Ch4-3

 どこか怯えた様子の男は、松原だった。


 千里は机の上に片足を乗せ、勢いよく飛び越えると、松原に歩み寄った。


 そして、強引に上着の内ポケットに手を突っ込む。


 出てきたのは、一台のスマートフォンだった。


 それを千里が示す。

「これなに?」

「すまない。出すの忘れてたんだよ」

「なんで二台持ってんの?」

「俺の勝手だろ」

「だったらこれ、調べさせてもらうわよ」

「やめろよ!個人情報だぞ!」


 スマートフォンを傍らの机に放り投げ、千里が説明する。

「六件目の殺人が起きたのは、被害者の死亡推定時刻から考えて、捜査会議で警戒区域が発表される前。ここの刑事課に連絡が行った後。その間よ」


 望月が推し量る。

「あの時点で警戒区域を知っていたのは、この五人・・・となると・・・まさか・・・・・・」

「そういうこと。だから、私は疑った」

「正式発表の前に、内部情報を犯人に漏らした奴がいる」

「ピンポン。あんたの言うとおり」

「内通者は必ず、犯人との連絡手段を持つと踏んだ。そのために身体検査をさせた」

「まあ、そんなところね」


 千里はスマートフォンを顎で指す。

「これで連絡とってたの?」


 うなだれる松原を見て、小野寺が信じ難く声を発した。

「違うよな。お前がやるわけない。違うなら違うって、正直に言ってくれ」


 部下を想う片鱗が覗く。


 その一方で、千里が威圧する。

「疑いを晴らしたいなら、調べてもいいわよね」


 次の瞬間、松原は目を大きく開かせ、叫ぶ。

「あ・・・ああーっ!」


 顔を上げ、ホルスターから拳銃を抜き、両手に構えた。


 空気が凍りつく。銃口を向けられた千里は動じず、落ち着いている。


 小野寺は怒鳴った。

「松原!やめろ!」


 捜査員たちも必死に呼びかけた。しかし、松原の耳には入らない。


 やがて、銃口はスマートフォンに向けられ、火を噴いた。


 銃弾によって穴が開き、床に転げ落ちる。


 松原は正気を失いつつあった。

「動くな。動くなよ」


 じりじりと後方へ下がっていく。こうしたなか、千里が訊いた。

「犯人に情報流してたの?」


 松原が立ち止まる。

「二年前に終わってたはずなのに・・・あんなの渡しやがって・・・あいつ・・・・・・」


 忌々しげに、自身が撃ったスマートフォンを見る。


 千里は気にかかった。

「あんた、前にも同じ犯人に・・・・・・」


 松原はうなずく。

「俺も帳場にいたからな」


 千里が問いただす。

「犯人は誰?」


 松原は拒絶した。

「自分で調べろよ。捜一だろ」


 それならと質問を変える。

「じゃあ、次は答えて。私の人事資料を見た奴がいる。あんたでしょ」

「やりたくてやったんじゃない。あいつに従っただけだ。あいつの考えだ」

「へえ・・・そうなんだ・・・・・・」


 千里が獰猛な目になる。

「私の家族のこと、犯人にチクったのか・・・・・・」


 松原の手が震え出す。

「仕方なかった。脅されてたんだ。まさか殺すなんて思わなかった」


 次第に追い詰められていく。


 小野寺は説得にかかった。

「松原、もういいだろう。話なら取り調べで聞く。悪いようにはしない。だから銃を置け。な?」


 その松原を取り押さえようと、捜査員たちが隙を伺う。出入り口にも張り付いた。


 退路を断たれ、八方塞がりとなった松原は、悲壮感の漂う顔色で呟く。

「バチが当たったんだなあ・・・俺は・・・・・・」


 一瞬の後、銃口を胸に押し当て、引き金を引いた。


 銃声が署内に響き渡る。背中から血が飛び散り、松原はバタンとくずおれた。


 周囲が騒然とするなか、千里だけはひとり、言いようのない心境のまま、その場に佇んでいた。




 署の屋上で、フェンスを掴んでうつむく千里は、どこか沈んだ様子でいた。


 ふと気づいて隣を見ると、鈴乃が立っている。


