昔話でもしようか



 「あー、やっと終わったー」



ある日の放課後、すっかり綺麗になった教室内で俺は自分の席に座りながらううん、と両腕を上げ伸びをした。ふと、教室に掛けてある時計を眺めると16時15分をさしている。



 (思ったより終わるの早かったな…)



 学級日誌も書き終わってるし、黒板も綺麗に消せてる。教室内の掃き掃除も終わったし、あとは……、そう考えていると聞き慣れた足音が廊下から聞こえてきた。



 「ゴミ捨てしてきたぜ、高瀬」


「雪坂」



扉が開けっ放しの教室内に入ってきたのは雪坂だった。



 「悪いな、ゴミ捨て任せて…。掃除も手伝ってくれて本当助かったわ」




近寄ってきた雪坂に俺が申し訳なそうに言うと雪坂は困ったように笑い、口を開いた。



 「いや、気にすんなよ。日直の仕事もいろいろ大変だよな」


「まあなー」



そうなのだ、日直の仕事も何気にいろいろある。そしてそれを基本1人でしなくてはいけないので正直言ってめんどくさい。いつもなら亮と直哉が手伝ってくれる時もあるが、今日は2人とも用事があって帰っていた。そしてホームルームが終わって俺が黒板を消していると、雪坂が「手伝おか?」と声を掛けてきて今に至る。



「さ、早く帰ろうぜ、急がないと雨降ってきちまう」



 窓の外を見るとどんよりとした空模様で、今にも雨が降って来そうだ。朝の天気予報で昼過ぎに雨が降るとか言ってたのにミスって俺は傘を持ってくるのを忘れてしまったので、ずぶ濡れ状態になるのは避けたい所である。俺がそう言い急いで席から立ち上がると雪坂が話しかけてきた。



 「いや、もう降ってるぜ?ゴミ捨て行った時にポツポツ雨当たってきてたし」


 「……は?」



 俺が急いで窓を開けた時、今まで小雨であったであろう雨がザァァー……と音を立てて結構な量で降りだしてきた。その光景に俺は呆然と立ちつくす。オイオイ…どーすんの、これ。



 「……どうした?」



窓の外を見たまま固まっている俺を不思議に思ったのだろう、雪坂が声を掛けてくる。



 「最悪だ」


「あ?」


「…傘、持ってきてねえのに。はあ」



そう言うと雪坂は鼻で笑い馬鹿だな、と言ってきた。馬鹿で悪かったな!でも、これからどうしようか。こりゃずぶ濡れ不可避だな。俺が遠い目をしていると、



 「それならよ、俺の傘入って帰ったらいいじゃねえか」


「…………はい?」





え?今なんて言ったこいつ?俺の傘に入って?



 「雪坂、お前傘二つ持ってんの?」


「どこをどうしたらそんな話になんだよ…。俺傘持ってるけど、一つしかないから一緒に入ればよくねってこと」


「はああ!?」



 一つの傘に2人で!?こいつと!?ちょっとまて…。俺は雪坂の方を振り向いた。



「どうした?」


「いや、やっぱ悪いし…。先帰ってくれていいよ?俺は雨止むまで学校残るし」


「残んのかよ…、この雨いつ止むか分からねーぞ?」


「う……」



俺はバツが悪そうな顔をした。そのまま目を逸らす。ただでさえ最近雪坂と一緒に居るだけで心臓早くなったりするのに……



「嫌か…?」



再び雪坂に目を向けると綺麗な顔が覗き込んできた。真っ直ぐな瞳で見つめられ俺は顔が熱くなる。



  「っ…嫌じゃねえけど……」


  「そうか」



雪坂がニコッと微笑んだ。そしてじゃあ帰ろうぜ、と雪坂が自分の席に戻り帰る支度をする。その様子を見つめながら俺は熱くなってしまった顔を必死に手で仰いだのだった。



(家着くまでに心臓もつかな…)





職員室の宮本先生の机に日誌を預け、昇降口に向かう。下駄箱で上履きからローファーに履き替えた。外は本降りではないが雨が降り続いていた。



 「じゃあ入って」



雪坂が傘を開けて俺に手招きする。



 「……ん。ありがと」



 俺が傘に入ると行くよ、と雪坂が歩き始めたので俺も歩き始めた。





************




住宅街のある道をゆっくり歩いていく。雨が降っていて少し冷えてきたからなのか道を歩く人は居なかった。



 「……」


「……」



変に緊張してしまい会話が出てこない。チラッと雪坂の方を見ると至近距離に雪坂の横顔があったのでパッと顔を逸らした。うー、めっちゃドキドキする。

 

 雪坂はなんとも思ってないだろうが俺はずっとドキドキしっぱなしだった。2人同じ傘に入っているのでなんか、こう肩と肩が触れあうことが頻繁で恥ずかしすぎる……ん?肩?


 俺はふっと自分の左肩を見る。(雪坂は右側に居て傘は左手で持っていた) 自分の肩が全く雨で濡れていないのに気付いた。俺は急いで雪坂の右肩を見ると案の定雨で濡れてしまっていた。

思わず雪坂に声をかけた。


 

 「…雪坂」


「なに」


「お前、右肩ビショビショじゃねえか。俺のことはいいから傘もっと雪坂の方に寄せろよ」


「なんで」


「風邪、引くだろうが」



そう雪坂を見つめて言うと雪坂は歩くのをやめ、俺の方を向いて面白そうに笑った。



  「あー、俺風邪とかそんなの関係のないことだから大丈夫だし」


「……」


「それよりお前が風邪引いたらヤバいだろ」



だから気にすんな、と言われて再び雪坂は歩くのを再開する。俺は何も気にしないように歩いた。雨も割と小降りになってきたのでもうすぐ止むのだろうか。先程の言葉が頭にどうしても残ってしまい嫌になり、俺は再び雪坂に話を振った。



 「そういえばさ、上の世界も雨とか降ったりすんの?」


 

 雪坂はひと息ついた後に、答えた。



「ああ、降るよ」


「そうなんだ…。じゃあ本当に上の世界もこの世界も変わらないんだな。上で生活するのも楽しそう」


 「そうだな…でも、上の世界に行った者が暮らしていて、再びこの世界を希望するのが大半だな」


「なんでだろうね」


「さあな、少なくとも彰はこの世界を好んでいる。故郷なんだと」


「ほー、」



故郷と言われなんとなく納得する。住み慣れた場所が一番!なのかな。じゃあ雪坂はーーそう声をかけようとした



「お、小雨になったな」



 丁度公園に差し掛かった時、雪坂が空を見上げ傘を外したので俺も空を見上げると、灰色の雲の切れ目から青空が見えた。雨はまだポツポツ当たっているも気にならない。西の方を見ると雲の隙間から太陽が見えてきた。



「高瀬」


「え?」


「虹出てるぜ」


「えっ、マジで」



 雪坂に言われ東の方角をみると、大きな七色の虹が出ていた。



 「おおー!」



そういえば亮が虹見るのが好きだって言ってたけど改めてみるとめちゃくちゃ綺麗だなー。

そう思い、俺は雪坂に再び向き直した。



「綺麗だな」



 そう雪坂が優しく微笑むので俺も頷き綺麗だと言葉を返した。


 

 




「傘入れてくれてありがとうな。お礼になんかご飯奢るよ」


「え、いいのか?」


「いいぜ、なに食べたい?」


「和食ならなんでも」




  ーー雪坂の笑顔の方が綺麗だと思ったことはこの先言うことはないだろう。


  でもこの出来事はずっと忘れないでおこうと俺は思った。



 

おわり



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