第5話建国神話と修行帰り
この世界には三柱の神々がいる。それは女神フィリア、その兄である男神オルフェ、そしてそのオルフェから生まれた子神ラグナだ。かつて世界を二分にする神々の争いがあった。人間達を玩具にしようとして女神フィリアが暴走し、人が魔物になる呪いをかけ、さらに魔獣を大地に解き放ったのだ。それを防ぐ為にオルフェは立ち上がった。
彼らはそれぞれ自身の眷属である種族に力を授けた。フィリアは自身の配下である人間に火、水、土、風の自然の力と光と闇を操る法術という力を与えた。一方でオルフェの配下はエルフやドワーフ、獣人達であり、彼は自身の眷属達に氷や雷、樹木や金属を操る神術という力を授けたという。
世界は本来フィリアとオルフェによって生み出されたものだった。そして最初に誕生した生物がオルフェの配下であるエルフやドワーフ、獣人達であった。しかし、フィリアが創り出した人間の能力と残酷性はそんな亜人達を遥かに上回っていた。次々に亜人を殺す為の武器が作り出され、多くの亜人達が死に、また捕虜として隷属する事になった。法術は人間が効率よく亜人達を狩る為の手段であった。
そんな状況を憂いたオルフェは亜人達を守る為の自衛の手段として神術を与えた。そして世界を断絶する為の大結界を大陸に張り、傷ついた亜人達を保護する為に彼らだけの世界を整えた。しかし、彼はその結界を維持する為に多大な力を使わざるを得なくなり、自分の代わりにフィリアを打倒する為の存在としてラグナを作り出したのだ。
数千年の戦いの中で、ラグナはオルフェから受け取った権能を使って、オルフェの力を取り分け強く受け継いだ使徒の内、たった5人の者に無を操る神術という力を新たに授けた。さらにフィリアの配下である人間達の中から神を恨む者達をスカウトし、彼らに神術を与えた。こうして、出来た存在は法術と神術を操れる存在となり、フィリアと戦う上での切り札となるはずだった。
ハヤトの住むアカツキ皇国は島国で、フィリアが支配する人界に存在しながらも、オルフェとラグナの庇護を受けていた。それはこの国を起こした初代皇帝であるカムイ・アカツキがラグナから無神術を与えられた使徒の一人であり、結界を張る事に長けた者だったからである。
彼は人界で隠れ潜んだり、奴隷として扱われていた者達を集め、島に移り住み、フィリアからの干渉を防ぐ為に結界を張り、当時その島で行われていた小国同士の争いを抑えて皇帝となったのだ。それ以降、アカツキ皇国は人界の中で唯一人間と亜人達が共存する国になった。これがこの国に伝わる建国神話である。
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「今日はこれまで。明日は4時から修行を始める。しっかりと休むように」
日もとっくに沈み、月が登ってしばらくしてからハンゾーがそう言った。満身創痍のハヤトは動く事すら出来ずに空を見上げて荒い呼吸を吐いていた。修行の量を3倍にするというのは冗談ではなく事実であった。朝、日が昇るとともに修行が始まり、夜、月が真上に昇る頃に終わる事もしばしばだ。数日続くだけで肉体が悲鳴を上げるほどの修行の内容だ。だが残念な事に、ハヤトは闘気を扱う事に長けていた。
闘気は肉体を強化する。それはつまり肉体の回復力すら向上させるという事である。詰まる所、彼の疲労は肉体によるものではなく、闘気を維持するための精神的疲労によるものがほとんどである。勿論、彼を鍛えるのは剣聖であるハンゾーだ。洗練された闘気で体を覆った状態の彼と組み手をすると、稽古であっても一撃一撃が必殺の攻撃であり、油断をすれば確実に死ぬ。ハヤトはそれを理解している為に、闘気を身体中に張り巡らせ続けなければならなかった。
そんな訓練も気付けば開始して1ヶ月になっていた。その間、刺客が送り込まれる事はしばしばあったものの、直接的に序列下位の者達が襲ってくる事はなかった。元々残っている序列下位の者達は、彼らの親はその限りではないが好戦的ではない。刺客も恐らく兄妹達ではなく、その母親が送りつけてきたものだとハヤトは考えていた。
「クソジジイが」
去って行ったハンゾーに悪態を吐きながら、ハヤトは立ち上がる。闘気の膜を越えてきた攻撃により、そこかしこが青痣になっている。幸いな事と言っていいのか分からないが骨は折れていない。何しろ開始3日目で肋骨にヒビが入った時も、ハンゾーは怪我の状態でいかに戦うかを身につけろなどと言って、そのまま訓練を続けたのだ。しかも執拗にその怪我を狙ってだ。下手をすれば骨が完全に折れて、肺に突き刺さり、死んでいたかもしれない。ただそのおかげで闘気のコントロールがより洗練されたのも事実ではあったのだが。
「さてと、帰るか」
ハヤトは精神的疲労からくる激しい頭痛を堪えて家路に就いた。歩けば40分ほどで着く距離にその道場はあった。その間、頭痛を耐え続けなければならないという事がひどく億劫だった。
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「参ったね。こりゃあ」
だがハンゾーの道場から離れて10分ほどした所にある、雑木林を切り倒して作られた道で、左右の木々の間から一人、また一人と顔を隠した黒尽くめの刺客が現れた。ざっと見ただけでも20人はいる。
「どうやらババア共の内の誰かが本格的に俺を狙ってきたみてぇだな」
今の疲労した状態ではとてもではないが全員相手など出来ない。せいぜい5人か6人だけだ。それに本格的に狙ってきたという事は20人全員が以前殺害したカエンと同程度の手練れであろう。万全な状態の彼であっても苦労したに違いない。ハヤトはボソリと呟く。
「術も使えそうにねぇしな」
ハヤトのいう術とは人間が三柱の神の一柱である女神フィリアから与えられた法術という力である。闘気と同様、極一部を除き、ほぼ全ての人間が有している。ハヤトはこの年にしてすでに土と風の二属性を操っていた。二属性を操れるのは一部の者だけであり、さらに三属性、四属性と増えていくごとに操れる者は減っていく。火、水、風、土の属性全てを操れる者は世界にも数人しかいない。一方光と闇は特異な術であり、その二属性を操る者は極僅かである。
そんな法術をハヤトはあまり訓練もしてないうちから操る事ができた。それもハンゾーがハヤトが選ばれた存在であると考えた理由である。だが現在の彼は疲労のせいで法術を発動する事が出来なかった。つまり帰結する事実はたった一つ。
戦闘が始まってたった5分、2人ほど倒した所でハヤトは背後から突き出された凶刃を避け切る事が出来ず、腹部を貫かれ、さらに痛みに顔を歪めた瞬間に出来た隙を狙った刺客が、彼の胸に短刀を突き立てた。
「ガハッ」
ハヤトが血を吐き出す。刺客は次々と彼に群がり、手に持っていた武器で彼を突き刺し、殴り、斬り刻んだ。身体中を斬り刻まれたハヤトは崩れるように地面に倒れた。
「悪く思うなよ。これも依頼なんでな」
そう言い放った男は手に持っていた巨大な槌を彼の頭目掛けて振り下ろした。ハヤトは避ける事すら出来ずに、その槌による攻撃を直接受けた。地面に槌がめり込み、頭を潰されたであろうハヤトの体が痙攣するように一度大きくビクンと跳ねた。
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