第7話 王城
朝のカロッサ城下町にある宿。
「どうしよう、足りない」
「えー、どうすんのよ」
宿のフロントの前でコソコソと話す二人。そして結論が出たようだ。
「あのーすみません、町役場に財布を忘れたようで、今日中に持ってきますので……」
「大丈夫ですよ、名前と住所を紙にひかえてもらえれば」
宿の主人に了承してもらい、なんとか宿を出る。
「でもどうすんのよ、今日中に持ってくるとか言っちゃったじゃない」
「お城に着いたら誰かに相談してみようよ」
「もう、なんでこうなるのよ」
「昨日の晩ごはんで追加でなんかいっぱい食べちゃったでしょ」
カロッサ王城とカロッサ城下町は、知らない人が聞くと同じ場所にあると思うかもしれない。しかし実際は少し離れており、それぞれが外壁を持った城塞都市を形成していた。そのため、王城の中心部に辿り着くのに城下町の中心街から三十分ほど歩かなければならない。
マルヴィナとヨエルの二人は、城下町を西に向かって歩いた。しばらく行くと、大きな川の向こうにカロッサ王城が見えてきた。その外壁は城下町のものより高く、城下町の外壁が石の混じった土壁なのに対して、王城は立派な総石造りになっている。
「この橋の向こうがカロッサ城の東門ね。なんかお金の臭いがしてきた」
「マルヴィナ、あんまり通行人をジロジロ見ないほうがいいよ」
東門をくぐると、城下町とはまた雰囲気が異なり、どことなく高級感がただようエリアとなっていた。大きな屋敷がいくつも並んでいる。
「この先に王の住む宮殿があるはずなんだけど……」
「あ、あれじゃない」
マルヴィナが見つけたのは王宮と書いた看板で、矢印も付いていた。その方向へしばらく歩いていくと、それらしき建物が見えてきた。
王宮は、優雅さよりも防御力を優先した、宮殿というよりは砦のような趣きの建築物だった。門のところで守衛の人に取り次いでもらう。
「村長の手紙は王様宛だけど、対応してくれるのはたぶん他のひとだと思う」
「そうね、王様なんていつも忙しいだろうし」
兵士が一人やってきて、中へ案内してくれるようだ。王宮の中は護衛の兵士が各所に立っていてさすがに緊張感がある。
小さな応接室で椅子に座って待つように言われた。皮張りのソファに腰かけると、豪華な装飾のローテーブル、どの壁にも額縁に油絵、あるいは世界地図、天井から釣り下がった見たこともない形の照明器具。
「待たせたね」
初老の男性が入って来た。白髪に正装であろう刺繍の入った黒のローブ。疲れているのか、表情が憔悴しているように見える。
「私は宮廷屍道士のエリク・ナクラーダルだ。王に代わってこの件を担当しよう」
そう言って男は村長の手紙の内容について何点か確認した。
「ネルリンガー村には私の息子でもある屍道士見習いのモモ・ナクラーダルを派遣しよう。ただし、襲撃の初日に間に合うかどうかはわからない」
エリクと名乗った宮廷屍道士の男は立ち上がって、壁にある世界地図の前に立った。
「現在この島、小国カロッサは、大陸のヤースケライネン教国との盟約により、島の大部分の兵士を大陸へ送っている。その期限はすでに過ぎているが、戦況の関係でまだ島の兵士が返ってこない」
男は地図上のローレシア大陸とバーナー島を交互に指さしながら説明する。
「だが先日、教国より兵士を順次送り返す旨の連絡があった。詳しいことは国家機密なども絡むので話せないが、戦況に変化があったということだ」
最後に、屍道士見習いの者が訓練中だから見学していくといい、と言って去っていった。
また兵士に案内されながらこの王宮内にあるという訓練場へ向かう。
「さっきのひとも忙しくて村のことなんか気にしてられない感じだったね」
「王宮の仕事は大変だろうからね」
その会話を聞いていたのか、兵士が振り返り、
「ナクラーダル卿は屍道士にしてカロッサ国の筆頭魔道士だよ。君たちは会えただけでも幸運だと思え」
「へえ、そうなんだ」
「これから君たちが会う屍道士見習いのモモ様も、かつて魔道士界の神童と呼ばれた方だ。今は超見習い級と呼ばれている」
「ふええ、神童かあ」
「超見習い級……」
二人が驚いているうちに訓練場の前まで来た。
「訓練が終わるまで少し時間があるから、そこの入ったところのベンチに座って見ているといい」
