Ch4-5
千里が口を開く。
「言って」
「松原刑事が撃ったスマホですが、解析は不可能とのことです。だた、SIMカードは生きていました」
「それで?」
「もう一台のほうを解析したところ、削除されたデータの中にこれが」
諸星はタブレットを操作し、画面を見せた。それは動画だった。
どこかの街中のベンチ。ぐったりと眠っている男の上着から、松原が財布を抜き取っている瞬間が映し出されている。
諸星が言う。
「財布の持ち主は全員、交番に遺失届を出していました。それに、松原刑事とも面識がありました。いずれも酒の席で顔を合わせています」
その先を千里が読む。
「松原に酔わされて、気づいたら財布がなくなっちゃってた」
「はい。彼とは初対面で、おごるからと言われたそうです」
「やっぱりね。あいつの部屋から睡眠薬が押収された。松原は昏睡強盗をしてたのよ」
「となると、少なくとも二年前からでしょうね。この動画もそうですから」
「だけど、犯人はどうやって知ったのか」
「彼が刑事だということですか」
「ええ。もしかして、動画で名乗ってたとか」
「よくわかりましたね。見てください」
諸星は動画の続きを再生させる。
松原が財布を盗んだ直後、警ら中の制服警官ふたりが通りがかり、声をかけた。
財布を隠した松原は、代わりに警察手帳を出し、所属と名前を言った。
それから、ふたりに介抱を任せると、自分はそそくさと立ち去った。
千里は腕を組む。
「だから、脅しのネタに使ったってわけね」
「この動画が送られた同時刻に、非通知の着信が入っていました」
「番号は調べたんでしょ」
「はい。岡田のスマホに残っていた番号と一緒です」
松原の面くらう顔が浮かぶ。
「つまりは同一犯。あいつも驚いたでしょうね」
そして、乾いた微笑を浮かべるのだった。
同じ頃、滝石は望月に直談判していた。蓮の自宅を捜索する件であった。
「管理官が認めたんです。令状は出せないんですか」
「その管理官が言ったんだ。現時点でやる必要はないと」
「なぜです?」
「わからんよ。何か考えがあるんだろう」
望月は頭を抱えた。
「そんなことより、こっちは混乱してるんだ。警察幹部の息子が関わってるとは思わなかった。今も整理がつかん。少し放っておいてくれ」
思わぬプレッシャーがかかったのだろうが、どうも納得がいかない。
そう感じながらも、滝石は身を返した。
千里は話題を変え、諸星に訊いた。
「で、岡田にかかってきたスマホのほうは?そっちはどうなってんの?」
「調べたんですが、事件と無関係の人の名義で契約されていました。書類も偽造された物です。一応データは残ってたんですが、あまり意味がありません」
案の定といった様子の千里は、続けて問う。
「でも、店には顔出してたんでしょ?」
「来店はしていたようですが、顔までは覚えていないと。なにせ、二年も前のことですから」
「防犯カメラは?」
「とっくに削除されています。容量を超えると、そうなる仕組みのようで」
「古い順から上書きされちゃうってことか」
「おっしゃるとおりです」
千里は少し考え、やがて言った。
「松原が壊したスマホ、SIMカードは問題ないんだよね」
「はい。傷ひとつありません」
「別のスマホに差し込めば、通話はできる」
「ええ。できますね」
「犯人はまだ、松原の死を知らない」
「そうか。いずれ犯人から電話がかかってくる。それを逆探知すれば」
「居場所が掴める・・・かもね」
「係長に言ってきます!」
申し出を受け入れた望月は、早速準備に取りかかった。次々と専用機器が設置される。
その望月に、千里は告げた。
「もしも電話が来たら、私が出るから」
捜査員は行き来する会議室。代替物のスマートフォンが、上座の机に置かれている。
その机に腰を下ろし、千里はじっと待っていた。いつかいつかと。
一時間後、スマートフォンが着信音を鳴らした。
画面には、≪非通知≫と表示されている。
千里は背を向けたまま、軽く片手を挙げた。望月が静かにするよう叫ぶ。
皆が声を押し殺し、耳を澄ます。千里は電話に出た。
現在の逆探知は、一瞬で居場所を特定できる。繋がった瞬間に、電話会社を通じて発信元の番号が記録される。昔のように長引かせる必要がない。
千里は沈黙した。奥から聞こえるのは、人々のざわめきだった。
ヘッドホンをつけた捜査員が、望月に小声で報告する。
「わかりました。発信は西新宿の基地局です。場所は神楽坂一丁目、地下鉄東西線の駅近く」
「すぐに捜査員を向かわせろ」
そう指示すると、望月は千里に電話を切れと合図を出した。
千里はそのとおりにした。
ところが、またも非通知の電話が鳴る。
スマートフォンをぶらぶらと示し、千里は尋ねた。
「どうすんの?出る?」
望月は悩んだ末に答えた。
「ああ。とりあえず出ろ」
千里が受話口に耳を当てると、なにやらトントンと叩く音がする。断続的に聞こえた。
その意味するところを、千里は把握していた。冷たく笑みを浮かべる。
「そうよ。私よ」
捜査員にはわからない。望月に訊く。
「この音、何なんですか?」
「モールス信号だ」
「え?相手は何て?」
「『緋波千里か』と訊いてる」
この不可思議なやり取りを、会話とも言えない会話を、千里は続けていた。
「あんたが犯人ね」
『そうだ』
「やっぱり、私を知ってたんだ」
『私にとって、あなたは特別な存在だ』
「愛の告白みたいね」
『ある意味では、そうかもしれない』
「松原は気にならないの?」
『おそらく、私の名を言わずに死んだか』
「正解よ。で、次は誰を殺すつもり?」
『女だ。すでに焦点を定めた』
「いつ実行するの?教えてくれない?」
『無理な相談だ。自分で捜せ』
「そう・・・・・・」
すると、千里は受話口を指先で叩き、それら長短を重ね合わせ、犯人にメッセージを送った。
千里が一方的に電話を切ると、場が騒がしくなった。捜査員たちがせわしく動き回る。
望月は厳しい表情で歩み寄った。
「おい。さっきのあれ、どういう意味だ」
「ちょっとカマかけただけよ。気にしないで」
「余計なことするな。犯人を挑発してどうする」
「はいはい。わかってますよ」
千里が犯人に伝えたメッセージは、こうであった。
『私は、あんたが誰かを知ってる。いつか必ず、犯した罪を後悔させて、地獄に落とす』
しばらくして、捜査員がスマートフォンを発見した。
SIMカードを抜かれた状態で、道端に捨てられていたのだ。
当然ながら、指紋などは拭き取られていた。
犯人を取り逃がしてしまい、現場の捜査員は地団太を踏んだ。悔しいのは望月も同じだった。
その夜、千里と滝石のふたりは、新宿区内のファストフード店にいた。
一階にある窓側の席。洋楽のBGMが流れるなか、隣同士で座っている。
ハンバーガーにがっつく滝石に対し、千里は食欲が湧かず、コーヒーだけを口に含む。
この空の下で、犯人は息を潜め、獲物を狙っている。
まばらに行き交う人々。そのひとつひとつの表情を目にしながら、千里は苦悩するのだった。
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