第12話

 白衣の下で汗だくになっているはずの早苗さんは、水分を補給して呼吸を整えると、メカニックとしてジャケットの復旧具合を蜂須賀さんに尋ねていた。蜂須賀さんは、タオルで額を拭いながら、右手の親指を立てた。

「完璧だ。他人にチューニングされるなんて、文句の一つでもつけてやろうかと思ったけど、どこにも非の打ち所がない。コレで注文をつけるようなら、オレが引退すべきだね」

 蜂須賀さんは、高岩の方を見た。

「若葉杯、何かあったら頼むぞ」

 蜂須賀さんが顔を覗き込んでも、高岩はうんともすんとも言わない。やっと口を開いたかと思えば、「何もないように手伝いますよ」と言った。それを聞いた蜂須賀さんは、豪快に笑った。

「本当、頑固だなぁ」

 彼は高岩の背中を繰り返し叩いた。

「分かったよ。試合はオレが出る。万が一は、富永くんに任せる」

 蜂須賀さんは不意に顔をあげ、こちらを見た。急にお鉢が回ってきたため、「えっ」と声を漏らした。蜂須賀さんは、壁に備え付けられた時計を見上げた。

「昼休憩を挟んでも、まだ練習出来そうだな」

「多少はね。撤収がギリギリになっちゃうけど」

 早苗さんは、事務に届け出た書類に目を落とした。壮行会に全員が参加しないのであれば、オペレーターチームに機材の撤収を任せて、直前まで練習に使うことはできる。チーム同士の顔合わせ、壮行会がどんなものかは分からないけど、せめて懇親会には全員が参加できるように、協力したい。

「じゃあ、ちょっと早いけどお昼にしよう。終わったら、富永くんの相手をしてもらうからな」

 蜂須賀さんは、高岩の肩を軽く叩いた。高岩は素直に頷いた。

 蜂須賀さんの号令で、交代で早めの昼食となった。いつものメンツで食堂に行く人たちはその場を離れ、購買へ買い出しに行く連中、研究室へ荷物を取りに行く人たちも、大事な機材から目を離さないよう、お互いに気を配りながら動いていた。

「どうだ、動けるか?」

 先輩に椅子を譲ってから、その場に尻をついてへたり込んでいた僕に、僕より激しい動きを見せていた高岩が声を掛けてくれた。僕より長く休憩をとっていたとは言え、何事もなかったかのようにケロッとしている姿に、憎しみに近い怒りを覚えた。

「僕に構わなくていい」

 僕はそっぽを向いて悪態をついた。にも関わらず、高岩は僕の側を離れなかった。先に食事を摂って戻ってきた先輩に「行って来い」と促されても、その場から中々動けない僕をズッと見守っていた。

 このままでは二人とも昼休憩を取れずに、午後の訓練に突入してしまう。僕はえいやと気合を入れ、疲労で鈍り切った身体に鞭を打った。高岩は自然な動きで、僕が立ち上がるのを補助してくれた。高岩に身体を支えられながら、ゆっくり食堂へ向かう。

 食堂に到着してからも、高岩の助けを借りて食事にありついた。高岩は、タンパク質と炭水化物をしっかり摂れるメニューを選び、僕と同じメニューに箸を伸ばした。彼は高く積み上げられた唐揚げの山から、一番上にあったものを選び、口に運ぶ。僕はそれを眺めながら、「よく食えるな」と言った。

「余計なことを考えずに、とにかく食え」

 高岩は僕のことなど眼中になさそうな様子で、米を頬張った。側から見ているとあまり旨そうには見えないが、それでも食欲が湧いてくる。

「今考えても、どうにもならないことは気にするな。食わなきゃ、始まらん」

「お前に説教されなくても、分かってるよ」

 僕は高岩の食いっぷりに釣られ、ようやく箸を握った。唐揚げを一口齧れば、それまで影を潜めていた食欲が姿を現した。食後の激しい運動に揚げ物はキツそうな予感がしたけど、そんなことはもうどうでもいい。目の前にある分だけ胃の中に収めてやる。

 箸を猛烈に動かし始めた僕を見て、高岩は微笑んだ。余裕綽々といったその表情が、また気に障る。いつか必ず見返してやると思いながら、僕らの昼休憩はあっという間に過ぎて行った。


