第12話 二人の論争
先ずは波多野がみぎわに声を掛けた。振り向いた彼女の長い髪が揺れると、療治には身震いしたくなるから処置なしだ。次に室屋に牧野を紹介して座り込んだ。彼女らも正座を崩して横座りした。
先ず此の大学が浄土真宗の親鸞を教義にしている。それに付いてどう想うか室屋は問うた。同じ寺の住職の家庭に生まれたのなら、その質問は無意味だと牧野は突っぱねる。これには室屋も同感したらしく苦笑いした。
「でもみぎわさんとあなたのお友達の波多野さんはそう云う教義に関心を持って来た人達じゃあないから聞いたまでよ」
「なるほどお互いに親鸞には無頓着な相手を友達にしたのかまあ凝り固まっている者より気が楽かも知れんなあ」
「それならどうして会う気になったの」
「もう二人とも初対面からそんなに
とみぎわはえらい人を連れて来たのねと云う顔で療治を見た。しかし療治は気にしていない。おそらく出だしは自然にこうなるだろうと予想していたらしい。みぎわも落ち着き払った療治の顔付きで悟ったらしい。此の二人の以心伝心を、横目で見た牧野は、感心したようだ。
どうやら療治を通じて本心はこう言う人なんだとみぎわに触れ込んだ。その辺りを聞かされて、ならばこんな厳かな場所でなく、もっとリラックス出来る場所にすれば良かったらしい。
「此処では本尊に近過ぎて黙礼の人が迷惑する」
と牧野が言うと、流石と室屋が彼の人柄に納得して、そこで四人は端に移動した。
「此処なら気を使わなくてのんびり出来るわよ」
確かに移動した端は人気も少なくて、ひそひそ話なら大丈夫な位の広い空間がある。
「さてと俺の濡れ衣も晴れたことだから話題を変えようか」
「晴れてない晴れてないわよ」
と室屋がまだ何か物足りないように騒ぎ出した。
「大体ね牧野さん、みぎわちゃんの話だと元来はそんな不真面目な人じゃ無いって言われたけれどじゃああなたはどうしてここ数年でそうなったのその
「聞いていませんか ?」
と牧野は訊ねた。
「聞いてるけど真意を聴きたいのに失恋で
なるほどそう来るか。
「でも室屋さんは儒教に傾倒していましたね」
と波多野が五常の徳目を説かれた話を持ち出した。
「ええ、でも親鸞も孔子も人の道に外れることは教義にはないでしょう」
「多美ちゃん、此処は学校の講義の延長みたいに道徳を説くとこじゃ無いからそれに牧野さんはもう改心してるのにそんなに剥きになるなんておかしいわよ」
とみぎわに言われて自重した。
「そうだぜッ、俺は此処へ懺悔を告白するために来たんじゃないぜ」
と牧野もみぎわの意見に喚起させた。室屋は笑って何が背徳的なのかを
「これじゃあまるで裁判所だなあ、それに不徳な行動を起こしたのは相手の女の方でそれに因って生じた心の痛手を癒やしただけだ」
「不義理を貫いてかッ」
「それはないだろう」
「失恋の反動をじゃあ不誠実で礼節を欠いた行動に起因するのはおかしいって言いたいだけ」
「しかしみんな落ち込むだろう当然その反動で閉じこもる者もいれば良からぬ行動に走って人に迷惑三昧を掛ける者もいるが俺のしていることはそこまで遣ってない。貸し借りだってたわいの無い物で決して金銭の貸し借りはやってないし殆どが待ち合わせにルーズなだけだ、ただ度が過ぎて遣ってないものまで尾びれが吐いて拡張された
「あなた気持ちの切り替えが下手なだけなのね」
「気持ちの整理、それは精神の問題だがそれはとっくに克服しているただ一度失った信頼を取り戻すのに自棄に成っただけだよ」
と波多野の代弁に室屋はだから変わってないと云いたい。だがみぎわは、その自棄を最小限に切り替えて、常に抑えられるように努めたのが療治だと言ってくれた。
「だから俺は同じ過ちは繰り返していない」
だから自棄にならず途中からは愉しめる余裕を波多野が作ってくれた。感情の乱れが人生を不意にすると小さいときから養われていた。だからそれで波多野が忠告してくれた。これでみんなが言うようにもう改心したので無く引き摺らなくなった。負けても根に持たない、自棄にならなくなった。これも孔子の説く仁だと想わないかと逆に室屋に突っかかる。
「大学の講義で無く現場で実践していたってことかそして落ち込まないコツは何ごとも人の所為にしないで常にそこに最大限の感情を使いながら一喜一憂して楽しんで進めと言うらしいわねそれで如何に進むかが問題だとあなたは切り換えられたのね」
あなたは燃え尽きた古いブースターを切り離して、次の新たなブースターに見事に点火して、この先は未来に向かってあなたは加速する。だから室屋はもう道徳を説くより、このシチュエーションをあらかじめ設定したかのように愉しんでいる。牧野も途中からその表情で余裕綽々でいると読み取ったのか、彼もトコトン付き合いだした。これにはみぎわも療治も呆れだしたが止める気もしなかった。終いには論争の二人はお互いに向き合ったまま笑い出した。
「お互い胸の内を交わして満足そうだなあ」
「波多野、確かにみぎわさんの言うとおりこれは真剣に取り組む問題だが多少の行き違いも想定して取り組まないと息詰まるなあこう言う話は」
自分の決定に揺るぎない自信を持てば、あの時の決断には間違いが無かったと思える。それで最後には徳を積んだ方が負けても、悔いが遺らないと云いたいらしい。
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