第40話名前の無い黒服のおじさんは常識人

俺達は晩餐会の会場を後にすると黒服のおじさんのリムジンに乗って逃げた。


「首尾は上々のようですな」


「ああ、上手くいった……のかな? 気のせいか大事になるような気がする」


「先生、何をおっしゃいます。愛の前にそんな物!」


「そうばい。先輩、うちがあんまま婚約してしもうてよかったと?」


「いや、そう言う訳じゃなくて、ちゃんと陽葵ちゃんのお父さんと直談判した方がいいように思えたんだけど?」


「「だから! 乙女心!!」」


陽葵ちゃんと辻堂さんの声がハモるけど、絶対この二人はロマンチックな気分に包まれて冷静な判断ができてないようね気がする。俺もちょっと冷静さがなかったけど、会場でビビって我に帰った。俺、犯罪者になったりしないかな? ここは一番冷静そうなおじさんの意見を聞こう。


「あの、おじさん。俺のしたことって罪になります?」


「はい? 先生の罪ですか? もちろん誘拐になりますが?」


「え? これから自分家に陽葵ちゃんを連れて行こうと思ってたんですけど?」


「誘拐に更に監禁罪が追加されますな」


え?


「「「そ、そんな〜」」」


俺はおじさんの言葉に驚いた。今から返しに……いやそれは駄目だ。陽葵ちゃんの婚約が成立してしまう。俺はどうすれば? そんなことを思っていると陽葵ちゃんと辻堂さんが。


「せ、先輩。うちゃ先輩が出所するまでいつまでも待っとー!」


「先生、安心してください。先生が臭い飯を喰らいながらでも執筆はできるよう最高の弁護士を用意致します」


「……はあ」


俺が臭い飯喰らうこと前提の作戦を無理強いするの止めて欲しかった。もう遅いけど。


そんなことを言いあってると。


「樹様、失礼ながら進言を申し上げて宜しいですか?」


「お、お願いします! むしろまともな意見をください!」


「まともな意見? わたくしの意見がおかしいと?」


「ひ、陽葵も常識ある!」


「無いわー!」


全く、確かに普段の辻堂さんや陽葵ちゃんは常識あるけど、今はおかしい。いや、俺も流されたから同罪なんだけど、流石に我に帰った。


「それで、おじさんの意見を聞かせて下さい」


「では、僭越ながら年上としての意見を述べさせて頂きます」


「お願いします」


「はい。では、先ずはともあれ、陽葵様をご実家に送り届け、ご両親と対話されてはと?」


「今更?」


「今しないと誘拐罪に監禁罪が追加されてむしろいつされるおつもりですか?」


「そ、それは……」


おじさんの言う通りだ。今話し合わないと二度と機会が無い。そもそも犯罪者になったら、陽葵ちゃんのお父さんやお母さんが二人の仲を認めてくれないような気がする。


「おわかり頂いたようですな?」


「あ、ああ! すぐに厚木家に向かってください!」


「承知!」


キキキッと急ブレーキを踏むと大きなリムジンがなんとドリフトして交差点をUターンした。そして、俺は陽葵ちゃんの豪邸の前に立っているであった。


☆☆☆


「で? 一体どのようなつもりでこの家の敷居をくぐったのか?」


「それはお嬢さんを嫁に頂きたく参上しました」


「……よくも抜け抜けと」


苦渋に満ちた顔で俺を睨むのは陽葵ちゃんのお父さん、ゲンドウさんだ。


陽葵ちゃんにはお母さんはいなかった。今まで話してくれなかったけど、子供の頃に亡くなったらしい。


「待って下さい。先生をそそのかしたのは私です。ですので、私にも弁解させて下さい」


「あなたは? それに先生とはそこの少年のことか?」


「はい。私は今をときめく小説家のしいくがかり先生の編集担当をしている辻堂と申します。はっきり言います。先生は年間に億を稼ぎます。先生に嫁いだら幸せな未来が約束されています! 私が結婚したい位です」


「君位の娘さんが高校生に手を出すとか犯罪だろう?」


「はうッ!」


何故かダメージを受ける辻堂さん……そう言えば……辻堂さんは独身だった。


「そ、それはおいておいて、先生は男として立派な方です。既に高収入ですので将来は安泰です。お嬢さんのお婿さんとして申し分無い筈です」


しかし、ゲンドウはフッと笑うと。


「婚約予定の関内家の資産は100億は下らん。それに配下に10の企業を持ち、将来も安泰だ。それに比べて小説家と言うのは10年後も売れるという保証があるのか?」


「それは大丈夫です。先生は天才ですので、ネーチャーの論文でノーベル賞を狙えるレベルです」


「意味がわからんが?」


俺もわかりません。


「それだけ凄い小説家ということです。そう……100年に一度現れるか現れないかの」


言い過ぎだと思う。


「まあ、君の熱意に免じて将来性のことは同意しよう。だが、我が家はそれなりの歴史がある名家だ。それなりの歴史がある家の者に嫁がせたい。どこの馬の骨としかわからない男に嫁がせる気はない」


「ならば、先生はマルカワ出版の社長の子息です。それでは厚木家の家柄に釣り合いませんか?」


「何ッ!」


ゲンドウさん、何故かびっくりする。


しばし考え込んだ上、こう言った。


「なら、なんで真正面から陽葵を嫁に取りに来なかったのだ? マルカワ出版と言えば相模家。知識人の家系で我が家に遜色ない。婚約まで時間があった筈だろう、何故だ?」


だから乙女心の馬鹿!


俺は思わずそう叫びたかった。


俺、何やってたの?

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