第18話 室屋の場合2
県庁所在地でない彦根は何処にでも見かける中都市の風景だった。駅の改札を抜けて駅前からバスに乗ると山が直ぐ傍に見える。多美が指差してあれが石田三成の居城があった佐和山と言った。一方の反対側は低い民家以外は青空が広がっている向こうはたぶん琵琶湖らしく手前の小山には彦根城の一部が見える。ここからだとどちらも一キロ以内に収まる距離だ。そこからバスで十分もすれば田畑が点在する中をバスから降りて、少し歩くとこんもりとした雑木林の中にお寺が有った。山門を潜ると真っ直ぐ石畳の道が本堂へと五十メートルほど続くが、手前の脇道を数メートル行った先に普通の家が有った。どうやらそこが自宅になっているようだ。その自宅から裏側では本堂と繋がっている。玄関を開けて入るとお母さんが迎えてくれた。父と兄は出掛けていて留守だった。
「託児所にしては静かね」
「まだ春休み前で学校へ行っていて今は幼児ばかりだから本堂でお昼寝なのよ」
そうよ今ごろ子供達は丁度寝たばかりだから良い時間に来られた、と母は多美とみぎわを招き入れてくれた。居間でお茶を飲んで一服してからガキ達の寝顔を見に行くか、と多美は冗談っぽく言っている。子供食堂の奥さんが倒れたときも腹を空かせたガキどもを何とかしたいと哀願された。あの時と同じでそこが彼女らしくて子供達への愛情が感じられる。
「就学中のガキどもが学校から帰って来るとあの本堂前の広場が遊び場になるからそれは賑やかなもんよ」
緑茶を煎れながら多美は愉しそうに喋るから子供好きなのかそれとももうスッカリ慣らされたのか、ガキ、と謂う言い方でおそらく後者だとみぎわは悟った。
「今はお母さんがやってるの」
「いや、あのガキどもの相手をする保母さんは今日は五人来ている、その内一人は資格が無いからでも新米の保母さんよりあやすのが上手いよなんせもう五十を過ぎてるから」
「今日は子供達は何人居るの」
「二十二人でも昼から学校が終わるとそれくらいまた増えるけどこっちはほんまに悪ガキだから中々手間が掛かるのよね」
「で多美は何をやってるの」
「あたしが此処へ来る時は学校で解らないとこを見てやってるの」
「家庭教師迄やってるの」
「来たときだけの臨時ね」
それでいつも熱心に講義を聴いていたのか。
「ここに居る子たちは色々と事情の有る子が多いのよ勿論ふた親揃っている子も居るけれど殆どの子はシングルマザーだから中々引き取り時間が遅いから中には夜の仕事で祇園まで行って働いている親も居るのよ」
「それは通勤が大変ね」
「それがそのお母さんは十二時台の最終便に乗るから一時廻るのよね迎えに来るのがそれでも必死で育てているのこの子が生き甲斐だと言ってその子を夕方になるとまた連れてくるのよ」
「じゃあいつ閉めるの此の託児所はコンビニと一緒で二十四時間営業って事は無いわよね」
「そこまで行かないけれど夜中に子供が引き取られると朝の六時頃に預けに来る母親が居るから」
その間がお休みって謂うことらしい。
「それは大変ねそんなの良く引き受けたわね」
「それが毎日じゃないよ週末の金土だけで後はこっちのお店で働いてるみたい」
「夜働いてる人が多いの ?」
「色々だけど夜間はよそは預かってくれないから内で預かってるの」
一軒だけ突出してそんな貧乏くじを引かされているのか。
「でもその分なんて言うか割増料金なんか取ってるんでしょう」
「内はそんな足元を見るようなことはしない」
病人の布団を剥ぐようなことはしないとその眼は言いたいらしい。
「でも世話する人には夜間は特別手当てを出さないと来ないでしょうあたしみたいに安いバイト代でもいいって言ってくれないでしょう」
「こう言う現状を理解できてもいざ我が身を考えると中々期待に応えてくれそうも無いのが実状だからねえ世知辛い世の中とひと言で片付けられないのよね」
どうして多美はそれほど苦労して子供達の世話をしているのか。けして金の為じゃあ無いのは判りきっている。終始愛を誓った二人が挫折すればシングルマザーが増えるのはどう見てもおかしいと言うのが多美の理論なんだ。でもそもそも一時の感情の高まりを真に受けて出来た家庭に問題があるのだろうか。そこまで問い詰めれば誰も一緒になるのに二の足を踏むのは目に見えてくる。
「だけど素晴らしい未来を夢見るからこそ一緒に手を
とひと言で片付ければ気持ちの良い人生だが、生活はいつまで経っても向上しない。此の赤字は殆どが檀家の人達によって支えられているらしい。でもそれでも地域で仕事に就けて働ける人が増えているのだから一つの活性化になっているようだ。
「檀家ってどんな人達が多いのよ」
「商売を遣ってる人達。まあ近江商人かなあでも彼らはもっと南の近江八幡の方なんだけど此処は井伊の殿様が治めていたから武家中心だけど結構商人も入り込んでいたらしい。その三方よしというのが近江商人の商業活動の理念でお父さんも報酬を求めているんだけど結果として度外視する、それに賛同を頂いているから何とか利用者には負担を掛けすぎないで遣って行けてるんだけど」
と言い切っても経営が自立していない不安はいつも付き纏う。
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