第1章03 Ragnarok Cup

 翌日、大学のオンライン講義を流しながら、俺は弥勒さんと昨日のやり取りの続きをしていた。


 Ragnarok Cupの開催日は5月9日(日)。全体練習期間として5日~8日の4日間はRagnarok主催のカスタムマッチが開かれる。情報解禁は5月1日(水)から、とのことだ。日程については問題ないが、自分でも過去の大会概要を確認したなかで、気になった点をいくつか質問する。


「俺とSetoって同じチームで出るんだよね? それだとポイント的に組むのはゴールド以下のレートの人になるの?」


 Ragnarok Cupはプロも参戦するが、あくまで位置づけはカジュアル大会だ。そのため、チームの実力に大きな差が生まれないように、レート毎にポイントが割り振られ、チームメンバーの合計ポイント24ポイント以下にならなければならない。レート毎のポイントや減算対象については以下のとおりだ。


 ブロンズ~ゴールド・・・2ポイント

 プラチナ・・・3ポイント

 ダイヤⅢ・Ⅳ・・・4ポイント

 ダイヤⅠ~Ⅱ・・・6ポイント

 グランデ・・・8ポイント

 パンデモニウム・・・10ポイント

 競技勢(プロ)・・・12ポイント~14ポイント

 女性プレイヤー・・・-2ポイント(1チーム1人のみ適用可)

 言語のコミュニケーション困難・・・-2ポイント

 弥勒のお題・・・-2ポイント(詳細は後日発表)


 過去シーズンの最高到達レートが適用されるため、現在のレートがブロンズだから2ポイントとはならない。俺とSetoのポイントについては12ポイントでいいらしい。ただ、それでも2人ですでに24ポイントと上限に達していた。


「てことは俺らが組めるのは、弥勒さんのお題…をクリアしたうえで、女性プレイヤーだったらダイヤⅢまでのプレイヤーと組めるってことか」

「そうだね。今回2人は俺の招待枠として出てもらうから、別チームにはしないよ。ただ、競技勢2人はかなり強いから、何かしらの制限を追加することになるかもしれない」


「まぁ仕方ないよね。大会直前に制限ってのはきついからなるべく早く教えてほしいってくらいかな」

「ありがとう。それと、今回組むメンバーについても相談があるんだよね」


 これまでよりも少しトーンを落とした弥勒さんに、俺は真剣な雰囲気を感じた。


「ん? もう誰か候補がいるとか?」

「そう。H4Y4T0はVtuber詳しい?」

「いや、そんなにだね。有名な人は何人か知ってるくらいかな」


 Vtuberとは、2Dもしくは3Dのアバターを使って活動している配信者のこと…だと思う。アニメのキャラクターが配信しているような認識だ。


「実は今回、お前とSetoには楠 日和(くすのき ひより)って子と組んでもらえないかなって思ってる」

「楠さんかぁ。配信を見たことあるわけじゃないけど、名前は聞いたことあるな。よくTBの配信してるでしょ」


 Vtuber界隈には詳しくない俺だが、配信者として活動するなかで関連動画に何度か上がってきていたので覚えがあった。


 PCで名前を検索するとすぐに楠さんのプロフィールが出てくる。銀髪のショートヘアで碧眼。透明感のある雰囲気で、表情を見る限りクールよりは明るめな印象を受ける。


 服装は基本となる黒と白を基調としたジャケットスカートの制服があり、それ以外に軍服やパジャマといったバージョンもあるようだ。


「知ってたか。まぁ軽く補足すると、ひーちゃんは…」

「ひーちゃん?」


 俺の言葉などまるで聞こえていないかのように無視しながら、楠さんの詳細…すぎる情報を共有してきた。


 ほとんど覚えてないなかでとにかく分かったのは、楠さんはVtuber事務所として大手の“ぶいあど”に所属しており、活動2年目。


 登録者50万人を抱えている。年齢は非公開だがお酒は飲めないのでおそらく俺とほぼ同年代。


 もともとは歌ってみた配信やレトロゲーム実況がメインだったが、TBにドはまりしてからはほぼ毎日6時間以上TBの配信を行っている。


 FPS経験はTBが初めて…ということらしい。あとはここが可愛いだのこの配信が神だっただのとひたすら語り続けている。俺は途中で聞くのをやめてオンライン講義のスクショを保存したりしていた。


