リポップ・ノンストップ

「ん? ……こいつで最後か? ……なんだよ、もう全滅か?」


 倒した魔物の死骸は、その場に残らず霧散してしまうため、数えていなければ『いま何体目』なのか分からなくなってしまう。


 倒した数に応じて、経験値が溜まっているはずだが、それを確認するには一度、町へ戻らなければならない。

 全身黒尽くめの『鑑定士』に依頼することで、得た経験値を含め、自身の能力の成長の幅(――数値化されたものである)を確認することができる。


 経験値がそれぞれの能力を上昇させてくれる……のだが、現場で分からないのがネックだった。『鑑定士』をこの場に呼べば解決するかもしれないが、一時的に、だろう。

 鑑定をするには道具だけでなく、静かな環境も必要だ。


 そして鑑定士自身の状態も大きく結果に左右される。

 魔物がひしめく危険な場所に呼べば、鑑定士の精神はいつまで経っても落ち着けないだろう……、それに戦闘能力もない。

 魔物に狙われ、殺されてしまえば、せっかく見つけた貴重な『鑑定士』を失うことになる……。


 鑑定士は、見ている世界が人とは違うと言われている……、それのせいなのか、人間嫌いなのだ。嫌いとは言わないまでも苦手である者が多い。

 そのため、丁寧にコミュニケーションを取って口説かなければ、まともに『鑑定』をしてくれない。


 無理やりにでも……、たとえば脅せば、鑑定してくれるが……。それによって導き出された結果が、果たして正しいのかと言われたら怪しいものである。


 疑い出せばきりがない。懇意にしている今の鑑定士の鑑定も、疑うことはできるのだ……、示された経験値、自身の成長幅……そして実力を証明する『レベル』だ。


 レベルに関しては、レベルが分かっている者を数人集めて戦えば、実力差から自身のレベルがなんとなく分かりそうだが……だけどやはり、分かっても『大体』である。


『彼』より強くて『彼女』よりは弱い、くらいの大まかなことしか分からないだろう。

 確実な数値を知りたければ、疑わずに済む、信頼できる『鑑定士』を見つけるべきだが……、それができれば苦労しない、というのが全『冒険者』の意見である。


 そのため、冒険者の中でも、自身のレベルが『本当である』と確信を持てているのは、少数だ。



 現在、レベル上げに勤しんでいる彼女もまた、自身のレベルが果たして本当に『18』なのか。今回のレベル上げによって『19』になったのか――確信がない。

 もちろん、魔物を倒せば倒すほど、経験値を得ることができる……それは間違いない。


 細かい数値こそ分からなくとも、なんとなくレベルが上がって、『強くなっている』ことは行動を起こせば分かるのだ……。

 たとえば長距離を走って、息が上がり始める時間が遅くなっていれば、成長しているのだろう、と……。ただ、そういう実験も、自身の状態に左右されてしまうのだが……。


 レベルアップのおかげなのか、そもそも以前に測った時が不調だったのか……。

 今回、測ったのがたまたま絶好調だったのか――色々と考えてしまう。


 記録が伸びたから、「やったー」と素直に喜べないのは、レベルという指針がそのまま『危険』への適性になるからだ。

 レベル『18』と『19』では、その者が対応できる魔物も変わってくる(その対応できる魔物の選別も、確実な意見とは言い難いが……)――、対応できる、と判断して向かってみれば、実力が及第点に達していなかった、という事例はいくつもある。


 その前例はそのまま死へ繋がっている……、半信半疑の『レベル』で、曖昧な選定基準で定められた魔物へ挑むことになるのだ……他人事でなければ慎重になるところだ。


 だからできるだけ魔物は倒して、経験値を多めに得ておきたい。

 レベルの誤差として、高いレベルを低く認識するならまだいい……、

 問題は低いレベルを高く判断してしまうことだ。


 鑑定士が導き出したレベルから――二、三、低く判断すれば、実力差で魔物に殺されることはないだろう……。まあ、油断で死ぬこともあるが……。


 まさか鑑定士も、見えたレベルよりも何段も飛ばして、高いレベルを言うはずもないだろうし……。


 その場合はもちろん疑う。

 レベルなんてそう簡単に上がるものではないのだ。



「あの、もうやめませんか……?

 三日間、この山で魔物を狩っていますし……」



 寝食以外はレベル上げをしている……。上がっているのか分からない現状、なぜ彼女は長くモチベーションが保てるのか、不思議だった。


 二人きりのパーティ……、魔法の杖の出番がない青年・オットイは、鉄斧を肩に担ぐ『彼女』を止めようとするが……、


「まだ足りないんだよ。レベルを三つ……いや、五つくらい上げておかないと、アタシじゃ太刀打ちできない魔物がいる……。

 故郷が危機に直面しているんだ。他人事のアンタには共感できねえかもしれないけどな」


「それは…………、はい、共感は、できませんけど……」


 彼女は、ふん、と鼻を鳴らして、狩りへ戻ってしまった。

 日も暮れてきた……、魔物の数がうんと減って……、再出現リポップもしなくなってきた。山や海、砂漠には、魔物が湧き出てくる『スポット』が点在しており、その場所を狙ってレベル上げをするのが王道だ……。


