第9話 決断
マルヴィナとヨエルがやっと村に帰ってくると、
「もう村の集会が始まっているよー」
村の入り口で学校の子どもたちが声をかけてきた。マルヴィナとヨエルの二人も急いで村の中央広場へ向かう。
「私、疲れたから家でいったん休憩したいんだけど……」
「僕もそうだけど、でも、みんな待ってるし、がんばろうよ」
ヨエルも励ますが、いずれにせよ家に帰るのに広場を通るし、迂回する気力もない。
広場では村長が演説していた。
「……というわけで、今この時期はとにかく平和的に解決する必要があると、わしは考える」
村人は百人ほど、ほとんど全ての村の住人が集まっていた。
「おお、マルヴィナが帰って来たか、こっちへ来なさい」
マルヴィナとヨエルが広場の中央へ歩いていく。二人とも汗で汚れて少し疲れた表情だ。
「支援の要請についてどうなったか話してくれるかのう」
「港町カタニア、カロッサ城下町、そしてカロッサ城で支援の要員を紹介してもらったわ」
おお、と周囲から声があがる。
「では具体的にいつから来てくれるのかな?」
「状況がよくなくて、期日の約束はもらえなかった」
「ではやはり賊に頭を下げて、金品を渡して引き揚げてもらうしかないのう」
村長のその言葉に、村人たちがざわめく。
「待ってくれ」
手をあげて出てきたのは、今年から村の学校で先生をしているダスティンだ。
「マルヴィナ、本当にもう勝てる可能性は無いのか?」
ダスティンが割って入ったのに対して他の大人たち、とくに老人たちも声を張り上げる。
「村のたった一人の魔法使いで勝てるのか?」
「相手は恐ろしい魔法使いと聞いておりますわ」
広場が騒然となり、そしてマルヴィナの答えを待って一瞬の静寂となる。マルヴィナは、自分がここで皆の注目を浴びるとは思っていなかった。マルヴィナを見つめるたくさんの目、何か答えないといけないのだが。
躊躇していると、その場が少しざわついてきた。視線が突き刺さってくる。何とかしたいけれど、この場で何を話せばいいのか。
「私……、勝てるよ」
必死に振り絞ったつもりだったが、その声が小さくて周囲から野次が飛ぶ。
「勝てる根拠はあるのか?」
「声が小さくてわしには聞こえない」
「敗けたら誰が責任とるんだ?」
「まずこの場で謝罪しなさい」
「本当に最近の若い子たちはねえ」
しかし、
「私、勝つよ! 責任も私がとる!」
マルヴィナが急に大声を出したので、周囲は静かになった。
誰も黙ったままの中、ダスティンが話し出した。
「大陸にいたころ、賊に襲われた村の話を聞いた」
ダスティンが続ける。
「金品で講和を申し込んだ村は、その時は平和的に解決したように見えたが、賊の要求はさらに増していった。数年経たずに村の財政が苦しくなって、若者が逃げ出して子どもが減って、年寄りが増えて、そしてやがて誰も住まない村になっていったんだ」
皆黙ったままだ。
「村のお金で解決しようとすると、一番負担がかかるのは若者だ。この村の法律で老人はほとんど税金がかからない。そうすると、この村の将来は、一番負担がかかる若者が決めるべきなんじゃないのか? マルヴィナも勝てると言っている。賊と戦うということで、皆に異論はないか?」
そのダスティンの言葉に、老人たちはうつむき、そして比較的若い者たちが静かにうなずいた。
ダスティンが村長のほうを向く。
「村長、賊と正面から戦う、という方針でよいかな?」
村長も特に声を出さずにうなずいた。
「よし、決まった! 賊が来る予定の日までにまだまる二日ある、さっそく準備の続きをやろう!」
ダスティンが声を張り上げて、次々に指示を出していく。
「マルヴィナとヨエル君、君たちはいったん家で休んでおいで」
疲れた様子の二人にそう告げた。
言われたままに家へ歩くマルヴィナとヨエル。
「ねえ、マルヴィナ、でも本当に大丈夫なの?」
「うん、あなた次第ね」
「だけど、僕もまったくどうすればいいかわからないし……」
「そうね、トリガーがまだわかっていないのは確かだわ」
マルヴィナがあごに手を添えて思案顔で歩く。
「でも、絶対なんとかなる。とりあえず私、ひと眠りしたい」
「うん、賛成。そのあとで村の準備手伝おう」
お互いの家の前で別れた。
家に入ると、母親がいた。
「おかえりなさいマルヴィナ、どうだったの?」
「あ、お母さん……」
母親の顔を見て、屍道の本を無くしたことを思い出した。
「お母さん、私、屍道の本なくしちゃった、どうしよう……」
家に帰って来た安心感もあったのか、マルヴィナの目から涙がこぼれ落ちる。
