第35話陽葵ちゃんの婚約者

俺はマルカワ出版の社長の養子になり、苗字が相模になった。


来週にも相模家に引っ越すことになる。


養父が社長と言ってもマルカワ出版程の大会社では俺が次期社長という訳じゃない。


マルカワ出版ではあくまで優秀な社員が順に昇進して行って社長になる。


俺の養父もさぞかし優秀な人なんだろう。2,3度しか会ったことしかないが、とても頭が良さそうだった。だけど、とても優しい人と感じた。


先日新しい家族と顔合わせがあったが義理の母や姉、妹もとてもいい人達だった。その上優秀で、俺はやや気後れしていたが、それでも俺の本当の親や兄より好感が持てそうだ。


姉も妹もご両親と血が繋がっていないそうだ。二人共大変な人生を歩んでいるところを相模家に引き取られたらいう。俺の両親は子供ができない身体なんだそうだ。


☆☆☆


今日も陽葵ちゃんが俺のために料理を作ってくれる。いつも作ってもらってばかりで悪いから、明日は陽葵ちゃんに俺が何か作ってご馳走してあげよう。最近、俺も料理の勉強を始めた。


それにしても二人で一緒に食べるご飯はとても美味しい。今まで味わったことのない幸せを噛みしめていた。


しかし、今日は陽葵ちゃんの顔色が悪いような気がした。でもそれは気のせいじゃなかった。


陽葵ちゃんは一緒にご飯食べ始めると、こんなことを言い出した。


「お、お父さんがね……陽葵に婚約者ばってね。そげんことば言い出したと……」


「……」


俺は思わず箸を落とした。


それはつまり、家に陽葵ちゃんの旦那さんが決められてしまうということで、俺が陽葵ちゃんと結婚できないということだからだ。


「そ、そんな……何故?」


「陽葵が先輩ば助くる時にお父さんの力ば借りたと、そしたら……」


「代わりに婚約ってこと?」


「ううん。そうやなかと。お父さんなギャルは止めて欲しかって……それで今ん恰好なんやけどね。そしたら、お父さんが喜んでくれて、こん間パーティに連れて行ってくれたと。そこでお父さんの昔ん恩人に会うて、そん人が自分の息子ん婚約者に是非にってね……お父しゃんの恩人やけん……」


俺は箸をテーブルの上から拾い上げるとこう言った。


「陽葵ちゃん。俺を陽葵ちゃんのお父さんに紹介してくれないか?」


「せ、先輩? それってもしかして?」


「うん。俺、陽葵ちゃんをお嫁さんに下さいってお父さんに言うよ」


「せ、先輩!」


陽葵ちゃんの目には涙があった。俺はこの優しい俺のことを真っすぐに信じてくれる陽葵ちゃんを誰かに渡す気なんてこれっぽちもなかった。


お父さんの恩人の頼みって言っても、結婚するのは陽葵ちゃんなんだ。そんなのおかしいとも思った。


☆☆☆


そしてあくる日陽葵ちゃんから連絡が入った。例の婚約者候補の男性が俺と三人で話がしたいと言うのだ。おそらく釘をさされるのだろう。指定されたレストランは銀座の一流フレンチだった。 待ち合わせは銀座の駅のライオンの前で待ち合わせをする。


陽葵ちゃんの恰好は見たこともない綺麗なドレスで見違えた。まるで貴族の令嬢……いや、この姿が陽葵ちゃんの本来の姿なんだろう。初めて見た時はギャルファッションだったけど、陽葵ちゃんはお金持ちのお嬢様だ。


「関内様、こちらが待ち合わせ場所でございます」


声がした方を見ると、高級車から一人の男性が降りて来て、こちらへ進んできた。これが陽葵ちゃんの婚約者候補?


「……君達」


わざとらしく髪をかき上げて、完全にナルちゃんと思しき男が話し始めた。


「僕が関内財閥の跡取りの関内だ。君達のような一般市民ではない。関内財閥の御曹司にして、来年には腰掛けとしてまずは四菱銀行の社長を務める。君達のような平民ではないんだ! わかる???」


二人の空気が一気に冷え込んだ。俺達はこの人が非常識なレベルで傲慢なのが1秒でわかってしまった。


「まあ、良い。多少の無礼は許してやる。さあレストランは何処だね? 教えたまえ、普通するよね?」


一方的に話す男。いや、なんなのこの男? 僕達に微妙な空気が漂う。そもそも招待したのこの人だし。だけど、俺は気を取り直して、男をレストランへ案内をする。


「レストランは確かあっちですよ。以前行ったことがありますので」


「そう来る?」


あまりにも傲慢な言いように俺はため息が出そうになるが、相手は陽葵ちゃんのお父さんの恩人のご子息だし、どうも何だか偉い人らしい、気を遣うよりなかった。


「まあ、無礼は許してやろう。君は、いや、名乗らなくてもいい、いちいち覚えるのが面倒だ。レストランで私の話を聞きたまえ、普通、するよね?」


「……わ、わかりました」


陽葵ちゃんはとんでもないヤツに目をつけられたな。確かにドレスアップした陽葵ちゃんはとても綺麗で一目を引く。そんな陽葵ちゃんに目をつけられるのは仕方ないことかもしれない。


「まあ、そうだな……今日は君達に平民と僕のような選ばれた者との違いを良くわかってもらう事にしよう。最初が肝心だからな。僕は何でも一流だ。僕が本物のレストランでのマナーを特別に教えてやろう」


そう言ってレストランに入ろうとする。レストランからは支配人が慌てて出て来る。


「やあ、久しぶりだね大久保君」


そう言いながら先を歩く関内氏を素通りして俺のそばに来る支配人。


「いらっしゃいませ。しいくがかり先生。今日はご予約なしですか? いえ、他の方なら例え政治家だろうと受付ませんが先生なら何時でも大歓迎です!」


「い、いえ。ちゃんと予約してますよ。その……そこの関内さんにお誘い頂きまして」


「はい? 関内さん?」


支配人はようやく視界に関内さんが目に入ったのか、突然職務に戻った。


「これは関内財閥のお坊ちゃま。久しぶりですね」


これは……まずいな。この人……俺に金持ちぶりをアピールするつもりだったんだろうけど、この店って辻堂さんに良く連れて来てもらってる行きつけの店なんだ。それに久しぶりって……俺は月に2,3度は来てるな、あは。


オーナーシェフも辻堂さんから俺がしいくがかりだと知らされていて、実は俺のファンだったりする。

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