第一の破滅、来たれり

 突如、空より落ちてきたそれを、果たして何と形容するべきか。


 東洋に伝わる竜にも思えるが、しかし、内から溢れ出る闇色の魔力によって、輪郭が酷く曖昧な、巨大な存在。


 人ではない、魔獣でもない。当然ながら、魔族でもない。

 それは魔王。

 魔を統べるもの。魔導を体現せしめた、絶対なる王。


 ゆらりゆらりと、会場にそれは舞い降りる。

 魔法魔術界最強とすら謳われる、アルティス魔法魔術学園校長、ナタリア・ステラスオーノの守護魔法を強引に打ち破り。


 悠然と、しかして優雅に。


「──終末である」


 そのたった一言にさえ、魔力が乗せられている。


 並の魔法魔術師では、それを聞いただけで気を失っていただろう──学園の生徒たちがそうならならなかったのは、他でもない、ナタリアと教員たちが、反射で守護魔法を展開したからだ。


「裁きの時である。決断の時である。処断の時である────あらゆる生命は、ここで終わる」


 誰もが守りの内側にいて、なお跪き、頭を垂れてしまう。


 圧倒的だった。

 強い、弱いの次元の話ではなく、ただひたすらに、存在が違う。


「余こそは、滅亡を齎す世界の機構」


 顎がゆるりと開かれる。

 そこにあったのは、破滅の光だった。

 生命を終わらせ、世界を終わらせる、魔の光。


「────破滅の光を此処に。余は、全てを終わらせるもの」

「おいおい、気が早くないか? もう少しくらい、せんせーたちとお話してほしいところなんだけど」


 ただ一人、アテナ・スィーグレット、あるいは、ノエル・ヴァルトリク・リスタリアは、魔装を伴い、魔王の前へと姿を晒した。


 互いが自然と発生させる魔力がぶつかり合って、空間が軋んで悲鳴を上げる。


(うわ、本当にアテナの記憶通りだなあ……生徒と先生を丸ごと守ってるせいでナタリアあいつが動けないの、やっぱり最悪だよ)


 会場の状況を把握しながら、彼女は小さく舌打ちをする。

 もしも庇護すべき生徒がいなければ、とっくにナタリアが動いているはずなのだ。


 それが出来ない────故にこそ、元々彼女はこのタイミングで、襲撃を仕掛けようと画策していたのだが。


「……抗う者か」

「ま、そんなところかな──魔王様はさ、どうやって封印から解き放たれたんだい?」

「世界がそう望んだが故に、余は解き放たれた。ただ、それだけのこと」


 まるで世界に意志があるとでも言うような台詞に、アテナノエルは冷や汗を流しながら、未来の少年が立てていた予測は、概ね間違っていなかったのか、と納得をする。


 前回の顕現時には、対話をすることすら叶わなかった。

 何故。どうして。何のために。

 そういった理由の一つすら聞き出せず、戦いは始まってしまった。


 誰もがひたすらに動揺し、生まれてしまった多くの死体の上に立つ形で、一応の撃退となった。


 あのような悲劇は、もう繰り返してはならない。

 自身と完全に混ざり合った、半身とでも呼ぶべきアテナの記憶が、そう叫んでいる。


「これ以上の言葉は不要である────この星は、世界は、これにて終わりであるのだから」

「ッ──短気だなあ! もうちょっとくらい、悠長にしてくれても良いだろうに!」

「遡行者であれば、時の重要さは分かるであろう」


 瞬間、重圧は更に増した。

 溢れ出る魔力が指向性を持ち、破滅の光は膨れ上がった。


「王核起動──第一、第二、第三拘束解除」


 ナタリア・ステラスオーノが息を呑む。

 アテナノエルは杖を掲げ、会場を更に守護魔法で包み上げた。


「王核覚醒──第四、第五、第六拘束解除」


 それは世界を終末に導く、終わりの宣言。

 創世されると同時に用意されていた、世界の自滅機構。その一つ。


「王核展開──第七拘束解除」


 本来、魔王とそれ・・は別物だ。

 しかし、世界の揺らぎによって、偶然にもそれは一つになった。


 故にこそ、魔王には明確な自我が無い。

 あるいは、自我そのものと、滅亡への機構が一体化している。


「之なるは、始まりの破滅。第一の滅亡」


 ナタリアは、犠牲を出さないことを諦めるか否かの瀬戸際にいた。

 一撃は耐えられる。確実に、誰も死なせない自信がある──だが、その次は?