この訓練場は高い壁と広い砂地となっており、特に体を鍛えたりするような設備を置いていないところを見ると実戦訓練に特化した場所のようだ。マルヴィナとヨエルがいる場所の向かい側にも同じようにベンチがあって訓練を見るためか青と黄色のローブ姿の二人が座っている。
そして、マルヴィナたちの対面側の壁にある扉から三人が入ってきた。
「あ、あの子、知ってる」
マルヴィナが、麻色の訓練用のローブを着た白髪のおかっぱ頭の子を指さす。
「え、そうなの?」
「何年かまえにお城のパレードで輿に乗ってるのを見たよ、確かにあの子だと思う。膝に上品そうな白い兎を抱いてたんだよ。あとの二人は大人だから、あの子が屍道士見習いのモモね」
残りの二人のうちのひとりは赤いローブを着た女性でおそらく魔法使い、そしてもうひとりは大きな体に訓練用の盾と棍棒のようなものを持っているのでおそらく盾役の戦士だ。
三人は訓練場の中央まで来ると、対峙した。盾役と魔法使い対モモひとりのかたちだ。
「すごい、子どもなのに大人相手に二対一をやるのかしら」
するとモモが呪文の詠唱を始めたようだ。詠唱が終わると、モモの手前の地面が盛り上がり、何かが出てきた。
「何あれ!?」
「なんか、錆びた鉄のかたまりに見えるけど……。ひとの背丈ほどあるし、もしかしてあれ、ゴーレムかしら?」
しかしそんなものは絵本の中でしか見たことがない。
気付くと対面でベンチに座っていた青と黄のローブの二人も立ち上がって見ている。
赤いローブが呪文の詠唱を開始し、それが戦闘開始の合図のようだ。挙げた手のうえにみるみる火球が形成されていく。
戦士が鉄のゴーレムに正対するかたちで構える。
まずゴーレムが動いた。起き上がった時の動作からは想像しづらいスピードでギクシャクと踏み込んで腕を戦士に腕を振り下ろす。戦士は、その盾で受け止めるわけではなく、バックステップで攻撃を後ろにかわした。盾があっても受け止めない方がよい攻撃なのかもしれない。
戦士が避けたスペースに赤のローブが放った火球がゴーレム目がけて飛んでくる。ゴーレムはまた想像しづらい早い動きで身を伏せてそれをかわす。しかし、赤ローブはゴーレムとモモを直線上に捉えるタイミングで火球を放ったようだ。モモに火球がせまる。
その火球をモモは斜め前へ飛び込んで前転してかわす。
「はやい……、これが実戦のスピード?」
マルヴィナとヨエルはそのスピード感に息を飲んだ。
赤いローブの女性は、複数の火球を操ったり範囲攻撃らしい火柱を生み出したり連続で魔法攻撃を繰り出し、モモはそれらを全て避け、ゴーレムが踏み込んでの攻撃で、赤ローブを守るために戦士が何度か盾でそれを防ぐ。
「あの赤いローブのひと、すごいね」
「うん、でもモモって子、全部避けて戦っているよ。とんでもない集中力」
「そうね」
すると、ゴーレムが全身から炎を吹き上げはじめた。動きも少し鈍っている。
「火球が当たってないのに燃えだしたよ」
「たぶん燃焼の呪文よ、あれだけ連続攻撃しながら同時に別の呪文を詠唱できるなんて」
チャンスと見て戦士がモモの方向へダッシュする。さすがにゴーレムが倒されて勝負あったように見えた瞬間、赤ローブの近くの地面が盛り上がる。
「二体目呼び出した!?」
「いつ唱えたの?」
一体目が倒れたが、二体目のゴーレムが赤いローブに迫る。同時に戦士がモモの眼前に迫って棍棒を振り上げた。
「わあ!」
マルヴィナとヨエルが思わず目をそむけそうになるが、もの凄い金属音がしてモモが素手で棍棒を受け止めた。訓練用の棍棒とはいえ、戦士が振りおろす勢い完全に受け止めている。
「え? なんで?」
一方のゴーレムは赤ローブを追いつめて腕を振り下ろした。
「参った!」
赤ローブの女性が叫び、赤ローブとゴーレムの空間にシールドが発生しゴーレムが振り下ろす腕を止める。勝負ありだが。
「よし」
モモの声が聞こえた。モモの麻色のローブが土埃まみれで、切り傷なのか右ほおに血がにじんでいる。
マルヴィナがふと気づくと、黒のローブの男性がベンチのあたりに立っていた。さきほど会ったナクラーダル卿だ。自分の息子の訓練を見に来たのだろうが、しかしその視線は異様に冷たいことにマルヴィナは気づいた。厳しく育てているということだろうか、しかし寒気がする。
その後同じような訓練がしばらく続き、モモは敗ける回もあったが、大人相手に五回に三回ほど勝っていた。
三十分ほど見ていただろうか、訓練の様子に圧倒されたためにどれぐらい時間が経ったかわからなかったが、訓練が終了し全員が下がっていった。
