12-3.【事例9】「何でも言ってください」のゲーム

 さて、この事例は「なんでも言ってください」のゲームとしました。


 実は、この「なんでも言ってください」のゲームは、バーンや臨床心理学の学者が考えたものではなく、私が自分の会社生活のなかで見つけ出したゲームなのです。私は、会社に限らず組織のなかで、自分の責任を回避しようと企てた時に、このゲームが実によく使われることを「発見」したのです。


 今回の事例では、鉄さびが発見された時、詳細設計の連中が私に「なんでも言ってください。我々は言われたことはなんでもします」と言って、本来の責任を放棄し、傍観者の立場に回っています。ある意味では、責任を回避する時に、この「なんでも言ってください」という言葉は実に便利なのです。


 次のAさんとBさんの会話をみてください。


A「いよいよ、新プロジェクトが始まりますね。私は設計、Bさんは運転の立場ですから、お互い協力して頑張りましょう」

B「でも、私はこのような新しいプロジェクトというものは経験したことがないんですよ。何をやったらいいのか、さっぱり分かりません。Aさんから、何をやってほしいかを言ってくれませんか? 何でも言ってください」

A「何でも言えと言われても、たくさんありすぎて、逐一お願いすること自体が大変です。そんなことをいわれると、こちらが困りますよ。心配しなくても運転の仕事は、いくらでもありますよ」

B「でも、本当に何をしたらいいのか分からないので困っているんです。実績会議で、上司に報告しないといけないし・・・頼みますから、何をしたらいいのか、なんでも言ってくださいよ」

A「困りましたね・・・それじゃあ、まず、ここの液の粘度を測定してくれませんか。物性の測定は運転の仕事ですから、実績会議でも報告できますよ」

B「でも、液の粘度の測定をどうやったらいいんですか? 測定方法を言ってくれないと、分かりません」

A「では、この文献に書いてあるように測定してみていただけますか」

B「この文献のとおりにすればいいんですね。では、ここに書いてあるとおりにやって、その結果を連絡しますよ」


 実は、この会話は、【事例9】とは別の案件で、私が実際に体験したものなのです。Aが私で、Bさんは私の先輩になります。


 いかがでしょうか? Bさんが、「なんでも言ってください」という言葉を用いて、巧みに責任を回避しながら、その一方で、実績会議で何かを上司に報告できる状況を上手に作り上げていることがお分かりになるでしょうか?


 Bさんは、A(私です)に「何でも言ってください」と言って、彼がやる事を全てAが考えなければならないように仕向けています。困ったAが、液の粘度の測定を依頼すると、自分は全く考えようとせず、今度はその測定方法をAに言わせるように仕向けています。そして、Aが言うとおりに、粘度を測定するという状況を作り上げたのです。


 もし、Bさんが測定した粘度が間違っていたとしても、彼は「自分はAさんの言うとおりにやっただけだ」と、自分の責任を回避することができます。その一方で、実績会議では、液の粘度を測定したという実績をアピールできる訳です。


 Bさんは、自分は一切考えようとせず、Aに「何でも言ってください」としつこく言うことで、Aの依頼を引き出し、それをAの言うとおりに実行することで、万一、間違った場合の自分の責任を回避しています。その一方で、Aの依頼を実行したという実績を作り上げているのです。


 自分の責任は回避しながら、その一方で実績は作り上げる・・・実に巧妙な方法です。そして、このゲームを仕掛けてくる人たちの第一の目的は一切の責任を回避することなのです。このときには、私は自分の本来の仕事をしながら、その一方でBさんに何から何まで逐一仕事の指示を出さないといけない立場に追い込まれてしまい、その忙しさで頭がおかしくなりそうでした。私が、「なんでも言ってください」というゲームを「発見」したのは、実はこのような体験からでした。


 では、「なんでも言ってください」というゲームを仕掛けられたら、どうしたらよいのでしょうか?


 私の経験から言うと、この「なんでも言ってください」というゲームを仕掛けられると、対処が非常に難しいのです。詳細設計グループの連中やBさんのように、このゲームを仕掛ける人たちの一番の目的は、自分を傍観者の立場において一切の責任を回避することにあります。そして、仕掛ける側も、相手(私)が、責任を回避できない立場にいることを利用して、ゲームを仕掛けてきます。例えば、詳細設計グループの連中は、私が試運転のオブザーバーであるため、責任回避ができないという立場であることと、時間に追われており、すぐに対応を取らねばならないことをうまく利用しています。


 このゲームでは、このような巧みな連中が相手であるということを認識することが、まずは大切です。その上で、相手が言い返せないような明確な態度で「それは、あなたが責任を持って対処すべきである」ことを主張しなければなりません。正直なところ、この【事例9】では事態が切迫しており特別な状況でしたので、私はこのような主張をすることができなかったのですが、そうでない場合は、相手にも責任があることをはっきりと伝えることが重要になるのです。そして、相手の言うままになって、自分で責任を背負い込まないように気を付けてください。


 読者の皆さんには、この【事例9】で「なんでも言ってください」という実に巧妙な責任回避のゲームが存在することを、まずは知っていただきたいと思います。


 「なんでも言ってください」のゲームの対処法

 相手にも責任があることをはっきりと伝える。相手の言うままになって、自分一人が責任を背負い込まないように気を付ける。


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