「まあそうなの?」
と母親も驚いた顔だったが、マルヴィナからその経緯を聞く。
「大変だったのね。でもとりあえず無事帰ってこれたんだから、それでいいじゃない。本はまたなんとかなるわ。それに、だいじな呪文はもう暗記してるでしょ?」
「うん、そうだけど……」
ひと泣きして落ち着くとまた眠気が襲ってきた。自分の部屋へふらふらと歩いていくマルヴィナ。そして、けっきょくその日は食事もとらずに次の日の朝まで眠ることとなった。
そして翌日。
ひどい空腹で目覚めたマルヴィナは、さっそくダイニングにいくと、すでにたくさんの朝食が用意されていた。
「昨日の残りもあるけど、おなかが空いていると思っていっぱい作っておいたよ」
「うん、ありがとう」
その言葉も終わらないうちにさっそく食べ始めるマルヴィナ。そしてふだんよりもしっかりめの朝食を食べ終わる頃、ダスティンとヨエルが家にやってきた。
「おはよう、マルヴィナ。すまない、他の村人がいない場所で今回の件について少し話し合いたいんだ。ヨエル君も連れてきたけど、他にも一緒に話したほうがいいひとはいるかな?」
「そうねえ、ヨエルはいたほうがいいけど、他は大丈夫かな」
「あとはお母さんにも同席してもらおう」
家に入ってそうマルヴィナの母親に告げて、ダスティンは持ってきた大きな厚紙をテーブルに広げた。村の配置が書き込まれている。
「まず、ヨエル君からさっき少しだけ聞いたんだが、昨日の帰り道で襲われた話を詳しく知りたいな」
「そうね」
マルヴィナが憶えてる限りの詳細をダスティンに説明する。
「なるほど……、ヨエル君が男の一人を倒してもう一人に重症を負わせたが、ヨエル君本人はそのことをほとんど憶えていないと」
「そう、たぶんヨエルが何かの拍子に急に強くなったんだと思うけど、その状態になるのに何かしらのきっかけがあって、それを解明しないとだめね」
「多少期待はできるが、そのきっかけが判明するまでは大きな戦力としてカウントしづらい、ということか。支援者のほうはどうだった?」
「港町カタニアの二コラ、城下町のミシェル、カロッサ城のモモ、誰が来てもかなりの助けになると思うわ。ただし、モモは火属性が弱点だから今回の相手にはやや不利ね」
「相手の魔法使いが火属性で、それが弱点とするとモモは金属性ということか……」
どの属性がどの属性の弱点なのか関係性があまりよくわかっていなかったが、とりあえずうなずいておくマルヴィナ。
「だけど、あのアイアンゴーレムはすごかったよ、モモは公には屍道士見習いだけど、実は錬金術士を目ざしていて、アイアンゴーレムを使うの」
マルヴィナが城で見たことを思い出したのか、少し興奮ぎみに話し、ヨエルもうんうんとうなずく。
「アイアンゴーレムか。騎馬を防ぐには有効そうだが、はたして……」
ダスティンが腕を組む。
「とにかく、少し楽天的過ぎるかもしれないが、一週間から二週間持ちこたえれば、支援が到着してなんとかなる、と見ている。その間に実戦を通して色々と試してみれば、ヨエル君が何かを思い出して撃退が可能かもしれない」
マルヴィナの母親が紅茶を人数分淹れて、話題も村の中の配備の話に移る。
「まずこの村は南に山、さらに南は浜でその先は大海。東に川、北と西は平地に田畑が広がっている。村の周囲は木の防御壁で囲まれている」
ダスティンが村の地図を指さしながら現状を確認する。
「東側は木の壁に加えて川によって天然の堀が形成されている。さらに北と西側は周囲を深く掘って川から水を引いてきて、人工の堀をすでに作ってある。北門と西門を閉じて橋を落とせばさらに固くなる」
ダスティンの説明に皆うなずく。
「問題は南側で、木材などの搬入用の道が空いている状態で、門などの構造物もない」
「そこの防御を固めてしまえば完璧ってことね」
というマルヴィナ。しかしダスティンは首を横に振った。
「いや、そこは完全には固めない。というのも、『いい城には必ず弱点がある』という格言のとおり、南側の防御を少しゆるめにしておいて、そこで勝負を決しようということなんだ」
「弱点を作っておくのはわかったけど、それで勝てる方法があるの?」
「そう、そこが今回の作戦の要点だ」
ダスティンがマルヴィナに、両手で人差し指を向ける。
ここからは実地で確認しよう、とのダスティンの言葉に、マルヴィナの母親を残してマルヴィナとヨエルの三人で村へ出ることにした。
「まず東側、ここは元々木の壁のみで門が無く、外はすぐ幅の広い川になっている。東側はとくに防御の兵は置かないことにする。ただし、壁ちかくの背の高い建物から周囲を監視する物見役を置いて、村の本部と常に連絡をとる」