さきほど案内してくれた兵士が入って来た。
「モモ様がもうすぐ来られる、今しばらくここで待っていただきたい」
それから十分ほど待つと、やって来た。
「やあ、お待たせした、君たちがネルリンガー村から来たお客さんだね」
モモが握手を求めてきて、マルヴィナとヨエルがベンチから立ちあがってそれに応じる。
「私がマルヴィナ、こっちがヨエルよ」
モモは白い正装に着替えてすっかりきれいな姿になっていた。治癒士の治療を受けたのか、頬ににじんていた血も傷跡すら見えない。
「港へ案内するよ、歩きながら少し話そう」
そう促してモモは歩き出した。
背丈もマルヴィナより少し低く、ふっくらした頬に握手したときの小さいが肉厚で柔らかい手、そしてその物腰、とてもさきほどまで激しい戦闘訓練をしていた人間に見えない。今はただ家柄の良さそうな坊ちゃんだ。
「その話、僕も聞いたよ、ぜひ駆けつけてあげたい。ただ、僕がお役に立てるかどうかはわからないけどね」
えーあんなにすごい訓練をしてたのに、というマルヴィナとヨエルをさえぎって、
「いや、相性の問題だよ。僕は表向き屍道士見習いだけど、実は錬金術士になりたいんだ。まだしばらく公にはしないつもりだけどね。ほら、君たちもアイアンゴーレムを呼び出して戦っているのを見たでしょ?」
モモが続ける。
「錬金術士の魔法は火属性が弱点なんだ。だから、その村を襲おうとしている魔法使いが火球使いだと、ちょっと辛いね。出来れば僕以外にも助けがほしいかな」
弱点、などというのはマルヴィナもふだん考えたことがなかった。自分にもはたして弱点はあるのだろうか?
歩いているうちに港が見えてきた。大きな港で巨大な船もいくつか停泊している。
「カロッサは小国ながら、貿易によって富を作ることで大陸の強国とも肩を並べることができているんだよ」
広い館が並ぶエリアと違って、港はたくさんのひとで溢れていた。船の積み荷の積み下ろしをやっているようだ。
「錬金術士は戦闘で使用する魔法もさることながら、商売に関連する知識もたくさん得られるんだ」
モモが二人のほうを向いた。
「僕は、将来世界相手に商売がしたいんだ」
この年齢でそういう夢を持っていることにマルヴィナは感心してしまった。一方自分はというと……。
「すでにけっこう色々やって成功しているんだよ。君たちももし何かあったら僕に言ってくれればいいよ」
「あのお、さっそくなんですけど……」
昨日の宿屋代が払えていないことをヨエルが恐縮しながら告白する。
「あはははは、そんなことならもっと早く言ってくれればいいのに。その程度の金額は僕が払っておくから、もちろん返さなくて大丈夫だよ」
その言葉にマルヴィナとヨエルが手を取り合って喜ぶ。
「あ、そうだ、もしよかったら今夜の宿も僕が手配するよ」
「え、いいの?」
「君たちが予約した宿も僕がキャンセルしておくから」
「やったあ、ありがとうモモ」
マルヴィナがハグすると少し照れているモモ。
「正直に言うとね、僕、今日君たちを初めて見た時に直感したんだよ。何かとてつもなく大きな商売に繋がるかもしれないって。だから、いい話があったら僕にもぜひ声をかけてほしい」
「うん、わかったよ」
マルヴィナは現時点でも将来的にも、全く商売のあてなど思いつかなかったが、とりあえずそう答えておいた。
その夜。
「あーおいしかった」
カロッサ城港近くにある最高級の宿屋。その五階建ての宿屋の、他国の要職も宿泊するという最上階のスイートルーム。広いリビングルームのソファに寝そべるヨエルと、そばの出窓から外を眺めるマルヴィナ。
「これで襲撃がなかったら最高なんだけどね」
「ヨエル、嫌なこと思い出させないでよ」
ヨエルが自分のかばんから何か探している。
「さあ、寝るか。あれ、ヨエル何してんの?」
「僕、最近これがないとよく眠れないんだ」
ハーブ粉の胃薬を一包取り出し、コップの水と一緒に飲み込む。
「あんまり気にしてもしょうがないでしょ」
「村の人たちは今ごろ頑張っているだろうに、僕たちはこんないい思いして。帰り道に何か悪いことでも起きなきゃいいけど……」
港町カタニア、カロッサ城下町、カロッサ王城と訪問し、結局のところ支援の確約は得ることができなかった。あとはとにかく村に戻って出来る限りの対策をするしかない。
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