 昼食後、しっかり食休みを取ってから練習を再開した。蜂須賀さんのリハビリを兼ねた動作確認、ヤマブキの補修チェックを繰り返しつつ、その横でジャケットを着ても動けるように、高岩に手取り足取り教えてもらった。

 時間ギリギリまでしっかり教えてもらったのに、二、三歩ゆっくり前進するだけで精一杯だった。最後まで練習に耐えるだけの体力はまだしも、自由に動き回るだけの力は乏しく、筋力トレーニングだけでなく、足腰や心肺機能、根性を高めるための走り込みが必要だという結論になった。

 バリバリに動けるという自負もなかったが、ダメな方だとも思っていなかった。ただ、一度着用して理解した。ここまで動けないジャケットを着て動き回れるイリオンのプレイヤーは、全員が体力お化けだ。動きを支援するジャケットもあるようだが、それでも着用して動けるだけで、超人に片足を突っ込んでいる。

 選ばれた存在であるはずの高岩は、なぜかプレイヤーになることを拒んでいる。自分が持っていない才能を有しているのに、とことん拒む彼に腹を立てながら、練習後は彼の介抱を受けながら、オペレーターチーム、メカニックチームが機材を撤収させるのを傍目に見守った。

 僕が多目的ホールの端で酸素吸入と水分補給、自然に立てるだけの体力回復に努めていると、若葉杯に参加する他のチームがゾロゾロと中へ入ってきた。それぞれ、しっかり統制を取りながら、バラけないように列を作った。

 出入り口から一番遠いところに、緑のジャケットを運用するヴェルデの運営チーム、その隣に、主に剣で戦う赤いジャケットのロッソを運用するチームが並んだ。最後尾にいた竹内は、こちらに気がついたらしく、調子良さそうに手を振った。僕は残念ながら、それに素早く対応できない。

 ロッソの隣は、素早い動きで周りを翻弄する桃色のジャケット、ロザヴィを運用するチーム。ここはメインの着用者が女性となっている、貴重なチーム。ここからではよく見えないが、早苗さんとあまり体格の変わらない人がジャケットを着用するようだ。

 ロザヴィのチームに並ぶのは、変態機構でお馴染み、銀と紫が特徴的なヴィオレ。ここは、研究者兼プレイヤーである岩田さんの異様なパワーが印象深い。ロッソを選んだ竹内が、こっちに入っても面白かっただろう。

 一番端っこになった僕らと、ヴィオレの間は華麗な銃撃がカッコいい、青いジャケットのアズール。後ろからでは、押川がどこにいるかは分からない。最後までココを使っていた我々は、一番下座で並ぶこととなった。

 列の先頭、蜂須賀さん等の目の前にあるステージらしきところでは、何やら立派な式典めいたことを繰り広げている。一番後ろであるここからでは、そこで何が行われているかよく分からない。

 僕の横にいる高岩は高岩で、式典を全く気にかけることなく、会場の奥の方、ヴェルデの前の方をジッと見ていた。視線の先にいるのは恐らく、岡元さんだろう。僕は周りを気にかけながら、「そんなに気になる?」と高岩に声をかけた。

「いや、別に」

 高岩は首を振った。そうは言うものの、彼の視線は微動だにしない。

「岡元さんと、何かあるのか?」

 僕の問いかけは、高岩の後頭部に投げかけられた。

「この間、岡元さんと何してたんだ?」

 僕は無視を貫く高岩に、続けて質問をぶつける。

「気をつけろとも言ってたよな。どういうことか、説明してくれよ」

 高岩はようやくこちらに顔を向け、「静かにしろ」と言った。近くにいた他のチームからも、「うるさい」と言いたそうな視線が向けられる。高岩は小声で「お前には、いつか教えてやる」と続けた。

「いつか、必ず」

 いつかって、いつだよ。僕はお茶を濁す高岩に不満を抱きながら、その場はひとまず引き下がった。式典を壊してまで食い下がることではない。僕は高岩の後頭部を睨みつけながら、進行状況がよく分からない式典が終わるのを待ち続けた。

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