さらに三人で村の北側へ歩く。途中で作業をしている村人たちに声を掛けながら進む。
「北側はふだんなら門があってその先に道が伸びているが、すでに堀が作ってあって、門から先は仮の丸太の橋を渡してある。前日にはその仮の橋を撤去して守りを固め、隊員も十名置く」
そこからさらに西側へ歩く。
「ここも南側と同様、すでに堀にして仮の橋を当日撤去する。隊員は十名」
西門から少し南下すると、村の南西部にあたる部分が搬入口となっていた。そのすぐ外の広い場所で、今回守備に当たる村人たちが交替で訓練を行っていた。
「この搬入口には主力の二十名を置く。武器を持って戦える総員は五十名だから、残りの十名は村中央部に待機して予備隊とする。今彼らがやっているとおり、槍を持ってもらって、敵騎馬隊の侵入を防ぐ」
「槍で騎馬隊の突撃を防げるの?」
そうだ、と言ってダスティンは槍を持っている村人のひとりを呼んだ。槍は長く、マルヴィナの身長の倍近くありそうだ。
「ほら見てくれ、槍は相手を攻撃する穂先がある。そしてその反対側、柄の部分を地面に突き立てて、穂先を突撃してくる騎馬に向ければ、相手が勝手に刺さってくれる。そういう槍を道幅に並べる、というわけだ」
槍ぶすま戦法というんだ、とダスティン。マルヴィナとヨエルも、聞く限りではなんとなく戦えそうな気がしてきた。
「でも、実際そんなにうまくいくのかしら。相手もまるっきり馬鹿じゃないだろうし……」
「そこでだ、あれを見てくれ」
ダスティンが指さした方向を見た。
「仮設のテントを立てて、遠くからでもわかりやすく食料を積んである。これでまず賊たちの気をひきつける。利を以って敵を釣るやり方だ。さらに、南側の二十名のうち、すばしっこい五名におとり役をやってもらう」
三人で村の中央へ向かいながら、ダスティンが話す。
「騎馬の戦法はね、つけ入りと言って、相手が退却するのに合わせて陣地などに突撃するのが効果的なんだ。だから逆にそれを利用して、こちらのおとり役がいったん攻めていって退却し、そのタイミングでわざとつけ入りさせつつ、一騎か二騎だけ通して残りは槍ぶすまで追い返す」
「そしてこの中央広場で予備の兵と私とヨエルで迎え討つってことね」
そのとおり、と両手の人差し指を向けるダスティン。
「なんか、ドキドキしてきたね」
というヨエルの言葉のとおり、マルヴィナも実際に自分が戦う舞台に立って、現実感と緊張感が湧いてきた。
「賊たちも、最初からいきなり全騎で村の中に突撃することはないと見ている。十騎ていどで様子を見ながら攻めてくるだろうから、この戦法は必ずうまくいくさ」
そういってダスティンは、元気付けるかのようにマルヴィナとヨエルの肩に手を置いた。
「大筋が確認できたら、あとは今日を含めた残りの二日間で個々の細かい部分を詰めていこう、何か必要なものはあるかい?」
「そうねえ、カロッサ城で屍道士見習いのモモの訓練を見たんだけど、相手の攻撃を前転で飛び込んで回避してたの。私もそれやってみたいんだけど、なんか体が痛そうで……」
「そうだなあ。……あれはどうだろう、学校の球技で使うプロテクターが役にたつかもしれない、さっそく行ってみよう」
その後、学校でプロテクターを手に入れたマルヴィナは、さっそくヨエルと一緒に裏庭の畑へ。柔らかそうな地面を探し、邪魔な石をどける。
「膝と肘にプロテクターを付けてと……、あとはグローブもあるとうれしいかな」
「石もどけて、と」
「うん、いくよ、それ!」
マルヴィナがモモがやっていたのを思い出して前方に飛び込んで転がってみる。
「痛た、なんか肩が当たってちょっと痛かった、もう一回」
土がうまく衝撃を吸収するので、練習にはちょうど良さそうだが、肩やひじが当たると少し痛い。
「たしか、モモは転がったあとにうまく立ち上がってすぐ移動してたよね」
「うん、だけどいきなり高度なのは無理だわ」
何度かやっているうちに少しづつコツがわかってきた。
「マルヴィナさあ、逆方向はどうなの?」
「え、たしかに。私左利きだから左手からいくほうがなんかやりやすいけど……。ていうか見てるだけじゃなくてあなたもやったら?」
ヨエルはプロテクターを借りてこなかったが、しぶしぶやってみる。
「たしかに、地面が柔らかいと転がってもあんま痛くないや」
二人で服を土まみれにしながら転がる練習が続いた。
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