第5話 西園寺 礼という少女
激情そのままに怒鳴られるようなことは無かったけど、病院のすぐ近くだからと言い訳した時には「今後はこのようなことは無いように」と背後に般若面が見えるほどの怒気を込めた一言を頂戴したので滅多なことが無い限り外出は控えようと心に決めた。
ひとまず病室にとのことだったので3人揃って病室に戻ることになったのだが何故か車椅子の少女も一緒に僕の病室へとやってきた。なぜ?
しかも病室への道中、先生が車椅子を引いていたのだが会話の雰囲気がかなり砕けた感じだった。聞いてみると少女の担当医も霧島先生であるとのこと。すごい偶然だ。
まぁ、もしかしたらこの病棟自体が特別な病棟のようなので担当医になるような先生が少ないのかもしれないけれど。
「とりあえずどこから説明しましょうか」
そう言って霧島先生は話を始めようとするがちょっと待って欲しい。
「はい」
「...どうぞ」
「僕に対しても砕けた感じで話してもらっていいですか?」
その言葉に先生は少しだけめんどくさそうに顔をしかめたが最終的には諦めた。
「...はぁ、分かった。それじゃあそうさせてもらう。私も堅苦しいのは嫌いだ」
「いいの?」
少しばかり思案したようだがすぐに折れた先生にそれでいいのかと少女が質問する。
「まぁ、本人の希望だし問題ないだろ。あぁでも立場上この3人以外の前では敬語を使わせてもらう。何かと面倒なんでな」
「はーい」
「まぁ、あなたがいいならいいのかしら?」
少女はまだ完全には納得がいってないようだがこういうのは慣れだ。時間が解決するだろう。
「何を話すんだったか...じゃあ、まずはお互いの自己紹介からしようか。改めて私はこの
霧島先生は簡潔にそう説明すると次に車椅子の少女の方に視線をやった。
少女は頷くと優雅にお辞儀をして自己紹介を始めた。
「はじめまして、
「おぉ...!お嬢様みたい」
少女、改め西園寺さんの挨拶も簡素ではあったがその一挙手一投足に優美なものを感じさせる所作だった。
「実際にお嬢様なんだよ彼女は。この病院も西園寺グループの系列だし、この国では王族に次いで権力のある4大財閥の一角、西園寺家といえば世界的にも有名な名家さ」
「へぇー、というかこの国って王様いるんですね」
深窓の令嬢みたいだなと思っていたらマジのお嬢様だった。っていうか民主主義じゃないの?王様なんてフィクションの中だけの存在だと思ってたよ。
「本当に記憶喪失なんですね...」
「うん、だから自己紹介はできないかな」
「それは仕方ない。私たちも最善は尽くすからこれから徐々に思い出せばいい」
西園寺さんの言葉に答えると先生がフォローするようにそう言ってくれた。患者の精神面にも気を使えるいいお医者さんだ。
「それじゃあ本題に入ろうか。これは本来明日から話す予定だったんだがモヤモヤしたままで睡眠の質が下がっては元も子もないからな、医者としてそれは見逃せない。一般常識について少し話をしていこうか。西園寺は補足があったら頼むよ」
そういって霧島先生はこの世界の常識について話し始めた。
「んー何から話すべきか...そうだな、まず大前提として世界全体を通して男女間の比率が非常に偏っているんだ。大体2:8ぐらいと言われている。もちろん男性が2だ。この極端すぎる偏重には様々な学説があったりするんだが『生物学的な男性の脆弱性に人類史の様々な歴史が悪影響を与えてしまった結果』というのが現在のスタンダードな説か」
「?」
急に会話レベルが上がったからついていけなかった。つまり...どういうこと?