「…とまぁこんな風に、ひーちゃんは今一番熱いVtuberで…。H4Y4T0、聞いてるか?」

「聞いてる聞いてる」

「ひーちゃんの魅力は伝わったかな?」

「聞いてる聞いてる」

「ひーちゃんの配信開始のときのあいさつは?」

「聞いてる聞いてる」

「聞いてねぇじゃねえか!」


 いきなり怒鳴るからびくっとしてしまった。キーンと耳鳴りを感じながら、俺もイラっとしたので怒鳴り返す。


「いきなり怒鳴んじゃねぇ! だいたいガチオタの早口布教なんて真面目に聞いてられるか! 他所でやれ!」

「お前…燃やされたいのか?」

「燃え尽きちまえよめんどくせぇ」


 こっちの氷点下まで冷め切った口調でようやく落ち着きを取り戻したのか、普段の様子に戻ったようだ。


「すまん、少しテンションが上がっちまった」

「どこが少しだよ。とんだ過激派だったよ」

「悪かったよ。で、真面目な話に戻るんだけど、ひーちゃんのことを見てやってほしいんだよね」

「それってコーチングってこと?」


 俺の問いに、弥勒さんはしばらく逡巡する様子を伺わせた。


「コーチングってのもそうなんだけど、最近悩んでるみたいでさ。見てて、あんまり楽しそうじゃない…ていうか、苦しそうというか」

「ふ~ん、それだけじゃよく分かんないけど、レートが伸び悩んでるとか?」

「それもある。ただ、この界隈特有なのかもしれないけど、コラボ配信とかで強い人とフルパを組んでレートをやるとすぐにアンチが湧くんだよ。キャリーだってさ」

「馬鹿じゃねぇの?」


 本当に、馬鹿馬鹿しい話があったもんだ。とてもこのゲームを理解している人間の発言とは思えない。


「このゲームって3人でチーム組んでやるもんじゃん。それに、ダイヤなら上位帯だ。ボイチャを繋いだフルパで挑む人のほうが多くなってくるし、連携しないと勝てない。ソロで挑むなんてそれこそパンデモニウムの常連みたいな奴らの縛り企画とかじゃない限り成立しない」


「H4Y4T0のいう通りだよ。ただ、アンチにそんな理由は通じないんだよ。滅茶苦茶言ってるんだから、気にしなきゃいいんだけど、どうしても気にしちゃうみたいでさ。

 最近は意地になってるのかレートはソロでしかやらなくなっちゃってるんだよね。でもH4Y4T0の言う通りレート戦は甘くない。案の定レートはダイヤⅣの底だよ。


 降格保護があるからダイヤ以下には落ちないけど、ひーちゃん自身どうしたらいいか分からなくて行き詰ってるみたいなんだよね」


 TBでは、シーズン中に上のTierに到達した場合、その後の対戦の結果レートが下がったとしても下のTierに落ちないよう降格保護が適用されている。


 これは上のTierに到達した時点で降格を恐れてプレイしなくなるのを避けるためのものだ。


 批判もあるが運営視点で考えれば妥当な制度かとも思う。最も、グランデ以上には適用されないけど、それは今は関係ない。


「なるほどねぇ。そりゃ楽しいわけないな」

「だろ? 俺の推しってのもあるけど、TBの人気を広めていくうえで今言ったような雰囲気って嫌いなんだよね。だから、お前らの力を借りれないかと思ってさ。


同年代だし、Vtuber界隈にこれまで関わってきてないお前らとなら何かいいきっかけを掴めるかもしれない」


 いつになく真面目な弥勒さんの頼みに、俺は黙考する。たしかに、ソロでやらなきゃキャリーなんて理屈は馬鹿げてるし、そんな風潮があるのは気に入らない。


 大好きなこのゲームを、そんなくだらない理由で嫌いになってしまうかもしれない。そう思うと、楠さんのことを不憫に思ってしまうのは当然だろう。


「分かった。俺はいいよ。Setoにも確認するけど多分断らないと思う」

「よかった。助かるよ」

「ただ俺もSetoも楠さんとは何も接点ないから、声のかけようがないんだけど」


「それは大丈夫。Setoの了解が取れたら俺からひーちゃんに伝えるから。表向きは今回H4Y4T0がメンバー選定のできるリーダー権を持ってて、知り合いがいないから誰か紹介してくれって俺が頼まれたってテイでいこうと思う」

「いんじゃん? でも断られない?」


「そこは俺が説得するから任せとけ。ひーちゃんのためならたとえ火の中水の中草の中」

「スカートの中は覗くなよ?」

「初代よく知ってるな」

「小さいころに全部見たんだよ。じゃあ今日はこのくらいかな。Setoに伝えてメッセするよ」

「あぁ、頼んだ。じゃあまた」


 通話が終わり、そのまま俺はSetoにメッセージを送る。オンライン講義を受けながら、しばらくして一言OKと返事が届いた。


 弥勒さんに了解が取れたことを伝えるころには講義も終わっており、俺は昼食を食べてからいつもの練習を黙々と取り組んだ。

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