 生徒がいる以上、防戦に徹しざるを得ない。されども、それは死をほんの少しだけ、先送りにするだけだ。

 あるいは攻撃に入れば、撃退することは可能だろう。


 これもまた、間違いがない──魔王とはいえ、あれはまだ未完全だ。

 封印から出てきたばかりで、あらゆる力が本来のそれには及んでいない。


 しかし、そうだとしても、攻撃の余波だけで死人が出る。百や二百程度の規模を大きく超える、死人が。

 当然ながら、被害が少ないのは後者だ────しかし、決断は容易ではない。


 どうすれば良い、と。

 思考が停滞しかける。


 そんな様子を観察しながら、アテナノエルはほくそ笑む。

 殺す気は失せたものの、禍根が消えた訳ではない。


 その苦渋に満ちた面を拝めたことで、一先ずは留飲を下げるとするか、と気合を入れた。

 ────アテナノエルがここで、魔王を叩きのめすことは可能だ。


 だが、彼女はそれをしない。

 何故なら、それでは意味が無いから。

 もっと強くなってもらわなければならない少年がいる。


 少し先の未来で、己の非力さに泣いた少年が、記憶に刻まれている。

 英雄になるべき、少年を知っている。


「だからほら、そろそろ出番だよ。甘楽」


 微笑みながら、彼女は空を見上げる。

 真夏に相応しい太陽を背に、一つの影がそこにあった。




「砲撃魔法:重複拡大展開」

『Magia del bombardamento:Espansione di Distribuzione duplicata』


 蒼色の巨大魔法陣が、空を埋め尽くすほどに展開される。

 展開数は優に百を超えており、その一つ一つが、上級魔獣であっても掠めただけで殺せるだろう。


「弾種:限定無し」

『proiettile:Illimitato』


 あまりにも膨大な演算量に、杖が悲鳴を上げる。


 処理しきれなかった部分が反映され、解れ始めた魔法陣を見上げた甘楽は、零れた演算を、無意識的に


「目標捕捉────3,2,1」

『Sparare!』


 火花を上げ、自壊していく杖が絶叫をする。

 瞬間、百を超えた砲撃は解き放たれた。


 それは、裁きを下す絶対者に向けられた、抗いの牙。

 危険を察し、上空へと放たれた破滅の光とぶつかり合った蒼の砲撃は、しかし、拮抗することなく吞み込んだ。


 それこそ、裁きのように。

 天空より落とされた連なる砲撃は、余すことなく魔王の全身へと降り注いだ。










 んもおおおおおおお! 何で八章でやっと出て来る魔王がもう出て来てんだよぉーーーーーッ!!!


 封印はどうなってんだ封印は!

 一章の途中でラスボスが揃うんじゃねぇ!


 ただでさえ、それなりに疲労してる身体に鞭打って無茶したのに、結構ケロッとした顔しやがって……!

 ちょっとは痛いくらい言いやがれ……!


 クソッ、何でこんな危険を自ら犯さなきゃいけないんだ……いや、俺のせいらしいから、そんな文句言えないんだけど……。

 つーかこれ、立華くんが気絶している以上、絶対に殺すことはできないから、撤退させるしか無いんだけど、どうすれば良いんだろうな。


 大気に漂う魔力を収束・変換し続けて、俺二、三人分の魔力をぶち込んだのに平気そうな顔してるから、正直力押し出来るかすら分からないぞ。

 未完成状態とは言え、流石魔王と言うべきか、弱点属性とか無いし……。


 満面の笑みでサムズアップして来る辺り、アテナ先生黒帝は、ガチで俺一人にこいつを叩かせる気満々なのが伝わってくるし……。


 しかも杖、壊れちゃたんだよな。

 魔法使えなくない? え? 終わりじゃん……。


 甘楽おれ、設定的に魔術属性無いし、マジで打つ手無いぞ……。

 …………やはり、拳か? 男らしく、原始的な暴力で挑むべきなのかもしれない。


 ギラギラと目を輝かせ、如何にも「お前を殺す!」みたいな面をした魔王を前に、俺は大きく息を吐いた。




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