第29話 予想外な来客 6
アルデンは慌てるモンドに、畳みかける。
「お手間を取らせて申し訳ありませんが、この度の事態は
「………」
そこまで大事になっているとは思っていなかったモンドは、顔面蒼白になった。
アルデンは、あえて陛下の名を出した。そうしないと、何かと言い訳をつけて書かない可能性があるからだ。
この書類を提出するのは本当なので、二度手間をさける為にもここで書かせたい。
「え~。ちょっと整理をして……」
「必要ありませんよ。先ほど述べていただいた事を書いてくただくだけで結構です。また来て頂く手間を考えれば、今書いて頂いた方が宜しいかと。それとも私どもがお伺い致しますか?」
「え? それには及びません。今、書きます」
モンドは慌ててそう言って、ぶつぶつと言いながら書類に文字を書いていく。
屋敷に来れば、パラーグが余計な事をいうかもしれない。そして、何度もここには来たくなかった。
「これで宜しいですか?」
「はい。結構です」
一応文章には、確認を怠り申し訳なかったと、一文が添えられていた。
モンドは、アルデンと一緒に部屋からでると、フラフラと建物から出ていく。それをアルデンは、ため息交じりで見送った。
「やれやれ、これはもっと調べないといけないようです」
モンドがここに来たのは娘を案じてではなく、自分の為。それをアルデンは見抜いていた。それにまだ、なぜ精霊の儀を受けさせず放置していたのかを聞き出せていない。完璧な書類にはなっていなかった。
「さてまずは、これを調べますか」
アルデンは、モンドが持参した婚約誓約書をちらっと見て歩き出す。
モンドは、今日は王都に泊まるつもりでいたが、そんなところではなくなり、到着が夜中になるが帰る事にした。
目的は一つも達してないのと一緒だ。
婚約誓約書は渡せたが、サインが偽物だとわかればただでは済まないだろう。それに、そうなった事がアーブリーに知れればまた怒り出す。
お金の手筈も整える事もできず、頭を悩ます事が増えただけだった。
◇
「随分と険しい顔つきだな」
ソファーに足を組んで座るイグナシオは、目の前に座っているアルデンに言った。彼が本気で困っている時にしかしない顔つきだ。
「大変な事態になりました」
「大変?」
「はい。前代未聞です」
大げさなと思いつつイグナシオは、アルデンがテーブルに置いた二枚の誓約書を見下ろす。
「これがどうしたのだ?」
「今日、聖女ランゼーヌ様の父親モンド・ネビューラ男爵がおいでになりました。その際に、こちらの誓約書をお持ちになったのです」
「うん? これは……」
婚約誓約書を手に取り、イグナシオもアルデン同様驚きを見せた。
聖女だと通知が届いたその日に、普通持参するモノではない。だが、前代未聞という程のものでもなかった。別に聖女中に婚約する事はおかしな事ではないからだ。
イグナシオは、もう一つの誓約書も手に取った。
「そちらは、聖女になる際に今回の事は漏らさないという誓約書です。こちらを比べてください」
「うん? どういう事だ? 筆跡がまるで違うではないか」
「はい」
アルデンは、そうだと頷く。
「聖女になってから提出する婚約誓約書には、陛下の許可がいると知らなかったようで、私がそう伝えると慌てていました。不審に思ったので、調べてみたのです」
クレイと婚約させる目的が、ランゼーヌからお金を貰えるように説得する為。それなのに陛下の承諾がいると聞くと、明らかに婚約誓約書を取り返そうとした。
これは、この婚約誓約書を調べる必要があるだろうと、アルデンが調べた結果、まさかのサイン偽造だったのだ。
聖女側がサイン偽造を行うなど前代未聞だった。
「この者は、何の為にこんな事を? このままだと結婚が出来ないと思ったからなのか?」
「……そういえば、何を考えてこんな事を」
クレイと婚約させてランゼーヌを説得させる事になったのは、ランゼーヌがお金を自分自身で受け取る事になり、ランゼーヌ本人に会えないからだ。
彼の行動を見る限り、それを見通して持参したとは考えづらい。
「珍しいな。お前がそういう抜けた事をするのは」
「申し訳ありません。あまりにも常識から逸脱していたものですから」
アルデンは、俯き左手で顔を覆った。
「で、パラキード側のサインはどうだったのだ?」
「クレイの筆跡は本人だと確認が取れました」
クレイのサインもランゼーヌ同様の方法で確認してみたところ、本人の筆跡で間違いなかったからこれまた不思議だと二人は思う。
モンドの思惑がわからないのだ。
「という事は、パラキード家はランゼーヌと結婚する気があったという事だな」
「そうなりますが……」
「で、この婚約誓約書が彼の手に渡ったいきさつは聞いているのか?」
「裏はまだ取ってはおりませんが、婚約の顔合わせで精霊の儀を受けていないのが発覚したと言っておりました。儀式の後、提出する予定だったと」
「そうなると、ただランゼーヌがサインしていなかっただけという事か」
「そうだと言っておりましたが……」
歯切れの悪いアルデンを見て、イグナシオがにやりとする。何かいたずらを思いついた顔だ。
「本人が承知しているのならいいのではないか?」
「え!? 何をおっしゃいます。少なくともランゼーヌ様はサインをしておりません」
「そうか、では今から確認しに行こう」
「い、今からですか? もうそれなりの時間ですので、明日確認しておきますので」
「いや、確認しに行こうと言ったのだ。私も一緒に行く」
「何をおっしゃいます! なんの為に彼女の事を隠しているとお思いですか!」
「いいではないか。婚約を祝いに行くのだ」
「祝いにって確認ではないのですか?」
「だから確認だ。もし婚約する事になっていた事自体が嘘だった場合、それこそ前代未聞の事だからな。二人が仲良くやっていく為には、聞き方が問題だ。私に任せておけ」
はぁとアルデンは大きなため息を漏らす。
「それはわかりましたが明日にしませんか?」
「昼間より夜の方が、こちらが都合がいいだろう?」
夜の方が人目につかない。
アルデンは、わかりましたと頷いた。できれば、婚約の件は本当であって欲しいと願う。
ランゼーヌが聖女のお勤めを終えて帰宅した時に、父親が犯罪者になっていたという悲しい結末は避けたかった。
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