「あー要はそもそもひ弱な男性たちが戦争やら公害やらで身体的・精神的に弱ってしまってそれが少しずつではあるけれど遺伝してしまったんだ。もちろん女性にも多少の影響はあったんだが母数の多さとそもそもの頑丈さで女性に関してはあまり問題にならなかったんだな」
「えーと、うん、その説明ならなんとか理解できた、かも?」
「まぁ、ニュアンスさえ分かってたら大丈夫ですよ。詳しく知っておく必要があるのなんて試験がある学生か研究者ぐらいですもの」
なんとか会話に食らいついていると、西園寺さんがフォローしてくれた。そうは言いつつもあなたは『これぐらい常識よね』みたいな顔してるけどね?
「話を続けようか、つまり男性というのは非常に貴重な存在でな。どの国でも程度の差はあれ、男性に関する支援はもはや世界全体を通しての確定事項。色々知っておいた方がいい法律とかはあるんだが、まぁそのあたりはまた今度少しだけ話をしようか」
「ふぅん」
「そんなわけで君が一般病棟に言ったら男性に飢えた女性に囲まれてしまうわけだ。流石に何かあるとは思えないが不安要素は無いに越したことはないからな。だから以降勝手な病棟外への外出は控えるように」
「まぁそういうことなら仕方ないですねぇ」
「そんな他人事みたいに納得されても...」
西園寺さんは危機感が足りないとでも言いたげな表情だけど、やっぱり実感が湧かないからなぁ。しょうがないんじゃないかな。
「今日はこのぐらいにしておこう。明日からも検診と勉強は継続していくからそのつもりで。じゃ、西園寺あとは頼んだぞ」
「エ゛ッ」
霧島先生の最後の一言に素面とは思えない叫びで答えた西園寺さんは先生に縋りつく。
「ちょっと私一人残していかないでよ!男性と二人っきりなんて無理無理身が持たないって!」
「あぁ?知らないよ。私まだ仕事が山積みなんだからそろそろ戻らないといけないの。まだ消灯には早すぎるし彼の暇つぶしに付き合ってあげるくらいいいだろ?お前も西園寺家の跡取りなら男性の扱い方の勉強くらいしてるだろ」
「彼は特殊じゃない!今までにいないタイプの男性だから何したらいいかなんて分からないわよ」
「知らん。自分で考えろ」
こちらに気を使っているのか小声だけど距離も近いし普通に聞こえてるんだよなぁ。そうこうしているうちに先生は「じゃ」と言って仕事に戻っていった。
「えーと...」
「...」
「嫌だったら部屋に戻ってもいいんだよ?」
「...いえ、別に嫌ではないんですけれど...どうしましょうか?」
その様子は本当にどうすればいいか分かっていないようで困ったように首を傾げて悩んでいた。
「なにかゲームでもあれば暇つぶしにはなるんだけどね。まぁ無いものねだりしてもしょうがないか」
その言葉に思い当たる節があったようで西園寺さんはこんな提案をしてきた。
「でしたら私の部屋あったと思いますから取ってきましょうか。少々お待ちくださいね」
「僕も一緒に行っていい?」
「え?まぁ構いませんけどなにか気になることでも?」
「いや普通に車椅子の娘に物取りに行かせて自分はのうのうと待ってるとか精神的につらい...つらくない?」
「いやその話で行くと私は取りに行く側だからよく分からないんですけど...」
たしかに。まぁ完全に僕の気分の問題だから聞かれても答えようがないか。
「一つお願いがあるんだけどさ」
「はい。なんですか?」
「車椅子押してみてもいい?」
「...変な人」
ボソリと小声で呟かれた言葉に嫌な感情は微塵もなく、どこか呆れながらも嬉しそうな声音だったように感じられた。
まぁ僕の勘違いかもしれないけれどそう思うことにしよう...そうだといいな。
その後は特に語るようなことはなかった。ただただボードゲームを楽しく遊んだだけ。
強いて言うなら霧島先生に接するときのように敬語が取り除かれ会話がラフになったことぐらいだろう。
ちなみに全戦全敗だった。......まぁ楽しかったから全然気にしてないけどね。ほんとに全然!これっぽっちも!気にしてないけどね!
その日の夜は西園寺さんから借りたボードゲームのルールブックを読み込んでいるうちにいつの間にか眠ってしまった。
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