吸血鬼の花嫁~罪人聖女と呼ばれた私は、再会した幼馴染の彼に溶けるほど溺愛されています~

八重

第1話 罪人聖女の身請け

「お前はなんでまたうまくできないんだっ!!」

「──うっ!!」


 フィーネは地下牢の冷たい床に叩きつけられて深い海のような髪と顔を神父に踏みつけられる。

 じりじりとした鈍い痛みが彼の踏みつける靴でさらに増幅された。


「申し訳ございません、神父様。次は失敗しません」

「神秘力も低い聖女のお前にそんなホイホイ婚約話がくるわけないだろ!!」


 踏みつける足はだんだん胸のあたりに下がっていき、フィーネは痛みで顔を歪める。

 彼女の胸には生まれつき大きなうっ血したような赤い跡があり、それゆえに神父や他の聖女たちに嫌われていた。

 神父は最後に彼女の身体をバンッと蹴り飛ばすと、そのまま地下牢から去って南京錠をかける。

 フィーネはまた地下牢での毎日を過ごすことになった──



 彼女の毎日は朝から晩まで教会の掃除や庭仕事などをさせられ、そして食事は夜にわずかなパンくずの入ったスープのみ。

 夜は毛布もベッドもない寒く冷たい地下牢で眠らなければならなかった。

 フィーネがこんなひどい仕打ちを受けることになったのは、胸の跡だけではなく10年前の事件がきっかけだった。



 ある冬の日の夜に、神秘力の増幅のために女神像に夜遅くまで熱心にお祈りしていたフィーネは、灯りが欲しくてろうそくをたてた。

 そしてお祈りと共に捧げる神秘の水を汲みに外に出たとき、ろうそくの火が老朽化の酷い木の床に引火して礼拝堂が燃えた。

 実は一緒にいて聖書を読んでいた親友の聖女が居眠りをしてろうそくの火を落としたことが原因で、そのことは水汲みから戻ってきたフィーネも知っていた。

 礼拝堂は跡形もなくなったが、幸いにもフィーネもその親友も無事に脱出をして命は助かった。


 しかし、問題はここからだった。

 神秘力が抜群に高かった親友の「フィーネがろうそくの火を落とした」という嘘の証言のほうが信じられ、フィーネの事実証言は跳ね返された。

 その日以降、「罪人聖女」の烙印を押されたフィーネは地下牢に閉じ込められる日々となった。


 そして先日神父によって子爵の妾として買われる予定だったが、うっかり胸の跡を見られてしまい気味悪がられて破談になった。

 聖女というだけで箔がつき、手に入れようとする貴族が多いが、フィーネはいつも何かしらの理由で買われることはなかった。


 やれ愛想が悪いじゃあ、肉付きが悪いじゃあ、一番ひどいのはフィーネの翡翠色の目が気に入らないと言って買いに来た日に連れて帰らなかった貴族もいた。

 実際にひどい話ではあるが、フィーネの協会での虐げられた日々と比べれば、引き取られるだけでありがたいと感じていた。

 神父も罪人で出来損ないの聖女が早くいなくなることを願っていた。




 そんな時、ある貴族がフィーネを買いたいとやって来たのだ。

 神父はこのあたりではみたことのない貴族だったため、相手の機嫌を損ねないように慎重に尋ねた。


「あのー失礼ですが、どちらのお貴族様でしょうか?」

「私はオスヴァルト・エルツェだ。ここにいるフィーネという聖女を買いたい」

「──なっ! エルツェ卿ですと?!」

「ああ、身分証でも見せようか」


 そう言って懐から紋章の入った身分証を出すと、神父は腰を抜かす寸前という様子で驚く。

 そして慌ててフィーネのいる地下牢へと走っていった。


「フィーネ!!!」

「はい、神父様」

「お前の買い手が見つかったぞ。なんとエルツェ卿だっ!! 王太子の従兄弟だぞ?! 絶対に失敗するな!!」

「は、はい……!」


 フィーネはやせ細った腕を強引に掴まれて地下牢から引っ張り出されると、そのままオスヴァルトの前に差し出される。


「フィーネでございます。こちらで大丈夫でしょうか?!」

「ああ、もらいうける」

「ありがとうございます!! あのー……費用のほうですが……」

「これで足りるか?」


 神父は袋の中身を確認すると、あまりの大金に思わずひれ伏した。


「ありがとうございます! ぜひフィーネをよろしくお願いいたします!」

「ああ」


 フィーネは太陽の光で眩しく目を細めながらなんとかオスヴァルトを見上げる。

 ミルクティー色のそのふんわりとした髪は実に気持ちよさそうだな、とフィーネは思った。


「行こうか、フィーネ」

「はい」


 オスヴァルトはフィーネの汚れた手を取って、馬車へと誘う。

 馬車に乗ること自体初めてだったフィーネは戸惑いを隠せない。

 すると、オスヴァルトがフィーネを優しく抱きかかえてそのまま馬車に乗り込む。


「エルツェ卿っ?!」

「オスヴァルト」

「え?」

「オスヴァルトと呼んでほしい」

「……オ……オスヴァルト様」


 フィーネが照れながら名前を呼ぶと、そっとフィーネの手の甲に唇をつけて愛を誓う。


「今日から私の妻だ。稀血の聖女、フィーネ」

「まれち……?」


 聞きなれない言葉と、そして甘いその声と自身を見つめるサファイアブルーの瞳に見つめられて、フィーネは不思議な感覚に陥った──


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