 ゆえにスポット内では、一定の間隔で魔物が出現を繰り返すはずだが――、


 そのペースが落ち始めている。


 倒せば数分後に出現していた魔物が、段々と数十分になり、数時間、数十時間――、レベル上げをしにきているのに、全然、魔物と戦えない非効率な手段になってきている。

 なのに彼女は止まらない……、止まれないのかもしれない。


 早くレベルを上げなければいけない焦りと、レベルの上昇を知るには一度、町へ戻り、鑑定士に鑑定してもらう必要がある――、

 遠出ではないが、町から近いわけでもない山の中である。町に戻って、またくるとなると、大幅な時間のロスである。


 ロスをするくらいなら……、できるだけここで粘って、レベルを上げたいと思っているのだろう……、取り逃し一つなく、効率良くレベルを上げたいから……。

 そのために非効率なことをしてしまっていることには、彼女は気付けていなかった。




「……再出現しないわね」


「ですね」


 完全に日が落ち……、真っ暗な森の中、焚火の明かりだけが頼りだった。


 緑色の体液が付着した大きな斧を綺麗に拭き、砥いで、切れ味を落とさないようにしている……、まだ町に戻る、という判断はできないらしい。


 町へ戻ってまたここにくるまでに、まだ魔物は再出現していない気がするが……――言っても聞かないだろう。


 もしも町へ戻っている間に魔物が再出現したら? と言われ、詰め寄られたら、彼に責任は取れないのだ。


 一手、間違えれば、彼女の故郷が焼き払われると言われてしまえば……、なかなか、町へ戻る判断はしにくい。



「……魔物が再出現するのは、本来、『制限』なんてないって聞いたことがある――」

「え?」


「スポットのどこかに『杭』があるらしくてね、その杭によって、意図的に間隔を空け、魔物の大増殖を防いでいる、と……あくまでも噂程度だけど」


 ……確かに、無制限に魔物が出現すれば、あっという間に世界は魔物で埋まってしまうだろう……、倒しても倒しても出てくるのだ、手が追いつかなくなる。


 だから世界に『存在できる』魔物の数が決められていて……、魔物が倒され、『上限数』に達していなければ追加される、という仕組みになった……。


 時間差、というだけで、杭によって止められている魔物は出口を求めて、『裏側』で生まれ続けているのだ。

 もしもその説が本当であり、杭を抜けば(一時的にだ、すぐに刺し直すことで増殖は止められる……はず)、再出現しにくくなった魔物があっという間に増え始め、効率が良いレベル上げになるはず――。


「なあ、ちょっとその辺、探してみてくれるか? 見つけたら引っこ抜いてくれ」


「……でも――」


 と、反論しそうになったが、彼が考えていることは彼女も考えているだろう……、引っこ抜いてすぐに刺し戻せば問題はない、と考えているなら、議論するまでもない。


 真夜中なので暗く、探すには不向きだが、昼間では影も形もなかった杭である……、夜中だからこそ見えるようになっているかもしれない……。



 ……しかし、よく考えてみれば、どうして再出現の間隔が狭くなったのだ?

 世界に存在できる上限数が決まっていて、不足すれば、それを補うように魔物が追加される……、それが俗に言う『リポップ』なのだが……。

 

 生まれないならまだしも、間隔が狭くなるというのは……?

 彼女が倒したわけでもなく……、


 倒していない……?

 当然、倒せば追加されるし、倒さなければ追加されないわけで――。


 実は見つけていないだけで、再出現した魔物はすぐに姿を隠し、潜んでいる……?


 だからこそ、なかなか数が増えないと、『誤認』している、のか……?




「あれ? ――杭って、これじゃないか?」


 と、近くの茂みで聞こえた呟き……――まずいッ、とオットイが警告するよりも早く、彼女は鉄斧を振り回すその腕力で、太い杭を力強く――引っこ抜いた!


 一瞬だった。


 ぶぉわっっ――! と。


 小さな穴から膨大な数の魔物が溢れ出てくる。



 その数は千や万ではない……億だ。


 そう、山どころか、近くの町まで覆い隠すほどの、魔物の群れである。



「ま、マラカスさんッ!! 早く杭を……ッッ!!」


「ダ、ダメ、だ……杭が、手の中から消えてる……だと!?!?」



 まるで、倒した魔物のように……霧散して消えてしまっていた。


 つまり、この『魔物の波』を止める術を失ったことになる。



 濁流のように山を下り、町を覆う魔物の群れは、やがて次々と近くの町を飲み込み、この星そのものを飲み込むだろう――、自然現象が可愛く見える、新たな『大災害』である。


 こうなればもうレベルなど関係ない。


 たとえこの魔物が、レベル『1』でも倒せる魔物だったとしても。


 ……億の集団でこられてしまえば、太刀打ちできない。



 魔物の出現は止まらない。


 確かにレベル上げの効率は良いだろう……、


 ――まあ、『これ』を倒せればの話だが。





 ―― world end ――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る