第42話幼馴染の女の子、花蓮のさよなら
ホント……ザマァないわね。
ガチャンと窓が割れる音が聞こえた。樹、いや『しいくがかり先生』のファン……いや、違う。しいくがかり先生のファンがこんなことをする筈がない。あの素晴らしい物語に感銘を受ける人間が例えクズの私にとはいえ、こんな仕打ちをする筈がない。
ネットの悪質な民だろう。愉快犯だ。
私は樹に赦された。もちろん元通りの彼女になんてなれないし、幼馴染として近くにいることはもうできない。自分のしたことを考えたら当然だ。
だが、樹は私のしたことを赦してくれた。もう怒っていないと……例え私のいたその場所に知らない後輩の女の子がいたとしても、私は赦されただけで十分幸せだ。
……嘘だ。
そんなの嘘!
出来るものならやり直したい。時が戻るなら今度こそ樹を信じ続けてあげたい。
そして、樹の彼女のままでいたかった。いつもの場所に戻りたかった。
無くしてようやくわかることがある。それが素敵な幼馴染の元カレのこと。
「自分で振っておいてこんなに後悔するとか……ほんと私って救いようがない……馬鹿」
私は敵う筈もない タイムリープなんてものを夢見ていた。
私に思われても樹にとって迷惑なだけだろう。自分のしたこと……私は樹を裏切ったのだ。その上、手ひどく振った上、涙を流す樹を動画撮影させて学校中にバラまいた。
「私って最低だね。死んで生まれ変わった方がいいのかも……」
一瞬、いっそ死んでしまおうかと思った。でも、そんな勇気なんてない。いつも中途半端でいい加減で、楽な方へ逃げる自分が心底嫌になる。
カッターナイフを見つめながら涙が出て来る。その時。
「花蓮、入っていいか?」
「何? お父さん? いいよ」
私は家から追放されるのだろうか? 私のやったことはSNSで拡散されてしまって家の窓には石が投げ込まれ、いたずら電話がひっきりなしで、もう元電源を抜いている。
両親に自分のしたことはもう話した。今起きていることの原因を説明しないと、両親も訳がわからなかっただろう。私が幼馴染の樹にしたことを言った時、お父さんもお母さんも驚くほどがっかりした。それだけ樹の好感度が高かったのだろう。お母さんは『……てっきり花蓮の未来の旦那さんは樹君だと思っていたのに』と言った。私もそう思っていた。あんなことが無ければ。
……いや、違う。あんなことと言わず、いずれ私は自分の正体を晒して樹を傷つけて振ったのだと思う。……私はクズだから。
お父さんはドアを開けると厳しい表情を浮かべて私の部屋に入って来た。
「花蓮、お前に伝えなければならないことがある」
「何? 私が罰を受けるのかな?」
「花蓮? 一体何を言って?」
思わず涙があふれ、すすり泣いてしまう。
「お父さん。ごめんなさい。私がバカでクズなばっかりに」
「花蓮。過ぎたことは忘れろ。お前は未だ高校生だ。未熟なんだ。未熟なら自身を磨いて良い人間になることだ。私は自分の娘を見捨てたりしない。お前は反省している。ならばやり直すことはできる」
「だ、だけど! 取り返しのつかないこともあるよ! こんな状態でどうやって生活するの?」
私はお父さんの優しい言葉に思わず反論してしまった。優しいお父さん。でも、クズの私にできることなんて、せいぜい厳しい罰を受けて、樹に笑ってもらうこと位しか思いつかない。
「花蓮。樹君がお前のことを心配していたぞ。今日、私の会社にマルカワ出版の編集さんと樹君が来た。彼は本当に有名作家さんなんだな」
「そうよ。樹は天才なの! ほんとに素敵な物語を書くの!」
「その樹君が言っていたよ。物語を創造する時、花蓮との思い出がとても為になったってな」
「そ、そんな! ほんとに?」
私なんかとの思い出が? そう言えば、彼の小説には私との思い出がたくさん出ていた。
「樹君が見舞金を私達に渡してくれた。信じられないことに3000万円もだ」
「え?」
樹が私なんかの為に……そんな大金を? ザマァ見ろって思われて当然の私の為に?
「樹君は自分が小説家だったばかりにSNSでおかしな噂が流れて迷惑をかけたので、その見舞金だと言っていた。辞退したが、樹君がどうしても受け取って欲しいって言ってね、つい根負けしたよ。まさか3000万円もの大金が入っているとは思わなかったけどな」
「樹に迷惑をかけたのは私の方よ。私は因果応報を受けてるだけなのに?」
「花蓮。樹君の好意を素直に受けよう。この見舞金のおかげですぐに新しい家を買うことが出来る。来月には引っ越しだ。そこで一つお前に確認したいことがある」
「何?」
「引っ越し先は県内で会社に通勤ができる場所ならどこでもいい。だが、お前は今の高校にこのまま通い続けたいか?」
思わず身が引き締まった。高校は転校したい。樹が無実な上、神作者と知れ渡って、その彼を手ひどく振った上、泣いているところを撮影した動画を学校中にバラまいた。そのつけが今回って来て、私は学校一の最低な女というポジションにいる。皮肉なものだ。立場が変わったのだ。もっとも樹は無実の罪が原因で、私のは自業自得なんだけど。
……でも……転校したら二度と樹の顔が見れない……。
二つの気持ちが入り乱れるが私は答えを出した。
「高校は転校したい。私の居場所はあそこにはないの」
「わかった。樹君からだいたいのことは聞いている」
お父さんは私の意思を確認すると部屋を出て行った。
『これでいいんだ。私が樹と同じ学校にいたら樹の気分が悪くなるだけだ』
そう思った。私自身も樹とあの陽葵という後輩が仲良くしている姿を見ると胸が苦しい。
『……もう……二度と会えないのね、私達』
ずっと一緒に育った二人。会えない時が来るなんて思ったこともなかった。
『そう言えば、樹のお嫁さんになるって恥ずかしいこと言ったことあったな』
いつも一緒が当たり前と思っていた。でも、それは当たり前じゃなかった。
私は何気なくスマホのTwi〇〇erをいつもの癖で眺めた。
「―――――!!!!」
そこには『しいくがかり』先生の信じられない呟きがあった。
『花蓮へ。人は一度間違いを犯したからと言って二度と幸せになる権利がない訳じゃないよ。新しい幸せを探してください。僕の大切な幼馴染 花蓮は素敵な子だったよ』
い、樹! そうだ。私は取り返しのつかない失敗をした。だからと言ってこれで人生が終わった訳じゃない。樹の言う通りだ。私は反省して、自分を変えて行こう。子供の頃の自分を取り戻して行こう。
「……あ、ありがとう、樹」
私は幼馴染の優しい言葉に涙した。そして、二度と樹に会わないことを決意した。
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