第49話 牧野の心境2
「
牧野には今まで見たことのない三人の浮かぬ顔に、事の重大さをまだ理解できないでいるようだ。
「それより牧野! 、お前いつまで玄関で待たせるんだ」
「いや、ちょっとレコードを聴いていた」
「アナログのあのステレオか」
と先ずは波多野が上がり込み、続けてみぎわ、次に室屋は重い足取りで上がると牧野は外を確かめてドアを閉めた。
四人は奥の和室の六畳に行き、テーブル代わりに使う炬燵を囲んで座り込んだ。此処で目立つのはステレオプレーヤーだ。今時珍しい
こんな大きなスピーカ今まで見たことが無い、と珍しいそうにみぎわが眺めていた。
「これは昭和の骨董品だ」
と波多野がレコードプレーヤーの蓋を開けて見て、そこにレコードが載っていないのを
「さっきレコードを聴いていたと言ったが掛かってないじゃないか」
「勘違いしたラジオ番組を聴いてたんだよ」
波多野はステレオのスイッチオンにするとラジオ番組はニュースを流していた。
「何だ、音楽なんかやってないじゃないか」
「いや、まあ、だけど曲を聴いていたのは確かだ……。それより急にみんな押しかけてきてどうしたんだ」
「ヤッパ牧野さんは知らないんだ」
とみぎわは室屋に声を掛けた。卓上の電気ポットのランプが赤からオレンジに変わった。お湯が沸いたようだ。セットでないあり合わせのティカップを並べて紅茶を淹れだした。
「多美ちゃんはさっきからどうしたんだ」
すると室屋は、気安く呼ばないでよと声を荒立てた。すると牧野は波多野に、どうなってんだと謂う顔をした。
「お前、本当に知らないのか」
「だから何の話だと言ってるだろう」
波多野は室屋の顔色を窺ってから、あの女の事だと言い出した。
「今更、何の話だ」
「みぎわが室屋さんと一緒に実家のお寺に行ったらまた出たんだよ」
「幽霊じゃあ有るまいし、昼間から何が出たんだきちっと話せ」
「幽霊だと、牧野、お前に言わせればそうかも知れんなあ、しかしお寺にどんな幽霊が出ると言うんだ」
「そりゃお寺には墓地もあるだろうが、まあ、それは本来の寺の姿じゃない。あくまでも迷える人々に仏法による教えを取り次ぐ処だ」
と牧野はそうあらねばならないと講釈を垂れた。
「お前の話はちょっと置いといて。室屋さんの実家は託児所をやっているのを知ってるだろう」
「ああ、まだ行った事はないがさぞ賑やかなお寺なんだろうな」
「そこへあの女が預けた子供を迎えに来たんだ」
「じゃああの女はあれから結婚したのか」
「そんな都合のいい解釈をするな。あの大崎って謂う女はもう直ぐ三歳になろうとする子供を引き取りに来たんだ。解るか此の意味が」
そこで急に牧野の貌が硬直した。牧野は波多野を見据えているが、目がこっちに集中していないのが長年の付き合いで解った。どうも牧野は意識的に室屋を避けている。しかし今、牧野が集中しているのは、真面に向き合ってる波多野でなく、視野の端に捉えている室屋なのが読み取れる。
牧野は波多野より室屋の反応を窺っている。これには二人をしっかりと対応させなければならないが、それとも俺は傍観者に徹してやるべきか、今はそのどちらも解らない。
「おい、牧野、今、何を考えているんだ、言いたいことがあれば云え、聴いてやる」
「まだ頭が混乱してどう言っていいのか分からん、それで多美ちゃん、それは事実か」
波多野は室屋を見たが口をつぐんでいるから、みぎわにお前が代弁しろと目で合図した。
「その場に一緒だったあたしが言えるのは、どうも嘘を言ってる感じじゃなかった。勿論あとから確認をしたの。それはあの女が子供と近江八幡で降りた後に直ぐに多美ちゃんは実家のお母さんに電話してどうして預けに来たのか訊ねたのよ」
最初に預かった時は乳飲み子だった。その頃から不定期だけど孫だと言われて預かって名前も大崎だと確認した。大崎の娘は京都で働いていて実家で妊娠を知り、娘の中絶を思い留まらせて両親が引き取って育てている。両親の
「だからあの女はシングルマザーだけど殆ど実家のお母さんが育てているのは間違いないのよ」
あの女とは帰りの列車で、どうして牧野には黙っていたのか相当問い
「これに付いてはどう思う」と波多野は牧野に訊いた。
「俺より多美ちゃんはどう思っているんだ」
「勝手な女だと思う」
やっと室屋はボソボソと喋り出した。
「どう勝手なんだ」
牧野に代わって今度は波多野が訊ねた。
「大学受験で相当滅入っている彼に近付いて親身になった揚げ句は同棲したかと思うともう行き着くところまて行き着けば興味は無いと、まるでゴミを捨てるように消えた女なんでしょう」
ホウー少しは牧野の肩を持っているのかと波多野はホッとした。
「でも牧野さんも無責任だと思う」
寺の住職の子に生まれながら、もしもあの女が子供を堕ろしていれば命の尊さを教える者としては失格者でしょうと牧野に詰め寄った。
「でもそれは無理な気がするけれどお釈迦様でもご存じないものを問い詰めるのは行き過ぎでしょう」
とみぎわに言われて行き詰まった。
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