ビックリ・ワーク(短編集その7)
渡貫とゐち
(新)「ビックリ・ワーク」
白い煙と星を出しながら、ポコポコと音が聞こえてきそうなほど分かりやすい喧嘩をしている部下がいた。
実際はオフィスの床で柔道でもしているかのような取っ組み合いだったが……。
「おいお前ら、なにしてんだ!」
『先輩!』
俺の声に反応して、後輩二人が視線をずらす。……ずらしていながらも片手は相手の胸倉を掴んで揺さぶっており、両者共に止まる気はないようだ。
「……なにがあったんだ?」
ちなみに、二人の勤続年数には一年の差がある。
接し方で同期の仲間のように思えるが、実は片方が先輩なのだ。先輩なら、取っ組み合いになる前に後輩をきちんと育成しろと言いたくなるし、一番下の後輩へは、先輩と取っ組み合いになるな、と言いたいが……事情が分からない以上、迂闊なことは言えなかった。
取っ組み合いをするくらいのトラブルがあったのか?
「ちょうどいいところに! 聞いてくださいよ先輩……こいつ、おれが『!(ビックリ・マーク)』をつけてるのに、素っ気ない返事しかしないんですよ!
せっかく先輩が歩み寄っていってるのに、メッセージ内だと、どうしてこうも人の意を汲めないのか……っ!」
「は?」
「それはこっちの自由でしょ。『!』がついてるからと言って、絶対に『!』を付けて返さないといけないルールでもあるんすかね? ないでしょうよ!!
そもそも仕事のやり取りで、『!』をつける方がおかしいのでは!? 仕事仲間ですけど友達じゃないでしょう! 友達だったとしても他人に見られることもあるんだから、整えた文章にするべきだ。口頭ならいくらでも意を汲むので……文章くらいはちゃんとしよう」
「――だったら今のお前は敬語であるべきだろう!?!?」
ぎゃーぎゃーわーわー、と、今はちょうど人がいないとは言え、オフィス内で騒ぐとは、これが社会人か? 学生の頃の教室の風景みたいだった……。
『!』を付けて送ったら、『!』を付けて返信をする、か……。
確かに、俺が送った側だとして、後輩から素っ気ない返事がくれば、俺だけがアプローチしているみたいな、好意の一方通行のように、見えなくもない。
先輩が先導するべきことだとは言え……、句点で締める文章は距離が詰めにくいだろう。だからこそ『!』を付けたのか――。
後輩から先に『!』がくれば、それで『なめている』とまでは感じないが、「ん?」とは引っ掛かってしまう……もしかしたらそれを危惧したのかもしれない。
下の後輩は悩んだ末に定型文を選んだ。
メッセージ以外では対等に喋っているから、伝わると思ったのだろう……。
結局、こうして揉めてしまっているから、意図は伝わっていなかったことになるが。
「先輩、『!』を付けるのを義務にしましょう。なぜ付けないのかで揉めるなら、付けるべきものだという習慣にしてしまえばいいわけですよね!?」
「社員全員へ押し付けるのはなしだ。お前ら二人のルールにすればいいだろう……。
ただ、習慣が染みついて、他社との連絡で『!』を使うなよ?
フレンドリーと馴れ馴れしいは、やっぱり与える印象が違うからな」
「はい。あ、そうだ、先輩も混ざります?」
「元々『!』を付ける方だろうが。なのにお前は付けないことが多々あるぞ」
「え、付けてますよ……、『!』でこそないですけど……」
「スタンプで返事をするな。せめて文字を打ち込んでくれ……。
ワンタッチで俺との連絡を済ませようとしてるじゃねえか」
スタンプ内で『!』は使われているが……。
知らんアニメのキャラのセリフ内で、だけどな。
「スタンプで答えられる連絡ばかりですからね……、先輩は『!』があっても素っ気ないんです。同じことばかり、メッセージがきますし……」
「そういう仕事なんだから仕方ないだろ……。お前、たまにワンタッチで連絡を済ませるから、内容を確認できてないことあるだろ。そういうミスが最近多い――」
すると、着信が入ったので、部下に手で『少し待て』と示し、電話に出る。
「はい……あ、先輩。はい、はい……あー、はい。了解です。はい。承知しました、はいー」
先輩からの連絡を聞き終え、スマホをしまった。
「……メッセージで残してくれればいいだけの内容しかなかったじゃんか……!」
「あの、先輩。相槌を打ってましたけど、あれって考えてます?」
「は? いや、反射的に答えてるだけだ……だけど内容はちゃんと聞いてるぞ?」
「それです。先輩にとってのその相槌が、おれにとってのスタンプなんですよ」
「納得できるわけねえだろ、ちゃんと文字を打て。
そういうことはミスを0にしてから言うんだな」
―― 完 ――
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