過去と今と未来と-2

※残虐表現が強めですのでご注意ください。

特に母子に関する残虐描写があります。


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 フランツは異常に強かった。そして、妙な戦い方をする。両手の指全てに指輪を嵌めており、その指輪に黒い弦のようなものを収納していた。弦の切れ味は鋭く、人の首でさえも容易く落としてみせた。見たことの無い武器なのでセントラル製かと尋ねたが、そうではないらしい。同じ物を欲しがった乗組員もいたが、使いこなせないとばっさり切られ、誰も使ったことはない。

 メイズは使えない武器に興味は無かったので、リボルバーを好んだ。奪って使い捨てていた頃は何でも良かったが、海賊として黒の海域から離れた場所にも出向くようになり、最新の物を含めた武器が自由に選べるようになった。単発式のマスケットと比べ、連射できるリボルバーには各段に利があった。難点は金属薬莢が限られた流通でしか入手できないことだが、あるところにはあるものだ。黒弦の名を出せば渋る者も少なく、それほど苦労はしなかった。愛用のリボルバーを二丁下げるのが定番のスタイルとなり、黒弦の名が浸透して間もなく、『二丁拳銃のメイズ』の名も浸透していった。


 フランツは、人に名を呼ばれることをひどく嫌った。乗組員には、ただ船長と呼ばせた。迂闊に名を呼んだ者は殺された。人々は、通り名として彼を『悪魔』と呼んだ。言い得て妙だと、メイズは思った。

 メイズも始めは名を呼ばなかったが、副船長と呼ばれ出した頃。フランツから、名を呼ぶことを許された。


 ――お前は俺によく似てるよ。


 さすがに誰からも呼ばれなければ、自分の名すら忘れてしまうからと。副船長くらいは、良いという建前だった。本当のところはわからない。

 ちなみに副船長という役職はフランツが与えたものではなく、古参として乗組員をまとめている内に事実上そうなっただけだ。しかし、メイズに実力があったこと、フランツから信頼を置かれていた(ように見えた)ことから、次第にフランツの右腕として知れ渡っていった。


 メイズ自身も、フランツには似たところがあると感じていた。常に一人であること。暴力でしか意思表示ができないこと。他者を疎ましく思うこと。誰も信用していないこと。そして、おそらく。過去に、裏切りを受けていること。そういう昏さを、感じていた。

 だから、この船にはきっと長くいるだろうと思っていた。もしかしたら、この船で生涯を終えるかもしれないとも。他に行き場も無かった。


 それでも。決別の時は訪れた。


 小さな島を襲った。目についた住民はいくらでも殺したし、金目の物と食糧はほとんど奪った。そして最後に、火をつけた。

 過剰な残虐行為は、乗組員の趣味でもあったが、時には演出として必要だった。このような目に遭うぞと脅しておけば、無駄に逆らう者が減る。

 悲鳴は慣れたものだった。それはただの音でしかなく、耳を素通りしていく。しかしその時、妙に耳についた音があった。

 赤子の泣き声だった。

 足の折れた母親は這いずるようにして、赤子に手を伸ばしていた。しかし非情な海賊は、母親の目の前で赤子を拾い上げ、炎の中へと投げ入れた。泣き声はあっという間に聞こえなくなった。

 半狂乱の母親を笑い飛ばす海賊は、近づいてくるフランツを目にして、何事か声をかけた。それを聞いたフランツは、ひょいと赤子を炎の中から拾い上げた。

 赤子の肉はすっかり焼けただれ、ひどい臭いが風に乗って漂う。その赤子を持ったまま、フランツは母親の前に屈み込んだ。

 酷薄な笑みを浮かべて、フランツは母親に何かを告げた。母親の目が、こぼれんばかりに見開かれる。

 鬼の形相で叫ぼうとする母親の口元に、フランツが赤子を押しつけた。母親はぎゅっと口を閉じて、滂沱の涙を流しながら、それでもフランツを睨みつけた。それを受けたフランツは、愉快そうに笑った。


 ――ああ、そうか。このままじゃ喰いづらいよな。一口大に切ってやるか。


 指輪から黒い弦が伸びたのを見た瞬間、メイズはほとんど反射的に、フランツの手を撃ち抜いた。

 時間が止まったようだった。撃ったメイズ自身が、一番驚いていた。手が震えている。


「メイズ」


 ぞっと全身に鳥肌が立つ。逃げろと脳が警鐘を鳴らしている。それなのに、一歩も動けなかった。


「お前、今、何した?」


 底冷えするような赤い瞳。まずい、と引き金を引くが、弾丸は全て黒い弦によって弾かれた。そしてそのまま弦はメイズの足を深く切り裂く。体勢を崩し、メイズが膝をついた。


「逆らったのか? お前が? 俺に?」


 言葉こそ疑問形だが、答えなどは求めていないだろう。弦はメイズを縛り上げ、その体を刻んだ。


「なんだ。何が気に障った? 女子おんなこどもだからって情けをかけるような性質タチじゃねェだろ」


 その通りだ。答えるつもりの無いメイズは、全身を襲う痛みに、歯を食いしばった。


「なんだろうなァ……母親、か?」


 確かめるように口にした言葉に、メイズは表情を変えなかった。しかしフランツは弦を伸ばし、母親の体を刻んだ。悲鳴を上げる間も無く、母親は肉塊となった。

 赤黒い肉の塊と。黒焦げた肉の塊が。隣に、並んだ。


「どういうつもりか知らねェが。覚悟はできてンだろうな」

「……好きにしろ」


 勢いでした行動だが、後悔は無い。反省も謝罪も、フランツには無意味だ。好きなだけ甚振って殺せばいい。諦めたように、メイズは目を閉じた。


「――そうだな。殺しても、お前には意味がねェだろうな」


 戒めが解かれ、メイズの体が地に倒れ伏す。急に肺に酸素が流れ込み、メイズは咳き込んだ。


「殺すのはやめだ。お前は、生きてる方が辛いだろ」


 冷めた瞳は、もうすっかり興味を失ったようだった。


「おい。こいつ適当に痛めつけて、どっか遠い島に捨ててこい。殺すなよ」


 黒弦の乗組員にそう告げて、フランツはその場を去った。メイズには、一瞥もくれなかった。

 そうして、フランツの手により既に弱っていたメイズは、ろくに抵抗することもなく黒弦の仲間だった者たちに甚振られ。ぼろ雑巾のようになって、赤の海域、ブエルシナ島に捨てられるのだった。

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