 千里は囁く。

「怒ってる?」


 鈴乃は口を開かない。


 それでも問う。

「私に死んでほしい?」


 鈴乃は黙す。


 千里は鈴乃に触れようとした。だが、風が吹くと共に消えてしまった。


 静かに手を握り締め、愁いを帯びた表情で立ち尽くす。




 そこへ、滝石が階段を駆け上がってきた。


 呆然とした千里を見つけ、歩み寄る。

「ここにいたんですか」

「松原は?」

「搬送中に死亡しました」


 滝石は依然として、驚きを隠せないでいた。

「でもまさか、松原さんが・・・・・・」


 そんな滝石を他所に、千里は命じた。

「松原が持ってた二台のスマホ、すぐに調べて」

「諸星さんが科捜研に持っていきました。ですが、解析には時間がかかるみたいです」

「奴がひとつをぶっ壊したから」

「ええ。何かわかり次第報告します」


 千里は歩き出した。

「ちょっと寝る」


 去っていく千里を見る滝石に、ある関心が芽生えた。




 その日の夜。警視庁の小さい部屋に、滝石はひとり座っていた。


 やや緊張した面持ちでいると、突然に声が聞こえた。

「怪我は平気かね」


 背後に綿矢が立っていた。いつの間に入ってきたのだろう。全く気配を感じなかった。


 怪訝に思いながらも、滝石は立ち上がる。

「はい。平気です」

「それで、私に用というのは?」

「ひとつ、お伺いしたいことがありまして」

「何かな?」


 滝石は真剣な顔で言う。

「緋波さんの過去について」

「過去?」

「管理官なら、ご存じかと思いまして」

「知ってどうする?」

「知りたいんです」

「そうか・・・・・・」




 新宿中央署の捜査本部。小野寺が固定電話の受話器を手に、千里を呼びつけた。

「緋波警視!電話だ!」


 上座の席に来た千里に、受話器を差し出す。

「早く出てくれ」

「誰から?」

「わからん」

「は?」


 小野寺は落ち着きなく、ばつが悪そうに答える。

「英語なんだよ・・・・・・」

「貸して」


 電話を替わった千里は、流暢な英語で話し始めた。




 千里が電話を切ると、小野寺は尋ねた。

「誰だったんだよ?」

「FBI」

「FBI!?なんで?」

「内緒」


 冷たく答え、千里は踵を返した。




 夜が深まる警視庁の一室。綿矢は座るよう勧めると、自身も向かいに座った。


 滝石と対面した綿矢は、淡々と語る。

「彼女は実直で責任感のある警察官だった。キャリアである地位にも偉ぶることなく、とても懸命に捜査に臨んでいた。それが彼女の美点であったが、反対に弱点でもあった」


 どうもイメージと違う。滝石は訊いた。

「自分もこの目で見ましたが、時に言動が暴力的になる面がありました。以前もそうだったんですか?」


 綿矢は首を振る。

「仕事熱心が過ぎて、感情に突き動かされるところはあったが、決して手を上げることはしなかったよ」


 滝石は問う。

「では、どうしてあんな性格に?」


 綿矢が前提を述べる。

「二年前の夏、今回と同様の事件が起きたのは知っているね」

「はい」

「彼女も当時、捜査本部にいた」

「本人から聞いています」


 綿矢は明かした。

「三人目の被害者が、彼女の妹だった。鈴乃さんという女性だ」


 滝石は目を見開いた。綿矢が続ける。

「ご両親はすでに他界されており、唯一の家族は鈴乃さんひとりだけだった。彼女の悲痛な叫びは、今も耳に残っている」


 綿矢は話を進める。

「彼女はショックを受けると同時に、自身を厳しく責めていた。偶発的とはいえ、妹を守れなかった自分を。私は犯罪捜査規範に従い、彼女を捜査から外した」


 滝石は言った。

「被害者が親族だったから・・・・・・」


 綿矢がうなずく。

「あの時から、彼女は壊れた」

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