔法使い、ないしは魔術師にとって、魔力とは身近なものだ。軽い身体強化なら意識せずとも使えるくらいだし、魔法や魔術を使えば、否が応でも魔力は全身を駆け巡る。


 そうなると当然、立華くんの身体は女性へと変化する訳だ。


 つまるところ、魔法使いとして生きていく以上、立華くんはもうほぼ女性、みたいな意味不明な生命体へと変貌してしまった。

 そういう関係性もあり、三年生から立華くんは、俺のルームメイトとなったのである。


 男性とも女性とも言い難い、酷く扱いに困る生き物になってしまったので、もうこれは仕方がないだろう。

 問題児は問題児に押し付けておけ、というやつだ。


 まあ、迷宮を粉々にしてしまった俺としても、申し訳なさは多大に感じていたところであり、同室になることに文句の一つも無かったのであるのだが……。

 何か当の本人が、一ミリも不便さを感じておらず、むしろ積極的に性別を入れ替え、このような真似をしてくるので、罪悪感と言ったような感情は一瞬で消え失せたのであった。


 お陰で学園に戻ってからも、毎日がスリルに満たされている。

 学園と実家、どっちも安息の場所にはならないのは何なんだよ。


「仕方ないな、僕が日之守の安息の場所になってあげようか?」

「どの面フレンズ!? と言うか、本当にその姿で言うのやめない? コロッといきそうになっちゃうだろ」

「いつまで経っても慣れない君が悪いんだろう……全く、これで僕が悪女だったとしたら、君の人生は破滅していたぞ?」

「まあでも、死ぬほど好みの女性に人生終わらせられるのは、それはそれでだよな……」

「君のその、たまに露見する業の深い性癖は何なんだ!?」


 どこでそんなもの培ってきたんだ! と立華くんが叫ぶ。完全に現代に生まれたモンスターを見る目だった。


 し、失礼過ぎる……。

 人間なんだから、軽く十年も生きてれば、それなりの性癖は獲得してしまうというものだろう。


 ただでさえ、ネットの海に気軽に飛び込めてしまう世代なのだ。

 言わば俺は、時代に英才教育された、最先端の人間と言えるのではないだろうか?


「僕からすれば、魔物とは違うベクトルの化物に見えるんだが……」

「人間は未知を目の当たりにすると、理解できる形に何とか押し込もうとしちゃうからな。格が違い過ぎてすまない……」

「君は人を負けたような気分にさせる天才か!?」


 再び叫ぶ立華くんだった。また一つ勝利を重ねてしまった俺は、フッと息を吐いてから時計を見やる。

 時刻はほぼ五時。窓の外からは、当たり前みたいに早朝特有の陽光が降り注いでいた。


 如何にも俺が、残業でもしてきて帰ってきたところであるかのようなシチュエーションが練成されていたのだが、今は普通に朝だった。

 それも、俺にしては大分どころか、かなり早い。


 寝起きドッキリも良いところである。

 目覚ましとしてはこれ以上ない衝撃であったが、二度と同じことをしないで欲しいと強く思った。


 ワンチャン止まるからね、心臓が。


「僕としてはハートを射抜くつもりだったんだけどな……」

「物理的な意味だとしても、精神的な意味だとしても、物騒極まりない発言するのはやめようか……洒落になってないからね、マジで」


 というか、普通に一緒に暮らしているだけで、その内絆されてしまうような気がしてならない。

 やはり同室になったのは間違いだったか……と思う反面、そうでもないと思う自分がいるのが悔しいところだった。


 不都合なことばかりが増えた訳では無いしな。


 例えば、ほら、こうして早朝に目が覚めてしまった時、暇潰しの相手をしてくれる人が出来たということでもあるんだし。

 そういった利点は、仕返しも兼ねて、素直に活用させてもらうことにしよう。


「良し、そういう訳で、模擬戦でもするとしようか」

「どういう訳なんだ!? 文脈が繋がっていないぞ!」

「朝から刺激的な目覚ましをしてくれたので、そのお返しと思って……」

「き、君はこんな美少女を甚振るのが趣味なのか……!?」

「まあ、傷ついて苦しむ美少女の姿に、興奮しないと言えば嘘になるけど……」

「へ、変態だ……」

「失礼の極みすぎない?」


 ほら、行くよ。と手首を掴めば、顔を赤くしながら「い、嫌だー!」と抵抗する立華くんだった。

 随分可愛らしい抵抗だな、と何となく思った。


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