プレゼント・プレゼンテーション
「――どうして買ってくれないの!?
マサトくんとミライちゃんも、このオモチャ持ってるのに!!」
「よそはよそ、うちはうちよ。誕生日までがまんしなさい。
――はい、これでこの話はおしまい。次にまた言ったら買ってあげないからね」
……【後日】
「ほんと、うちの子は成績が良くなくてねえ……、マサトくんは運動神経が良いし、ミライちゃんは賢くて羨ましいわあ。
この子はどんくさくて、おバカでどうしようもなくて……まったく、アンタもちょっとは二人に追いつこうとか思わないの!?」
「え? だってお母さんが言ってたじゃん。よそはよそ、うちはうちでしょ?」
よそのおうちの子を真似するべきではない、と言ったのは母親である。
小学生の息子は首を傾げていた。
「そうね……『よそはよそ、うちはうち』……言ったわね。でも、それはアンタが『マサトくんとミライちゃんが同じオモチャを持っているから』ってことを理由にしたから。
アンタがどうしてそのオモチャが欲しいのか言ってくれなかったから。……欲しいならちゃんと一から順番に説明しなさい。
それが分かっているなら、どうしてオモチャが買ってもらえないのか、分かるわよね?」
「お母さんは……あれ? ぼくの味方なの?」
「当然でしょ、いつだってお母さんはアンタの味方よ。
いつどこで、敵だと思ったの? 叱ったから? よそのおうちの子と比べて見下げたから? そんなこと、嫌いな理由にはならないわよ。
社交辞令……って言っても分からないか。母親同士の輪を乱さないために必要な儀式なのよ。勘違いさせちゃったのならごめんね、お母さんは絶対にアンタの味方だから――。
自分のお腹を痛めて産んだ子を嫌う親がどこにいるの? 照れ隠しで言うけどね、痛めた分は愛したいし、愛されたいわよ。
我が子を嫌いになったら、お腹を痛めたあの時間はなんだったんだ、って話になるんだから」
「…………お母さんのそういう正直なところ、ぼくも好きだよ」
「そういう正直なところだけ?」
「ううん、お母さんのぜんぶ!」
母親は、よし、とガッツポーズをし、息子の頭を撫でた。
「だからオモチャ、買ってくれる?」
「欲しい理由を一から説明しなさい。買ってあげたいけど、言われてぽんと渡すわけにはいかないの。教育ってそういうものよ。
だからその商品の特徴……、どうして欲しいのか、手に入れたあとはどう利用し、どういう経験を得て、どういう成長をするのか、その想定を出しなさい。
手に入れた時のデメリット、そのデメリットをどう克服していくのか……。パワーポイントを使った方が分かりやすいけど、うちにはないから画用紙でいいわ。
ようは欲しいものがあるなら手間をかけて考えて、作り、アタシにプレゼンしなさい。
出来不出来は問わないわ……、欲しいもののために時間と手間をかけることができるのか。それが嫌なら欲しいオモチャは諦めなさい――どうするの? やってみる? 諦める?」
「やる!!」
「じゃ、がんばりなさい」
去っていく親子の背中を見届けた別の母親が呟いた。
「あの子、うちの子よりも賢くなりそうな気がする……っ!」
それから少し後のことであるが、噂で広がった『子供にオモチャを与える場合はプレゼンをさせる』、というやり方が母親の間で流行し、その地区だけ、子供たちの発想の幅が広がった、とか、ないとか……。ただ、母親の財布は痩せがちであることは確実だった。
出来不出来は問わない。
つまりプレゼンの資料さえ作ってしまえば、そこでゴールではある。しかし、それでいいのだ。子供たちに考えさせ、限られた枚数で情報を選別させ、まとめさせるのだ……。
家庭によっては、それを家族の前で発表させているのだろう。今は使わないものかもしれないが、いずれ絶対に役に立つ。
プレゼン資料の作り方、そして人前で喋る度胸……。
それらは大人の社会では、あっても困ることはないのだから。
「子育て、っていうのはさ、子供の頃に抱いていた『大人へ求める理想』を今の自分の手の中へ落とし込めばいいんじゃないの?
できないこともあるだろうけど、できることはできるだけ実行した方がいいと思うのよ。子供の時に『なんでよ!』って思ってた理不尽なことはしない――そこを潰すだけでも、まあ、アタシみたいな失敗作にはならないんじゃない?」
彼女は自分を『失敗作』と言ったが……だけど。
すくすくと育った息子が大成功をした今、失敗作だと自覚している彼女はさて、失敗作か?
成功作を育てた母親は、成功作だろう。
……きっと、息子は認めない。
自分を立派に育てた母親が失敗作だなんて――絶対に。
「よそはよそ、うちはうちだ――人に流されるな。
自分のやり方に迷うな、信じたならそれを貫け――」
その言葉は、孫へと受け継がれていく。
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