Ch3-5

 綿矢はサングラス越しに諸星を見据え、異動を打診していた。


 諸星が聞き返す。

「神奈川県警?」

「君を推薦しておいた。重要なポストだ。出世の道も開ける」


 綿矢は語を次ぎ、尋ねる。

「どうかね。引き受けてくれるか」

「はい。私で良ければ」

「そうか。では、正式に辞令を出そう」




 千里と滝石のふたりは、事件現場に臨場していた。


 その現場は東京タワーだった。


 今日の早朝、下部の支柱に吊るされた女の死体を、管理会社の社員が発見した。


 一連の事件と同様の状態であった。


 被害者の名は杉本明子すぎもとあきこ。ITエンジニアで、家族が行方不明者届を出していたため、身元が割れたという。




 滝石が東京タワーの支柱を見上げる。

「こんな高いとこ、どうやって吊るしたんでしょう?」


 その疑問に答えたのは、愛宕西署の刑事である城戸哲朗きどてつろうだった。

「どうやらウインチを使ったようですね」

「建設現場で物を上げ下げする、あの機械ですか」

「ええ。それです」

「何か手がかりは?」

「現場周辺や遺留品、遺体からも指紋は出ませんでしたが、付近に駐車してあったタクシーの車載カメラに、犯行の様子が映っていました」


 城戸は持っていたタブレットを操作し、映像を見せた。ふたりが注視する。


 やや遠くからではあるが、仮面をつけた黒いレインコート姿の男がいる。千里を襲った男だ。


 確かにウインチを用いていた。手動式のようであり、ちょうど遺体を吊り上げているところだった。


 時おり手を休め、ゆっくりと上げている。細身の女性とはいえ、重いのだろうと感じられた。


 しかし、そのとき男がした動作が視界に飛び込み、千里は不審な違和感を覚えた。


 城戸は映像を止めると、タイムコードを指す。

「今日の深夜三時ごろです。目撃者は現在いません」


 そこで、重要な点を知らせる。

「実はこの遺体、扼殺ではないんです」


 滝石は返した。

「もしかして、模倣犯ですか?」


 またかと思った。だが、ラバーマスクにロープ、心臓も抜き取られている。限りなく同一犯だ。少し混乱してしまう。


 城戸が答える。

「いえ。遺体の状態からして、犯人は同じでしょう。ですが、素手で絞めたのではなく、ロープで絞められていたんです。はっきりと跡が残っていました」


 千里は言った。

「解剖に立ち会わせて」




 監察医務院での解剖の後、遺体は安置所に運ばれた。


 千里と滝石、城戸の前で、監察医の眞泉靖まいずみやすしが説明を施す。

「死因は絞殺。愛宕西署の見解と同じです。硬直と死斑の程度から見て、遺体は死後六時間経っています。あと、今回の犯人も同じです。心臓の摘出法が一緒でした」


 滝石は首を傾げる。

「なぜ殺し方を変えたんでしょう・・・・・・」


 眞泉が補足する。

「あともうひとつ。歯根膜しこんまくに炎症がありました」


 城戸が問う。

「というと、つまり?」


 眞泉は自身の歯を指す。

「何かを強く噛んだんです。発症したのはおそらく、亡くなる数時間前でしょう」


 千里は察した。

「犯人を噛んだんじゃないの」


 滝石も理解した。

「じゃあ、犯人は傷を負っている」

「かなり痛かったでしょうね」

「でも、どこに?」


 千里は妖しい笑みを浮かべる。

「指よ」


 滝石も理解した。

「あっ、そうか。だから素手で絞められなかった」

「もし抵抗したんなら、ほかんとこも噛んでたりして」


 そう言う千里に対し、滝石が疑問点を挙げる。

「いや、待ってください。ロープで絞めても力が要ります。痛むのでは?」


 千里はひと言返した。

「地蔵背負い」


 それで滝石は納得した。

「ああ、はいはい。そのやり方なら、工夫次第で指に負担がかからない」


 眞泉も同意を示す。

「おそらくそうでしょう。首の索条痕とも一致します」


 そんなとき、城戸が言った。

「しかしこうなると、犯人は範囲を広げたことになりますねえ」


 千里は否定する。

「違う。広げたんじゃない。新宿に捨てられないから、仕方なくここを選んだ」


 滝石がまたも「あっ」と声を上げる。

「まさか、警戒区域」


 千里がうなずく。

「新宿は今、警官やパトカーだらけ。あの捨て方じゃ難しい。けど、自分の犯行は誇示したい。だから、警戒区域に指定されてない場所に捨てた」


 滝石は疑念を口にする。

「でも、おかしいですよね。具体的にどこかは発表されてませんよ」

「何かで知ったのよ。何かで知ったはず・・・・・・」


 千里は一瞬、その何かに気づいた。


 すると、スマートフォンが振動音を鳴らす。科捜研からだった。




 それから先の千里は、単独で動いた。


 捜査本部に入るとすぐ、小野寺に声をかける。

「ねえ」

「なんだよ」

「ちょっと訊きたいんだけど・・・・・・」




 その後、千里は署内のカウンターにいた。制服警官がやって来る。

「世田谷北署で確認が取れました。話は本当のようです」




 次にスマートフォンで電話をかけた。受話口から男の声が流れる。

 ――あいつはインフルエンザにかかって、それが原因でなったんです。ちゃんと診断書も受け取りました。私が証人になります。


 そして、もう一本電話を入れた。




 岡田のアパートにも赴き、住人の女性にスマートフォンの画面を示す。

「チラッと見ただけだし、暗がりだったけど、よく似てる。この人かもしれない」




 今度は都内某所の医院を訪ねた。診察室で対面した医師が言う。

「たしか、通行人と口論になったと言ってましたね。肩がぶつかったと因縁をつけられたそうで。それがエスカレートした挙句に、指を噛まれてしまったと」


 千里は訊く。

「傷の具合は?」

「重症です。神経にまで達しています」

「つまり、指は動かせない」

「そのとおりです。こちらでは処置しきれないので、大きな病院を紹介しました」

「紹介状を渡したんですね」

「はい。すぐに治療を受けるように言いました」

「ちなみに、ほかの箇所も噛まれたなどは?」

「いえ。私が診たのは指だけです。それ以外の申告はありませんでした」




 千里は覆面パトカーを走らせ、方々を巡り、糸口を求めた。


 自身が抱く疑惑を、ひとつひとつ検証するように。




 夕方になり、千里が捜査本部に戻る。滝石は声をかけた。

「散歩とか言って、ずいぶん長かったですね」

「まあね。で、そっちのほうは?」

「もう一度学校に寄って、話を訊いてきました」

「それで?どうだった?」

「教員が蓮くんを目撃していました。閉鎖した分校舎の周りをうろついていたとか」

「閉じられてんなら、鍵がかかってるんじゃないの?」

「はい。けど鍵がなくなってるみたいで、今は探してもらっています」

「気になるわね」

「でしょ。なりますよね」

「じゃあその間、こっちは蓮の親に訊いてみるか」

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