Ch5-2

 その反応は、千里の読みが的中したことを表す。

「知ってる人ですね」

「はい・・・三か月ほど前にいらして、私が対応しました」

「どんな話をされたんですか」

「たしか・・・・・・」




 新宿中央署で捜査会議が行なわれる。


 栃木県警の情報から、拳銃強奪事件の重要参考人が公開された。


 鴻上孜こうがみつとむという男。ごく一般的な会社員。事件から一週間後に事故死している。


 県警の調べによれば、この男には動機があり、おおよその入手経路も割れている。犯人である可能性は極めて高い。


 しかし、なぜ拳銃が渡ったのかは不明だ。売ったのか、もしくは譲ったのか、いまだ定かでない。


 捜査側は、鴻上の周辺を洗うことになった。


 会議が進む声を耳に入れながら、千里はノートパソコンで解剖所見を見ていた。




 その後、アンティーク雑貨を扱う店を訪ねた千里は、犯人の素性を知る男、森本もりもとから話を聞いた。


 年配の森本は、数ある商品を整理している。

「人は外見と内面とで差がある。彼がまさにそうだった。大きな差があった」

「あの男は殺人を犯しました。ひとりだけでなく、何人も」

「君はまさか、彼がやったと思っているのか」

「ええ。だから、あなたに会いに」

「これも、捜査の一環かね」

「はい」

「そうか・・・・・・」


 森本は懐古する。

「彼は十代の頃、東北の田舎で暮らしていた。目立たない内気な子でね、まるで透明人間のようだった」


 徐々に表情が暗くなっていく。

「ある時、家畜を屠殺とさつする現場を目撃した。それ以来、彼は妄想を抱くようになった。殺人念慮ってやつだな。人を殺してみたい欲求が芽生えたんだ」


 ひとつ息を吐き、話を進める。

「しかし、その根性がなかったんだろう。代わりに家畜を皆殺しにした。ひどく残酷な方法でね。それでも、彼の欲求は満たされなかった」


 千里は尋ねる。

「では、当時も人を殺したんですか?」

「誰も殺してはいない。だが、彼はそこで気づいたらしい。物を使うのはダメだと。自身の手で、自身の感触で、相手を殺す。そうすることで、充足感を得られるかもしれないとね」


 ふと疑問が生じ、千里は呟く。

「だったら、どうして今まで何もしなかったのか・・・・・・」


 森本は答える。

「衝動はあったが、自分で抑え込んでいたんだろう。さっきの家畜の件も、当時は問題になったからね。それに、親や教師が目を光らせていた」


 さらに補足する。

「常に監視されているという状況が、衝動を自制し、独立した後も続いたのかもしれん」

「けど、それも限界に達した」

「彼が本当に犯人ならば、おそらくそうだろう。だが、何かきっかけがあったはずだ」


 千里の脳裏に蓮が浮かぶ。

「あいつは、殺人犯の少年と出会っています。それじゃないですか」

「彼は知っていたのか、その少年が殺人犯だと」

「知ってると思います。殺人に関する話をした節がありました」

「だとするならば、少年の言葉によって自制が解かれた。その可能性は大いにあるな」


 犯人はどこにいるのか、千里は問う。

「奴の行き先に心当たりはありませんか」


 森本は首を振った。

「もう二十年以上も顔を合わせていない」

「そうですか・・・・・・」

「ただ、彼は業者に書類を預けているらしい。人づてに聞いた話だが」

「場所はご存じですか」

「会社のパンフレットをもらってある。少し待っていなさい」


 そう言うと、森本は店の奥へと入っていく。


 千里は思った。事件に繋がりさえすれば、どんな手がかりでもいいと。




 やがて、森本が戻ってくる。


 パンフレットのほかに、一冊のノートも持っていた。


 それらを千里に差し出す。

「今も言ったが、遠い知人から聞いたことだ。実際のところはわからんよ」

「だとしても、私には助かります。で、これは?」


 千里はノートを示した。森本は言う。

「この際だから、見せてあげようと思ってね。開いてみなさい」


 そのとおりにページをめくると、絵が描かれていた。おぞましい絵だった。


 首を斬られた人間。刃物で刺された人間。バラバラにされた人間。いずれも血を噴き出している。


 凄惨としか言いようのないイラストが、鉛筆で描かれていた。


 森本が口を開く。

「こうやって衝動を抑えていたんだよ」

「ぶっ飛んでるわね・・・・・・」

「もしも彼が犯人ならば、自分でも制御できない状態に陥っているはずだ」

「つまり、奴は暴走してる」

「一刻も早く捕まえねばならない。犠牲者が増えてしまう」

「それは、元カウンセラーとしての意見ですか」

「ああ・・・そうだ・・・・・・」




 新宿区内の大きな倉庫。そこが会社であった。文書の保管サービスをしているという。


 担当者に該当の箱を出してもらい、中身を探り回る。


 何十枚もの書類を確認していく千里は、そのうちのひとつ、分厚い封筒に目が留まった。


 A3サイズの封筒だった。用紙の束が入っている。それを丸ごと抜き取った。


 すべてが色褪せたものを一枚一枚と読み、ふと感じた。


 千里は意味ありげに微笑む。

「へえ・・・思い出の品ってわけか・・・・・・」


 わずか一歩ではあるが、犯人の深層心理に潜り込んだ気がした。




 新宿中央署。会議室に向かう千里の前に、滝石が現れた。


 滝石は神妙な面持ちだった。

「お待ちしていました」

「どうしたの?」

「ちょっと話したいことがあって。屋上行きませんか」

「ここじゃダメなの?」

「まあ・・・はい。人の目があるんで」

「は?どういうこと?」

「いいからいいから、行きましょう!」




 誰もいない署の屋上。晴れた青空には、ゆっくりと白い雲が動いている。


 半ば強引に連れてこられ、千里は眉を顰めた。

「話って何よ?」


 硬い表情になり、滝石は言った。

「まず・・・ごめんなさい!」


 そう言うと、深く腰を折った。益々わからない。

「ねえ。何がしたいの?」


 ゆっくりと頭を上げ、理由を明かす。

「綿矢管理官から聞きました。妹さんについて」


 千里が怖い顔になる。

「あいつが話したの!?」

「僕が頼んだんです。話してほしいって」

「なんで?」

「知りたかったんです。緋波さんがどういう人なのかを」

「余計な詮索しないでよ!」

「すみません・・・・・・」

「で、綿矢は話したんだ?」

「はい」

「あのクソジジイ・・・・・・」


 舌打ちした千里に向け、滝石が言う。

「昔と今では、だいぶ違っていたみたいですね。緋波さん」

「だから何なの」

「妹さんを亡くしたことで、あなたは変わった」


 はっきりと脳裏に焼きつく辛い記憶。千里は口を閉じ、背を向けた。

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